第3話 異世界のマナー

 オレだ。異世界から連れて来られた転移者だ。


 ……。


 ……。


 ん? 今日はやけに大人しいって?

 ああ。いや……もういいんだ。逃げるのはやめだ。

 逃げても元の世界に帰れるわけでもないしな。

 そういうわけで、映画館から逃げ出して以降は、逃げるのはやめたんだ。アレから1カ月……相変わらず彼方此方と連れ回されているが、一度も逃げ出してはいない。特に世界間の違いが見当たらないってのもあるだろうがな。

 

 ん? 今日は何をしてるのかって?見たら分かるだろう。

 ここはラーメン屋だ。

 今日は人気のラーメン店でラーメンを食べるらしい。味覚などの違いを検証する為だそうだ。

 例によって人それぞれだと思うんだが……まあ、頭の良い連中の考えてることなどオレには分からん。

 人気のラーメン店らしく、2時間もいつもの監視役の男と一緒に行列に並ばされたんだが……

 アンタらはどう思う?

 2時間も待つ程のラーメン……その価値がある程のラーメンって存在すると思うか? 

 時間に比例して期待度だけが上がっていき、いざ食べてみると……「こんなもんか……」となった経験しかないのだが…… 

 即席ラーメンでも充分美味いしな。イトメンの『チャンポンめん』とか。

 え? イトメンの『チャンポンめん』を知らないのか!? さては東京の人間だな!?

 

「おい。ラーメンが来たぞ」

 

 監視役の男が不意に思考に割って入ってくる。

 目の前を見るとすでにラーメンが提供されていた。いつの間に……

 ラーメンを視覚で捉えると同時に芳香なスープの香りが漂ってきた。

 琥珀色のスープが、まるで夕焼け空を映し出したような美しさだ。麺は中細。黄金色に輝き、踊るようなしなやかな姿。

 チャーシューは、見た目だけで分かるほどにホロホロに柔らかそうで、まるでスープの上に浮かぶ雲のようだ。それに……かすかに匂う炭火の匂い……。炙ってあると見える。


 ふむ。見た目は合格だな。さて。早速いただくと……



「ずぞぞぞぞぞーーー!」


 な、なんだ!?


「ず、ずび……ずば! ずぞぞぞぞーーー!」


 か、監視役の男だ。音を立てて豪快に麺を啜っている。


 な……なんて下品な男だ!

 こんなにも音を立てて食べるとは……親に食事のマナーとか習わなかったのか!? 一体コイツはどういう環境で育って……


「ずば……ずぞぞーー」

 

「ずぞぞぞーー」

 

「ず、ずずずずーー」

 

 い、いや……違う。監視役の男だけじゃない。店中の全員が音を立てて麺を啜っている!

 くっ……

 ま、まさか! コッチの世界では音を立てて食べるのが正解なのか!?

 冗談じゃない! こんな所で飯など食えるか! こんな所、早々に……

 

 いや。待て。落ち着け。そうだ落ち着け。深呼吸だ。

 スー……ハー……

 そう。ここでいつものようにラーメンをひっくり返して逃げるのは簡単だ。

 だが……もう逃げるのはやめだ! 例え逃げたとしても、コッチの世界ではどこもコレが普通なのだから。

 だったら……馴染んでやろうじゃないか、このイカれた世界に!

 やってやる! とにかく音を立てて食べればいいんだな?行くぞ!

 

「ずず……ずずずばーー!」

 

 こうか?

 

「ずびずばばーーー!」

 

 こうかぁ!?

 

「ずず……ずぞぞぞーーー!」

 

 ふむ。これは中々……音を立てて食べるのも悪くないかもな。

 

「ぺっちゃ、ぺっちゃ、ちゅっぱ、くっちゃ」

 

 こうか。

 

「くっちゃ、くっちゃ、ちゃっ……くちゃくちゃ」

 

 こうだな……

 

「おい!」

 

 監視役の男が突然声を荒げる。なんだ?

 

「くちゃくちゃ音を立てて食べるな!」

 

 な……なにぃ!?

 

「くちゃくちゃ、くちゃくちゃ……クチャラーか! ……お前、どういう教育受けてんだ!恥ずかしいだろうが!!」

 

 ふ、ふざ……

 

「ふざけるなー!! こっちのセリフだー!!」

 

 オレは監視役の男に持っていたラーメンのドンブリを頭から勢いよく被せ、その場から逃げ出した。

 

「あ、あっちぃー! なんだお前いきなり! おい! ちょっと待て! どこへ行くんだ!」

 

 オレは走る!

 もう理由がわからん! こんな世界! もうたくさんだ!

 いいか! よく聞け! この狂いピエロ共!

 お前ら全員マジでイカれてやがるぜ!!

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異世界転移した男 ナカナカカナ @nr1156

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