第五話 『現実臨界』 その25/戦う者は、地獄を背負う
「朗報ね。城嶋が、『アナスタシア』の居場所を吐いた」
「……そっか。それ、罠だぞ」
「でしょうね。城嶋は本心から、言っていたように見えるけれど……『アナスタシア』は、そもそも城嶋を信じていないんでしょう?」
「オレに聞くなよ。でも、当然だ。吉永ちゃんなら、城嶋なんかを信用するかい?」
「しない。でも、警察って、かわいそうなの。行くしかない」
「……もう、行ってるんだろ。オレたち一般市民に教える前に」
「もちろん。どうなったかは、そのうち伝わる」
「じゃあさ。警視庁のおごりで、特上寿司のデリバリーを頼もうよ。公安のおごりでもいいけど。捜査協力している、いい子ちゃんの一般人姉弟に寿司を食わせろ」
「この状況で、お寿司の出前なんて取っていたら、マスコミに意地悪されちゃうわ」
「市民を射殺しちゃった警官は、オレたちじゃない。気にするなよ。拳銃持った心を病んだオマワリさんがいれば、たまには起きることだよ。はい、気にしない。寿司、寿司。特上寿司がいい! 高いタダ飯を食わせろ!」
「駄々こねない。お姉さんと菅原さんが、コンビニに行ってるから、それでガマンしなさい」
「うわ。安っぽいメシ食わせてんじゃねーぞ。公の金でシェフを呼べ。それかメイドだ。メイドが寿司を握ってくれながら、手でオレの口に運ぶ。「ご主人様、あーん!」ってなやつ。東京なら田舎と違って、そんな下品なサービスもあるだろ! 寄越せ! オレは、『アナスタシア』の逮捕に協力してんじゃん!」
「罠だろうけれどね」
「返り討ちにならないといいね。あいつね、強いんだぜ。それに、ひとりじゃないだろ」
「ロシアから、親衛隊でも連れてきた?」
「『黒沢が作った』コピーの『へる・へる・へぶん』を、輸出していたのかもね。本だから。手荷物として、飛行機に持ち込むなんて簡単だし」
「人の革で作った本を、機内で読んでいたと」
「熱心な信者らしいよね。いつでもどこでも聖典を読むなんて、模範的な宗教活動じゃないか。祈りが全人類に、天空から降り注ぐんだ」
「おぞましい行いよ」
「あれはね、人の痛みや罪深さを知るための本にはなる。虐待、麻薬、不正、暴力。そういうの。良くないねえって思えはするよ。被害者のガチの叫びだ」
「脳裏から、消えないと。影響を受けているの?」
「吉永ちゃんもでしょ。血に飢えている感覚があるとすれば、君はもうヤツに侵食されている」
「かもね」
「運動をしなさい。ペットは飼うなよ。病んでると、首をへし折っちまうぞ。そんで、ステップアップ。拳銃で罪なき市民を撃ち殺すんだよ」
「女性専用ジムに行く」
「オレも行きたい。ちょっとエロそうでいいよね」
「くたばれ。男根をもぎとるぞ」
「ハハハ。ああ、ほんと……くだらねえハナシって楽しいねえ」
「かもね」
「あのさ。SATの皆さん、生きて帰れるといいね」
「敵は、どんな連中?」
「無職のアル中が、知るわけねえだろ。そっちが専門だろ、公安」
「ロシアさんと、最近あまり仲良くなくてね」
「いちばん悪いことを考えろよ。当たるぜ」
「じゃあ、ロシア軍の特殊部隊だった人々……麻生繭ちゃんの、フォロワーが異常に多い地域があってねえ。知ってた?」
「まあね」
「そこって、宗教とか民族のちがいで、『ケンカ』ばかりしている血と鉄のにおいのする地獄エリアなの」
「『アナスタシア』は、ロシアのお姫さま。しかも、恐ろしく強い。弱っちいオレはともかく、クソ強い姉と勅使河原くんを圧倒したんだ」
「軍事訓練を受けている」
「勝てるかな。殺し合いだらけのロシアの僻地だとか、東ヨーロッパだとか、ウクライナ、シリアだとかアフリカだとかで鍛えあげていたプロに」
「訓練では、負けていない。人選もね。でも。実戦の練度は、天と地ほど。趣味で山賊狩りをする市長がいるような土地からきた人々だからね」
「週末はAKを背負って山にイスラム教のテロリストと、命がけのバトルしに行くのか。マンガのキャラクターよりテストステロン豊富だね!」
「でも、やるしかない。公僕って、悲しいでしょ」
「無職で良かった」
「手がかりが、掴めればいい。大臣経験者への事情聴取は、やれそうにない。そもそもデマだと主張している……」
「殉教者かもね」
「どういう意味?」
「……偽りを使う。あえて、嘘だと言いはる。政治家先生は『生命の秩序』との関係を否定する。そうすれば、国民は彼を怪しみ続ける。だって。あの動画、本物なんでしょ?」
「ええ。死体を輪姦しているわね、男根どもが。今は与党お抱えのジャーナリストもどきとか、各種の専門家さんたちが、必死に「嘘です」って宣伝している。AIが作ったフェイクだって、ばらまきまくった」
「嘘は良くないよね。専門家は見抜くし、騙されない者もいるから」
「ちゃんと国民の半分は騙されてくれるから、有効な戦術なの。困ったことに、半分には効かないけど」
「そだね。そうなれば、やがては追い詰められちまう。ボロが出てくる。責任を取らずに逃げようとする日本の政治家に、いつものように失望するだろ。そうやって失望するほどに、すがりたくなる相手が、国家権力から別のものになる」
「『生命の秩序』に?」
「世の中のほんの数パーセントさ。でも、それだけで、恐ろしい数の信者を獲得していくことになるよね。『アナスタシア/犯人』は、社会を混沌に突き落としたがっている。世の中にある絶望的な苦しみとか、警察の無力さとか、そういうのを見せつけて、不安の海に溺れさせる。溺れているほどに、宗教が差し出す救いの手にしがみついてくれるんだ。これって、一種の布教活動。救ってあげるために、大勢に恐怖と神秘を見せつけているんだ」
「良かれと思っての行為か」
「そう。これって、善意だよ。やさしいね。『アナスタシア/犯人』は」
「その発言、私じゃなかったら、ブチ切れて殴ってるかも」
「相手を加害者にするのは、得意だよ。さっきも、片腕ヤクザに殴られた。君らはオレをさ、もっと本気で守ってくれるべきじゃないかね」
「……ああ。連絡だ。スマホを見るわね、意地悪くん」
「どこに行っていたのかな、SATのみなさん」
「当ててみたら?」
「ヒントは欲しい」
「アイドルちゃんを、追いかけた」
「医療器具があるところか。『アナスタシア/犯人』は、やさしいから。きっと、無意味には他人を巻き込まない。正々堂々、SATと手下を戦わせる。市民に危険が出ないように、廃ビルとか……地下?」
「容疑者っぽい」
「当てちまったか、さすがはオレさま」
「『敵』を見抜くことに長けている。異常なまでに。あなたも、公僕と同じ。悲しい『囚われ』なんでしょうね。敵のことを、全力で考えてばかり。影響も、受けていく」
「……うるせえ。それで、戦果は?」
「半分だけ、生き残れたみたいね。でも、ちょっとは、殺せた」
「ズタボロの負け戦になったか」
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