第五話 『現実臨界』 その26/聖女の復活
東京の地下で、銃撃戦があったそうだ。しかも、撮影されて、ネットで生中継されていた。警察が望んだことじゃない。警官が市民を撃ち殺したばかりなのに、そんな映像ながす気にはならないでしょ。『アナスタシア』が、やったんだ。盗聴器と盗撮カメラだらけの、神殿みたいな静寂に包まれた地下空間。警察の特殊部隊が、そこに入っていく。
闇のなかで、銃撃戦をしていた。怒声と、悲鳴。シロウトの私が見ていても、わかった。相手があまりにも悪かったみたい。『敵』たちは、巨大だったし、しかも、やたらと速く動いた。薬物で強化されているのかも。あのヒグマと同じように。
撃たれても痛みでひるまない。
しかも、素早い。
銃のあつかいにも慣れていた。ロシアの特殊部隊だとか、冗談みたいなハナシを聞く。現役ではなくて、テロリスト堕ちした連中みたい。たくさんの争いをしている国だと、そういう冗談みたいな荒くれ者も生まれるのかも。
狩られていく。
特殊部隊も、何人か相手を倒していたけれど……。
結果は、痛ましい敗北だった。「退却!」と叫んだ。そして、叫んだその男が、背後から長い髪の女に、喉をナタでかき切られていた。闇にまぎれて、恐ろしく素早い女が、特殊部隊の中心に襲いかかったんだ。しかも、たぶん隊長っぽい人を、一瞬で殺してしまう。
わかった。
あいつだよ。『アナスタシア』が、それをやった。特殊部隊の隊員たちも驚いている。女に負けるなんて、この屈強な男たちは考えたこともなかったはず。でも、ちがった。鬼みたいに強い。素早くて、容赦ない。
闇はこの魔女の味方なんだ。闇に融けるように、隠れて。次の瞬間には、近づいている。すぐとなりにいるんだ。そして、ナタで、切り裂いた。クズ弟いわく、動脈を精確に切っている。「どれだけ殺してきているんだろうな。運動神経と知識が、完璧に融合している。どこをどうやれば殺せるのか、死ぬほど把握しているんだ。ああ、ガチの戦場って、怖いぜ。バケモノを育てる。でも、慈悲を感じるよ。長く苦しめては、かわいそうだって」。
血と悲鳴。
それが闇に満ちるなかで、他の『敵』たちが魔女に連携する。長年、いっしょに戦い続けていたんだろう。まるで、連中は一匹の巨大な獣のようだった。
でも。あいつらも殺された。それを、私は……喜ぼうとした。正しいよね? そんなことで、喜ぶなんて間違っているのかもしれないけど。でもね。でも。覆面の上からでも、すごく伝わってきた。『アナスタシア』は、悲しみ、悼んでいる。特殊部隊に殺された仲間を抱きしめているんだよ。
やさしい言葉だった。ロシア語も、たぶん、中国語とかも。他の国の言葉も。耳なれた英語も。あいつの仲間は、たくさんの国から集まっていたらしい。「愛している。我が戦友よ。『聖女』の導きが、この殉教の路を照らす。我が名のもとに、永遠の楽園で私の訪れを待つがいい。愛しき、聖なる戦士たちよ」。
私は、日本人だから。
こいつらに同情なんてせずに、ざまあみろと言うべきなのに。そうならなかった。殺し合いを、喜ぶなんてことは。そもそも間違っていると思うんだ。闇のなかで、繭の声が聞こえる。AIが『アナスタシア』の声を、繭の声に変えている……いや、あれ……。
「『襲い掛かる敵を、打ち倒した。勇敢な日本の戦士に、敬意を捧げる。予想以上の強さであったぞ。私の長年の戦友たちも、血をながした。ながい苦しみの果てまで、よくついてきてくれた者たちだったが……』」
繭の声を、盗まれている。はずなのに。怒れない。それが、悔しくもある。同情すべきじゃないのに。
「『戦いばかりの土地だ。我らがながれ着いて、出会った土地は、地獄のなかの地獄。神と神が殺し合うこの世の果て。秩序を与えていた古いイデオロギーは朽ち果てた。異なる民族同士で、生まれる前から憎しみ合っている。呪われた殺し合いの運命に、囚われている。悲しいことだ。今ここで散った者たちのなかには、かつて私の敵だった者もいた。助けてやって、私の戦友になった。私を守ろうとしてくれた者もいた。私は幼く、戦場で生き残るには、まだ弱かったから。私をあの地獄で、生かしてくれたものは……痛みと、大いなる善意だ。戦士たちは、私のために生きた。戦士たちは、私のために死んだ。私も、彼らのために生きて、死ぬ。運命が与えた、聖なる任務を果たしたあとで。ああ、我が祖国よ、日本よ、私は戻って来たぞ』」
明かりが、闇を払う。
長い黒髪の魔女のすがたを、照らしてくれるんだ。
ああ、困った。
喜んでいる。怒るべきなのに。
だって、しょうがないじゃないか。『アナスタシア』の顔は、繭に似ていた。似ているというか、恋人である私が繭だと信じ込めるほどに同じ。双子とか、そのレベルだ。じゃあ、繭の双子は……こいつだったのか……?
隆希は、言った。「ちがうよ。だって、『アナスタシア』の方が若い。しかも骨も肉も削がれていないだろ。そもそも、双子じゃなかったんだ。そういう、『自然の産物』じゃないんだよ」。意味がわからない。いや、わかりたくないからか……。
繭。繭は、繭も……不自然な存在だとしても、そんなのは関係ない。愛している。「うん。私も、玲於奈を愛してる」。それだけで、十分だ。私たちは、アウトローだから。法律や現実なんて、とっくの昔に踏み越えて、愛し合っている。
「『我が名は、『アナスタシア』。三十年の死のときを越えて、戻って来た。我こそが『復活の聖女』。『生命の秩序』の教祖である『聖女』の、生まれ変わりだ。科学は、かつて首を落とされた私を、復活させた。『三つ目の救済の方法』を、諸君らは目撃している。私の魂は転生し、私の記憶は不滅であり、『私の肉体』は、こうして遺伝工学が復活させたのだ。我が愛すべき信徒たちよ、もう死を恐れるな。『生命の秩序』は、真なる完成を果たしたぞ』」
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