第3話 いざ、絵競いぞ
父は言葉を続ける。
「狩野を名乗ることが許された高弟のみならず、工房で扇絵を描いている者、
源四郎、お前も描くのだ。
そして、関白
俺、これには驚くしかなかった。
「近衛 前嗣様といえば、関白様で
そのような方に、このような狩野の家の中の話を持ち込むこと自体が……」
「構わぬ。
実はな、関白様、数年先にはなるであろうが、襖絵の下命をお考えのようなのだ。その際に描く者は関白様の目に
ならば、今、その者を選んでおかれるのは自然なことであろう。そのために見本絵をお見せすることに、なんの不都合があろうか。
それに関白様は乗馬と鷹狩を好み、武家に生まれたかったと公言されるだけあって勝負事には目がない。逆に喜ばれようぞ」
なるほど、さすがは父だ。
狩野の派の中から、関白様の好みに合わせて描く者を専属としてお付けする。これには関白様も悪い気はせぬであろう。当然、京には狩野以外の絵師もいるが、派の規模からしてそこまでのことはどこもできぬ。
つまり、この絵競いによって派の内に手を打つだけでなく、京の絵師全体の中でも狩野の家は優位に立つことになるのだ。そして、関白様のお気に召されたということであれば、その後ろ盾は絶大なものとなろう。
こうなれば、俺が狩野の家の後継ぎとして、父を差し置いて
「父上。
この絵競い、振った
つまりは、あらかじめ俺が勝つことが決まった勝負なのかと確認したのだ。この父が、馬鹿正直な絵競いなど考えているはずがないのだから。
だが、父の答えは俺の予想を超えていた。
「決まっておらぬ。
関白様といくら
それにな……」
「それに、なんでございましょうや」
俺は聞く。
父の悩みと企みの本筋は、ここにこそあるようだ。
「弟がな……」
「
たしかに、宗祐叔父の描くものは祖父のものに似て、油断ならぬというより恐るべきものと申せますが」
俺の言葉に、父はまたにんまりと笑った。ここでこの笑みが出るということは、やはり相当に考え企んでいることがあるらしい。
「なのでな、奴には勝負に参加させぬよう役割を与えた。高弟共が納得する勝負のためには、よき立会人が必要なのだ、と。
宗祐であれば、誰もその判断に異を唱えられぬ適任者。あやつの
俺、このような場でありながら、父の言に吹き出さぬよう苦労した。
そうなのだ。宗祐叔父は堅物過ぎて、笑みすらまともに浮かべられない。口元がひくひくするだけだが、それでも本人は精一杯笑って見せているつもりなのだ。これには子供は怯えるし、ましてや女を口説くことなどとてもではないが
その叔父が勝負の立会人になるとすれば、父の言うとおり、その勝敗に異を挟む者は誰もおるまい。
「どうだ、源四郎、勝てるか?」
「工房、各普請場、派内のすべての者の筆さばきは覚えております。なので、勝てるとは思いまするが……」
いつか派を率いる以上、全員の筆の癖を覚えておくことは俺にとってごく自然なことだ。
「そこまで見えていて、なにが不安なのだ?」
「父上。
先ほど、『
その中に、思わぬ伏兵がおるやもしれず……」
俺の言に被せるように父は笑った。初めて、なにかに安心したように、だ。
「源四郎、さすがにそれは考えすぎじゃ。田舎絵師にどれほどのことができようぞ」
「そうでございましょうか」
「我らは狩野ぞ。安心せい」
俺の心配は、父によって一笑に付されて終わった。
かくて話はまとまり、俺以外ではもっとも筆達者な宗祐叔父は、厳格な立会人役を顔中をひくつかせながら引き受けてくれた。
おそらくは、「世の
俺、この時点ではまだ父の本当の恐ろしさを理解できていなかった。
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