猫カフェ・レインボー
知縒
第1話
地味な大学生活の末、なぜか営業職に配属された朱里は、友達もなく、話すのも苦手で、胃をキリキリさせる每日を過ごしている。しかし、今日はちょっとだけ気分が良い。空に七色の虹が、綺麗な半円を描いていたからだ。
気を良くした朱里は「良いことありますように」と、虹に向かって願った。
一戸建てが並ぶ高級住宅街。得意先を回っていた朱里は、特異な雰囲気がする一角に足を止めた。
普通の家に挟み込まれるように、鬱蒼とした森のような屋敷が建っている。朱里は首を傾げながら、しげしげと屋敷を眺めた。何度か通った道のはずなのに、まったく覚えていない。煉瓦作りの壁には蔦がびっしり。風が吹くと、葉っぱがさわさわと擦れ合う音がする。それでも玄関だけは葉っぱが刈り込まれ、重厚な木製の扉に「猫カフェ・レインボー」と書かれた、金のプレートが取り付けられていた。
まだ16時半過ぎ。帰社するには早い。猫好きの朱里は、30分だけと自分に言い聞かせて玄関扉を引いた。
ギ……ギギ、ギィ。
店内は息を飲む広さだった。真っ白な内装と虹の壁。空の上を表現しているらしい。だが、テーブルとソファーは一組だけ。朱里は眉をひそめて周りを見渡した。
(猫カフェなのに、猫がいない?)
すると突然、「ようこそ。レインボーへ」と重厚なバリトンの声が響いた。
「……ひぃっ!」と、再び違う意味で息を飲んだ。
声の主は、二本足で歩く大きな白猫なのだ。推定身長2m。この世にこんな巨大猫がいるばずない。着ぐるみだと思いたいが、着てる感じが微塵もしない。目や口は滑らかに動き、表情はごく自然だ。朱里は「どうぞ」と促されるまま、恐る恐るソファーに座ってメニューを開いた。
【本日の猫】きなこ(♂)茶トラ5歳 ※お時間には制限があります。
――4年前の雨の日。
大学入学と同時に上京した朱里は、古いマンションの一角でガリガリに痩せ細ったみすぼらしい猫を見つけた。弱りきった猫は、一度シャァと威嚇するだけで精一杯。濁った目で朱里を睨みつけ、その場を動こうとしなかった。
実家を離れて独りぼっち。ホームシックだった朱里は、「君も私と同じだね」と声をかけ、当然の如くアパートに連れて帰った。
それから猫は、朱里の手厚い看病で、みるみるうちに元気を取り戻した。朱里は猫に「きなこ」と名付けた。理由は単純で、毛色がきな粉っぽいから。丸くなって眠る姿は、きなこ餅さながらだ。孤独だった朱里の生活は一変した。楽しく、明るく、笑いが絶えない日々。きなこが愛おしくてたまらなかった。
しかし、三ヶ月前。幸せに満ちた生活は、唐突に終わりを告げた。疲れて帰宅した朱里を待っていたのは、カーテンの下で冷たくなっているきなこだった。
朝、昨日、一昨日、先一昨日……いくら記憶を遡っても、きなこはいつも通り。確かなことは、きなこが出していたであろう不調のサインに、朱里は気付くことができなかったということ。朱里は、体中の水分が無なくなるほど泣いて、体重が5㎏も減るほど自分を責め続けた。
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