第26話 ハリーの相談 2
俺に何か悩みがあることを、どうやらラボットさんは察してしまったらしい。
「ん? まだ何かあるのか? 何か重たい悩みがあるって顔をしているぞ?」
さすがは人生の先輩だと思う。表情に出していたつもりはなかったんだが。
「……悩みはあるのですが」
「……茶でも淹れようか。お貴族様の口に合うかは分からないが」
「笑ってしまうような悩みですけど」
「なははは、本気の悩みって案外そういうものさ。そこの椅子に座って待っててくれや。すぐに茶を用意するからよ」
すみません、と言って俺は作業テーブルの前にある椅子に座った。
手作りって感じがする木の椅子だった。不思議とお尻や腰にしっくりとくる。
ラボットさんを待っている間、俺は改めて工房を観察させてもらった。
「クルリーナとラボットさんは、ここでドリルを作ったんだな……」
目の前にある傷だらけの作業テーブルに俺はなんともいえない味わいを感じた。テーブルの上にある工具の汚れ具合も良いなと思った。
作業テーブルの向こう側にあるのは黒板だ。そこにはドリルの図面が丁寧に描かれていた。どう見ても貴族女性が書いた上品な文字がちらほらあるのは、きっとクルリーナが書いたからだろう。
「お待ちどおさん」
ラボットさんがおしゃれなトレーに二つ分のカップを乗せて持ってきてくれた。
たぶん来客用のカップなんだろう。貴族の家で使われていそうな細工の凝ったカップだった。
庶民の工房でもこういうカップを使うんだな……。いや、違うか。きっとクルリーナがこの工房に足繁く通うようになったから、ラボットさんが彼女のために揃えたんだろう。ラボットさんが気遣いのできる人柄だというのが伝わってくる。あと、とても良い茶葉を使ってくれたようで、もの凄く美味しかった。
「美味しい」
「なははは、そいつは良かった。クルクル嬢に淹れ方を教わったかいがあったな」
「彼女とはお茶トモなんですか?」
「そうだな。お茶も飲むし、酒も飲むし。じじいと孫娘って感じだな」
「なんとも羨ましい関係ですね」
「あっ、分かったぞ。悩みっていうのは女性がらみだな?」
「女性がらみと言えば女性がらみなんですが……」
「ハリーさんのモテモテエピソードは妻や娘からちょくちょく聞いてるぜ。好意を持たれている人数が多い分、悩みも多くなりそうだな」
はあ……、と重たいため息をついてしまった。
毎週のようにお見合いだのなんだので、女性とお茶をしたりディナーをとったりダンスをすることになったり――。
もう疲れ果てているんだが、それでも俺は誰かとお付き合いをしたいとは思えなかった。
「俺、本物の恋愛っていうのが分からないんです……」
「本物の恋愛? そんなのビッグバン家のニトロ様くらいしか分からないんじゃないか?」
「え、そういうものなんですか? みなさん、本物の恋愛のはてに結婚しているのでは?」
「あははははっ、そんなわけないない。ハリーさんは意外とロマンチストだったんだな。結婚と恋愛は切り離して考えるくらいでちょうどいいぞ? まったく別物だからな」
結婚と恋愛は別物……。言われてみれば、そんな話を人生のあちらこちらで聞いてきた気がする。
「ラボットさんって、奥さんとはどうやって結ばれたんですか?」
「俺か? あいつとは単純にめちゃくちゃ馬が合ったってだけだぞ? この女性となら50年後でも100年後でも二人でずっと楽しくやっていけるって思ったんだ。あいつの方もそう思ってくれたって聞いたな」
「じゃあ、一目惚れとかではないんですか?」
ラボットさんが真顔になった。そして、警戒するように周囲を確認する。たぶん奥さんに聞かれないようにするためだろう。声のトーンを少し落として内緒話をするみたいな顔になった。
「一目惚れでは……ないな」
俺もついつい周囲を警戒してしまった。奥さんに聞かれてはいないと思う。
そして、俺とラボットさんは目が合った瞬間に、はははと二人で静かに笑った。
「まあ、なんだ。一目惚れをした女性と結婚できるなんて、ほぼねーよ。もしも一目惚れをした相手と上手く結婚できたとしても、うきうきできるのは最初の数年だけらしいぞ。その期間が過ぎたら、あとは夢から覚めたように現実を目の当たりにし続けて、どんどん熱が冷めていくもんさ」
「……そういうものなんですか?」
「俺の実体験じゃあないが……。いろんなやつの話を聞いていると、そういうふうに思えるな」
俺はお茶を飲んだ。良い香りを感じながら脳内でラボットさんの話を整理する。
もしかしたら、俺は結婚について難しく考えすぎていたのかもしれないな。馬が合う相手を選べというのなら、そこまで重く悩まなくてもいいのかもしれない。
ただ、じゃあ誰と馬が合っているのかというと……。パッと思いつかないのが俺のダメなところなんだろうな……。
「ハリーさんは、絶賛結婚相手を探し中なのか?」
「はい。家が家ですし、俺は長男ですから、父から圧力がだいぶかかっていまして」
「今、いくつだっけ?」
「27です」
「おお、貴族の跡継ぎが、その年齢で独身は珍しいんじゃないか?」
「友人の中で長男の人は、もうだいたいみんな結婚していますね……」
だからと言って焦るつもりはないが、俺の父は焦っているんだと思う。早く俺を結婚させて自分が安心したいって気持ちがひしひしと伝わってくるから。
「ちなみになんだが……」
やけに真剣な顔をしながらも、ラボットさんはとても遠慮がちに俺に提案を始めた。
「俺の身近に一人だけだが、若くて綺麗で性格が良くて、ひとり身の貴族女性がいるんだが……」
「ふふふ、誰のことだか想像がついてしまいますね」
「超良い子なんだよ。結婚したら夫想いの良い妻になると思うぜ。それに、傍から見てるとハリーさんと馬が合ってるように見えてな」
……なるほど。馬が合うってそういうことか。たしかにあの女性は、クルリーナは、俺と馬が合っているかもしれない。
あの夜、バーで初対面だったのに、あっという間に意気投合できてしまったな。それに彼女が酔い潰れたとき、俺は彼女をおんぶしながら思ったことがあった。俺は10年後も20年後も50年後だって、彼女の体温を感じながらおんぶをしている気がすると――。いや、そんなに酔い潰れたらさすがにちょっと困るけども。でも、たしかにそんなことを思った俺がいたのを覚えている。
ふふふふふ……、酔い潰れて隙だらけなクルリーナの姿を思い出したら笑えてしまった。
「お? 意外と脈ありか?」
「ああ、いえ、思い出し笑いですよ」
「笑える共通の思い出があるっていいことだぞ?」
「クルリーナからしたら、一生の不覚というか……。もの凄く恥ずかしい思い出になっていると思います――」
おや、工房に来客があった。
ふわっと美しい花が満開に咲き誇ったような華やかさを感じてしまった。
ラボットさんと同時に入り口を見てみたら、そこにはくるくる縦ロールの髪型がとても似合っている女性、クルリーナがいた。何やら目を輝かせて立っている。
ああ、眩しいな――。結婚で悩んでいる俺とは正反対だ。彼女はキラキラに輝いていた。
「ラボットさん! あら、ハリーもいらしていたのね。二人ともこんにちは。私、とっても素敵なことを思いついてしまいましたわ!」
クルリーナは幼い少女みたいなうきうき笑顔を見せていた。
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