ユニーク職業「邪神」になった俺は、正義のヒーローになりたかった ~「インスタンス生成」で邪神から万物の創造主へ~

有馬悠宇

第1話 ヒーローになんてなれなかった

「くそっ、俺はこんな所で死ぬのか……」


 温かい液体がシャツの下を染めていく感触を確かに感じる……血だ。自分の血がじわりとあふれ、命がこぼれていく……。


 大学からの帰り道、路地裏で不審な男に襲われていた女性を助けて逃がしたところ、その男は持っていたナイフで俺を刺し、すぐさま逃走したのだ。


 まだ法律家になるための道半ばだった。小さい頃、正義のヒーローに憧れた俺は、正義を貫く職業を目指して法学部に進学した。


 正義を実現するための知識や教養を身につけるためと考えれば、大学生活は勉強漬けとなっても辛いとは思わなかった。しかし、まさかこんな事になるなんて……。


「人助けが裏目に出た……か」


 自嘲気味にそう呟くと、だんだん意識が薄れてきた。もう痛みどころか身体の感覚すら曖昧になってきそうだ。そして、少しずつ何も感じなくなっていき……俺の意識は闇の底へと沈んでいったのだった……。



 * * *



 目が覚めた時、そこは見たことの無い場所だった。古びた石壁がどっしりとした空気を醸し出し、窓から差し込む柔らかな朝陽が、豪奢ごうしゃな木製の食卓を照らしていた。天井には精緻なシャンデリアが吊り下がり、食堂全体が中世ヨーロッパの貴族の館を思わせる雰囲気に包まれている。


 テーブルには俺の他に二人いた。厳かな中年の男性と優美なドレスの女性。男性はやや強面で、狩人のような鋭さを瞳に宿しているが、その表情は穏やかだ。一方、女性は柔和な微笑みを浮かべ、その笑顔がまるで部屋全体を暖かく照らしているようだった。


「おはよう、アルフ。今日は非常に大事な日だが、よく眠れたか?」


 その男性は、低く落ち着いた声でそう言うと、俺を真っ直ぐに見つめている。その眼差しには、期待と少しの緊張感が混ざり合っていた。


――ちょっと待て、「アルフ」って誰だ? 俺は「アルフ」じゃなくて……。

と、自分の本当の名前を思い出そうとするが、記憶にもやがかかって思い出せない。そして、俺と同じテーブルについている二人の男女。どちらも見覚えのない顔だが、恐らく「アルフ」の両親なのだろう。


「アルフ、体調はどうかしら? 今日はいよいよ、職業鑑別の儀の当日ね。緊張しているかもしれないけれど、きちんと朝食を摂って出かけなさいね」


 「職業鑑別……何だって?」


 聞き慣れぬ言葉に思わず素っ頓狂な声を出してしまう。母親が一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに柔らかな微笑みへと戻った。


 「まぁ、アルフったら、朝起きたばかりで頭がまだぼんやりしているのかしら? 今日は街の中央神殿で『職業鑑別の儀』を受ける日よ。あなたももう十六歳になったのだから、正式に自分の職業クラスを示されることになるわ。狩人、戦士、商人、魔術師……この国では、十六の年を迎えた若者は皆、神殿で己の才覚を示す祝福を受けるの。あなたの将来がどんな道に定められるのか、とても楽しみね」


 父親が口を開く。「私が長年鍛えた狩人の技が、お前に伝わっていることを祈るばかりだが、どんな道を選んでも誇りに思うよ」


 母親も続けて言った。「私のように回復魔法を学び、人々を助ける道も素晴らしいわ。アルフ、あなたならどんな道でも立派に進むことができるわよ」


 俺は差し出されたパンやスープを口にしながら、頭の中で冷静に思考を巡らせていた。日本の大学生だった俺は、路地裏で暴漢に刺されて死んだはずなのに、どういうわけか今、異世界としか思えない場所で、貴族の子息として暮らしている。


 「アルフ、珍しく黙り込んでいるわね。緊張しているの?」


 母親が心配そうに問いかける。


 「え、ああ、いや……ちょっと考え事をしてて……」


 俺は、微妙な笑みを浮かべながら言葉を濁すのであった。



 * * *



 しかして俺は、中央神殿にて「職業鑑別の儀」を受ける事となった。祭壇の周囲には、既に数名の若者が列をなしている。


「フォン・フェルトドルフ伯爵家の嫡子、アルフ様ですね?」


 穏やかな声が響く。振り向くと、清廉な白衣を纏った神官が微笑みかけていた。


「ええ、そうですが……」


 不意に発した自分の声がわずかに上ずる。まだこの体と「アルフ」という名前に完全には馴染んでいない。「アルフ」としてこの場に居るのに、心は前世の日本人。そんな奇妙な違和感が、儀式への不安を増幅させていた。


「アルフ様、まもなく順番がまいります。こちらへ」


 神官は穏やかな態度を崩さず、俺を薄青い石で舗装された祭壇の前へと誘導した。


 そして今ちょうど、俺の二つ前に並ぶ青年が水晶玉に手を置いたところだった。青年は深呼吸をして緊張を紛らわせると、そっとその透明な表面に触れた。すると、水晶玉の中に漂っていた七色の光が渦巻き始め、一色にまとまっていく。その色は鮮やかな緑だった。


 神官が神妙な顔つきで告げる。


「あなたの職業クラスは『狩人』です。森と自然を司る神の祝福を受けました。これからの道が実り多きものであるよう、祈っています」


 青年は安堵したような表情を浮かべ、深々と礼をしてその場を離れた。周囲の観衆からは拍手と共に「狩人か、頼もしい」とささやく声が聞こえる。


 次の少女も同様に水晶玉へ進み、手を触れる。今度は光が明るい金色に変わった。


「あなたの職業クラスは『聖職者』です。神々に仕える道が定められました。その信仰と献身が、この世界を照らしますように」


 少女は涙ぐみながら感謝の言葉を述べ、周囲からの祝福に包まれつつ壇を降りていった。


 そして、いよいよ俺の番が来た。


「フォン・フェルトドルフ伯爵家の嫡子、アルフ・フォン・フェルトドルフ様。祭壇へお進みください」


 神官の声に促され、俺は一歩ずつ壇上へと歩を進める。手のひらが汗ばみ、心臓が高鳴るのが分かる。水晶玉の前に立つと、その美しい球体がまるで俺を見透かしているかのように思えた。


 深呼吸をし、震える手をゆっくりと水晶玉に伸ばす。そして、指先がその冷たい表面に触れた瞬間……七色の光が激しくぶつかり合ったかと思うと、プツン――と電源の切れたテレビのように水晶玉は真っ暗になった。


 その異変に場内がざわめき立つ。


「な、なんだ?」


「光が消えたぞ」


「こんなの初めて見た!」


 そこへ、神官が申し訳なさそうに告げる。


「アルフ様、非常に申し上げにくいのですが……」


「何です?」


「…………あなたの職業クラスは『邪神』です」


「は???」

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