第45話 新たな門出

 式神しかいなかったはずの陰陽頭の屋敷に、人間の花嫁が一緒に住むようになって幾日かが過ぎた。はじめに彼女が屋敷に来て以来、逃げてしまわないかとはらはらしていた式神達も、この頃は仲の良い主人達の姿に安堵している。

 今日は主人達に加えて、訪ねて来た別の人間もいるので、屋敷は少々賑やかだ。

 

「最近お前、この屋敷に入り浸っていないか?」

 

 女遊びを控えるようになったせいで暇になった斉彬が、しょっちゅう屋敷を訪ねて来るのだ。利憲の邪険な態度に、斉彬は不服そうに頬を膨らませる。

 

「失恋した親友にもう少し優しくしても良いのではないかい?」

「私たちの邪魔になるとは思わぬか?」

「結局、私のおかげで恋が実ったのではないか。お前は私にもっと感謝してくれても良いと思うよ」

 

 奥手も極まれりだった利憲にめでたく妻ができたのは、確かにこの親友の助力によるところが大きい。言われて利憲は『うむむ』と言葉に詰まる。

 

「で、どうして楓はそんな格好でいるのかな?」

 

 斉彬が顔を向けた先には、もとどりを結った男装の楓が書物を広げて座っている。親友の妻を見た斉彬は、どういうことかと首を傾げた。陰陽寮は辞して女性の姿に戻ったのではなかったのか。

 

「利憲様のお仕事のお役に立てるように、もう少し陰陽生として勉強します。あと半年ほど陰陽寮に通っても良いとお許しが出たので」


 本を閉じて楓は斉彬の問いに嬉しそうに答える。

 当面の間、正式な婚姻も先延ばしにするという話に、斉彬は面食らった。

 

「一体どうしてだい?」

「つい先日、内裏でまた怨霊騒ぎがあっただろう? 弘徽殿の女御をお腹の子が生まれるまで、楓の神力で守って欲しいと帝に頼まれたのだ。これまでの事があるから陰陽生のままの方が都合が良くてな」

 

 利憲はやれやれと言ったふうに肩をすくめる。女性として楓を御所にあげるとなると、色々と身分や手続きの点で煩雑なのだ。陰陽生としての楓なら、一時期女御の治療と称して内裏へ入っていたので手間が少ない。

 

「大丈夫なのかい?」

「帝はもうご存知だ。これは帝ご自身の命令だから仕方ない」

「私はまた桜子のお顔を見に行くことが出来るので嬉しいんですよ。もしかしたら皇子みこ様も見ることが出来るかもしれませんし」

 

 相変わらず弘徽殿の女御にぞっこんだとという帝らしい。

 

「仕方ありませんわ。女御様は主上の運命のお相手ですもの。わたくしも付いて行きますから大丈夫です」

 

 唐菓子を持って来た飛燕も、そう言って頷いた。

 飛燕から菓子をもらって口に放り込みながら、斉彬は考える。自分にとって唯一無二の存在とは……。帝と弘徽殿の女御、利憲と楓を思い浮かべて、斉彬は飛燕に問う。

 

「ねえ、飛燕。私にも運命の恋人は出来るだろうか」

「とりあえず、人妻ばかりに手を出すのをやめて、良家の姫君に真面目に文でも送ってみたらどうですか?」

「そんな身も蓋もない言い方をしないでおくれよ」

 

 そう言い返しながら斉彬は、何かを思いついたように、にやりと笑った。

 

「楓、利憲と喧嘩になったら、いつでも話を聞くからね。私は人妻を慰めるのには慣れているから」

 

 今度は利憲がその台詞せりふにぎょっとする。

 

「お前の慰めは危険だろう。ものすごく下心を感じるぞ」

「愚痴を聞くだけだよ」

「信用できるか」

 

 仲良く言い合う二人を見ながら楓はくすくすと笑った。

 一時、自分のせいで彼らの関係がぎこちなくなってしまったことに、楓は罪悪感を持っていたのだ。またこうしてくだらぬやり取りが出来るようになった事を、楓は斉彬に感謝している。

 

 庭の方へ目をやると、植っている楓の木はもうずいぶんと美しく黄と赤に紅葉して、時折風に吹かれて葉が舞っている。中納言邸の楓の木を最後に見た時は、まだ緑の葉が青々としていた。あれからほとんど経っていないと思っていたのに、時はあっという間に流れてゆくものだ。

 そして、自分もまた、あの楓の葉のようにずいぶんと変わった。

 

「飛燕、私、利憲様に攫われて来て良かった」

 

 母を亡くし忘れられた対屋で、世を悲観し流されるままに過ごしていた自分はもういない。楽しい式神たちがたくさん周囲を囲むこの屋敷で、愛しい人と一緒にいられる今はとても幸せだ。

 

「楓様がお屋敷に来られた夜に、わたくしが申し上げたでございましょう? 全て上手くいきますと!」

 

 飛燕は楓に向けて、胸をぽんと叩いてにっこり笑みを返した。

 




     ********




平安陰陽奇譚、これにて完結です。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

私のいつも書いている作品とは違う作風の、初めて書いた和の物語でした。そのためなんかここ歴史考証的に違うぞ、と思われることもあったかと思いますが、どうぞお許しください。

楽しんでいただけていたらとても嬉しいです。


もし、この作品を気に入ってくださったなら、もしくは応援してやってもいいよと思われましたなら、星や♡・コメント等いただけると作者のやる気が倍増いたしますのでよろしくお願いします!




◇◇告知◇◇


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 著者 藤夜

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マグカン『異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚 THE COMIC』

 漫画家 にしき秋湖



書籍版は途中加筆を行い、第35話以降を大幅に改稿しております。

三姉妹の愛憎と救済をテーマに新たに物語を構成いたしました。


どうぞよろしくお願いします!

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