第四話 バタフライ・ブレイク その6
そうじゃない。
色々と、厄介なことがある。ヤツのせいだぞ。「呼んだ?」。そうだ。クソみたいな彫り師のレズに、死後も振り回されている。公安なんぞまで、関わってくるとは。事態が大きくなりすぎだ。「それでも、秘密にしたいんだね。気づいてるのに。玲於奈のためか。愛だね。愛。エッチな愛は認めない。家族愛も信じない。双子の絆は、わかってあげる」。
貴様も、双子だか何だかわからない骨と肉のお仲間がいるもんね。「そゆこと。あの子は、どこの誰かしら? 私は知っていると、思います?」。知っていたら、依存先として会いに行っただろ。違うさ。知っちゃいない。会ったこともなかった。「そうかな?」。
どうだっていいさ。
無駄に傷つくことは、言わないでおくことにしただけ。「良くない態度ですね! そういう子は、孤児院にたくさんいましたが、全員クズでした!」。うるさい。
正直者にも、ヒーローにもなれない。でも、知らんぷりしていれば、傷つかないでいられる。せめて、姉には……『本性』を気づかれるなよ。わかってんだろうな、このボケナス。「はーい。かわいい繭で、いてあげるー」。
お前は、すべての原因じゃないが。責任はあるんだからな。罪深い、邪悪な、おぞましい、魔女め。「あらあら。画廊主さんの呪文が、あなたを賢くしてしまったのね。封じられた箱は開かれた。読んじゃいけない、魔法の絵本。開いた、開いた、開いちゃった。悪魔と天使と竜が暴れる。『へる・へる・へぶん』。『へる・へる・へぶん』。おんなのこの、心の闇は、とっても深いものでした!」。
ちくしょうめ!
呪わしい魔女め、オレと姉の人生にこびりつきやがって!
「ビールを、飲むっ。じゃないと、もう……やってられないもん。ほら、寄越したまえよ、勅使河原くん。君は現場に行くんだから、飲んじゃダメだろ。オレは、いいもん。アル中だから、飲めば飲むほど、正気っぽくなれるんだから!」
サイレンの音が鳴り響いて、無数のパトカーが集まっている。穂村川市の中心には、『ほむらがわ』が流れているけれど。そこの川原から、もくもくと煙が上がっていた。パトカーはそこに集まっているのだ。
一般人の接近は、もちろん禁止。防刃ベストを身につけた警官たちが、私たちの運転する車の接近を、体を差し込むようにして止めてくる。にらみつけているが、目がおどおどしているようにも見えた。「きっと、怖いものを見たんだね」。そうだと思う。
「オレは刑事だ! 通してくれていい!」
勅使河原が窓から身を乗り出して、説明してくれた。警官はうなずき、通してくれたよ。
煙のちかくに停車すると、杖をつきながら歩く勅使河原の後ろに私とクズ弟もつづいた。
「なにが、おきた……」
集まっている警官たちは消火作業の最中で、燃えるなにかに消火器を放っていた。鎮火寸前だったおかげで、私たちは燃えているものの正体に気づける。それは、黒くてちいさな『山』。まっ黒になった、何か得体のしれないもの。いや、私は自分に嘘をついた。気づいていたし、知ってもいる。無線で聞いたばかりだ。
「人の、死体……何人分?」
「二桁はあるっぽいぜ」
死体が山積みにされていたらしい。散歩中の市民が見つけて通報、警官がここに集まった。でも、いきなり火がついて燃え始めたそうだ。
「着火装置をしかけていた。燃えやすくするために、ガソリンだか、灯油でも……まいていたのかもしれねえな。警察が集まると、その場で燃やしたということは」
「ち、近くから、見ていたのかもしれん」
「遠くからも、ありえるよ。田舎でも、高さのあるマンションはいくつかあるんだから」
クズ弟の言うとおりだ。私がこの町を出てから、新しくマンションが建てられている。そこからなら、『ほむらがわ』の様子をうかがうのも、遠隔で『着火装置』とやらを操作するのも難しくない。田舎だから、遮蔽物がないんだ。
「『生命の秩序』は、三十年も前に指導者が殺された。田舎のマンションの購買層は、全国平均より高い。四十代半ば以上が多くて、五十代、六十代もたくさんいる。『生命の秩序』の最盛期に信者だった連中も、あのマンションに住んでいるさ」
警官たちは、クズ弟の言葉に反応した。私も、マンションをにらんでしまう。
「オーナーから住民の全員が、信者だったりする奇特なマンションがあっても、おかしくはねえだろ。ここは、連中の『ホームタウン』だったんだから」
……どんな宗教を信じていたとしても、人の勝手だ。信仰の自由ってものが、日本にはあるらしいから。だから、テロ宗教の信者だった人たちのことを、それだけで拒絶することは『よくない行い』だろう。でも、クズ弟の説明を聞いて、私はその新しいマンションを見ているのが怖くなった。
「……これも、犯人がやったの? この死体の山は……そもそも……何?」
「オレに聞くなよ」
「あんたが、いちばん冷静そうだから」
「昔の事件を、再現しているんだろ。『ほむらがわ』事件だ。邪教どもが、信者を自殺合戦させながら、信者でもない連中も殺しまくって川に流した。ガソリンも、川に流して……火をつけたんだ。死体といっしょに、『燃える川』を作った。だから、まさに『焔川/ほむらがわ』」
私たちが生まれるよりも、ずっと前の事件だ。『ほむらがわ』のまわりには、遊歩道も整備されているし、ちいさな公園もある。祭りだって行われているけれど、ところどころに、慈善団体が突き立てた慰霊用の白い柱があった。
あの柱の周りで、たくさんの死体が転がっていたんだと親に聞かされた記憶がある。詳細を聞こうとしたクズ弟に、両親は沈黙で応えたけど。
誰もが、記憶から消してしまいたい地獄があった。
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