黒髪エルフのサングラス

石野舟

序章

復讐という名の夢

 評判の悪いサングラスもたまには役に立つものだな、と。

 少年は連続する強烈なストロボに晒されながら鼻を鳴らした。


 かつての貴族達もパーティーに利用していた一流ホテルの大広間。光沢のある大理石の床、分厚いビロードのカーテン、金の装飾が施された支柱とグランドピアノ。招待客の身なりもこの空間に適した上等な物だ。


「16歳という若さでの勝利ですが、優勝の最も大きな要因は何だと思いますか」

「そうですね、トレーナーであるハリントン先生の指導のおかげだと思います———」


 嫌味なほど強いミントの香りを漂わせた司会者の質問に少年は適当にでっち上げた優等生的な回答で返した。


 ただの優勝会見にしてはあまりにも大仰な舞台。


 興行的な意味もあるのだろうが、少年のサングラスの奥の瞳には不必要な茶番としか映っていない。着馴れないタキシードは窮屈で仕方がないし、革靴越しに伝わるツルツルとした床の感触さえ馬鹿馬鹿しいと思えた。


 唯一肩に掛けた黒色のマントだけが彼にとって馴染みがある。


 あちこちほつれ、補修跡が目立つ。立派な礼服とは似合わない、ハッキリ言ってボロ布だ。


 協会の人間には嫌な顔をされたが、レースで使った物であるため着用を認められたのだ。


 少年はそっとマントに触れた。

 たかがボロマント、されど魔法のマントだ。

 この相棒のおかげで今ここに立っていられるのである。




「生まれつきの目のご病気だと伺いましたが、大変な苦労があったと思います。優勝までの道のりはいかがでしたか」

「はい、皆さまご存じの通り、私は先天的な目の疾患の為、日頃からサングラスが欠かせません。でも、それは私にとっては当たり前であり———」




 自分で言いながら、少年は自身の胸の内に重油のように重たくドロドロとした想いが溜まっていくのを感じた。


 明るい瞳を持つ大人達が少年を見つめる。


 感心と賞賛を向ける若きスター選手が、実は多くの人が下に見るような底辺の人間だと知った時、彼らは一体どんな顔をするのだろうか。


 少年は口の端を歪めた。


 ここでサングラスを外すわけにはいかない。

 確かに少年は大きなレースで勝利した。

 だが、まだ足りない。もっと良い舞台で、絶好のタイミングで、自分という存在がより大きくなった時に発表する方が絶大な効果があるはずだ。

 大人達やエリートの面目を潰し、鼻を明かすにはまだ早い。

 悪戯な笑みを押し殺し、無難な受け答えをした。


 会見は終盤に差し掛かり、主催側が用意した司会者から一般の記者たちへ質問権が移されると、今回のレース以外の質問が増えてきた。

 学校生活、友人関係に恋人関係、趣味や好み等。記者達はプライベートな情報が知りたくて仕方がない様子。

 内心ウンザリしながらも、のらりくらりと躱しながら時間を消費していく。


 記者達は少年の煮え切らない態度に頭を掻いた。

 やがて会見の終了時刻が迫った時、一人の記者が手も上げずに順番を割り込んできた。


「一部からは挑発行為や曲芸飛行等のパフォーマンスが学生らしくないと、批判の声もありましたが、どういうつもりでそのような事を?」

「質問は挙手の後、当てられた方だけでお願いいたします。また、会社名を———」

「頑なにサングラスを取らない理由は何故です⁉ 聞くところによると学校の更衣室やシャワールームでも常に着けているそうじゃないですか!」


 司会者の注意を無視して男は言った。ざわつく会場。


「サングラスを付けている理由は病気じゃないんでしょう!」


 少年が答える必要はない。会見のルールを無視したあの記者が無礼者なだけだ。


 だが、少年の瞳は記者達の奥に立つ老人達を捉えた。

 ヒソヒソと耳打ちをして、訝し気な視線を少年に送っている。

 全員が胸元に金色のバッジを着けている。少年のいる壇上からでは遠くてハッキリとはわからないが、それが波打つ絨毯のマークのように見えた。


 協会の貴族役員だと分かった瞬間、少年の眉が吊り上がった。

 記者を注意する司会者のマイクを奪い取り、息を吸い込んだ。


「挑発行為? 批判? なに甘ぇこと言ってんだよ! あれは俺の作戦だ。ガキ相手だと思って見下した老人ロートルには挑発が一番効くからなぁ。勝手に俺をマークしてペースを崩しやがった。それの何が悪い? 学生らしくない? スポーツマンシップに欠ける? 甘い、甘過ぎるんだよ! どんな手を使っても勝つ! ガキに説教垂れる前にプロとしてあるべき姿勢はどっちか、考えてみれば分かるはずだ! お行儀の良さを期待するなんてどうかしてんじゃねぇのか!」


 言い放つと、協会の役員の眉が吊り上がるのが見えた。

 少年は沸き立つ感情に身を任せ、さらに盛り上げてやろう、と唾を飛ばして捲し立てる。


「で、では、これからも改めるつもりは無いと?」

「そうだ、考えてもみろ。芸能人、芸術家、スポーツ選手。どいつもこいつも娯楽で飯を食ってる異常者だろうが。普通じゃねぇんだよ。そんな奴らに品行方正、真面目さを求める方が間違っていると思うね」

「ブラック選手が学生リーグではなく、プロリーグで活動する理由はどこにあるんでしょうか⁉ やはり今言ったようにお金ですか?」

「そうだ、学生とプロでは賞金額に大きな違いがある。学生リーグの下級レースに出たって一銭にもなりやしねぇ、稼げるだけの強さがあるから俺はプロを選んだ。何か問題があるか?」

「大胆な発言、挑発行為は全てお金と勝利の為、ということでしょうか」

「はっ! もっと俺から失言を引き出したいみてぇだな。良いぜ、俺はな———」

「すみませんが、以上で会見を終了させていただきます」


 唐突に背後からマイクを奪い取られた。司会者ではない。もっと細く、歳を重ねた女性のような手がするりと伸びた。


「げっ……、ハリントン……、ちょ、ちょっと待て、俺はまだ言いたいことが!」


 眉を震わせたハリントン先生が懐から取り出した杖を一振りした。


 少年は見えないロープで両手足を縛られ、一瞬で宙に釣り上げられる。


「い、以上。メドハギ・ブラック選手の優勝会見でした!」




「待てこら! 勝って勝って勝ちまくって、俺を下に見ていた奴らを必ず見返してやる! いつの日か絶対に俺が頂点を取る、それまでせいぜい見下しているが良いさ馬鹿ども! これは……これは、俺の復讐だ!」

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