僕は


 〇


 人間の反省能力の低さは問題では無い。


 〇


 僕は毎日、大忙しなのです。

 お父さんは昔、おじいちゃんに怒られてどこかに行ってしまいました。おじいちゃんは

「お前はやるべきことをやればいいんだよ」

と言っていました。だから僕はやるべきことをするのです。

 そんなおじいちゃんも、今はやるべきことで大変忙しいのです。この頃はずっと部屋から出てきません。僕なんかのお仕事よりもずっとずっと大事なのだそうで目が離せないそうです。


 僕のお仕事はおもちゃが壊れないように見張り、守ることです。だけど、それがとてもムツカシイのです。疲れた時はそのおもちゃで遊んでもいいと言われています。

 それは直ぐに壊れてしまいそうになるので、僕は必死にそれを止めなければなりません。とってもとっても疲れてしまいます。前まではお父さんがいたから教えて貰っていたけども、今お父さんはどこかへ行っているので僕一人で見張っています。

「お父さん、どこに行ったの」

 おっと、弱音を吐いてはいけません。僕は、僕のお仕事をするまでです。


 〇


 すこしお仕事に暇ができました。といっても、やはりおもちゃからは目が離せません。暇ができる直前は本当に大惨事で、壊してしまうかと思うほどでした。僕もドキドキであれやこれやと動き回っていたのです。そんな時でした。お父さんがふらりと帰ってきたのです。

 帰って来るとすぐにおじいちゃんとお話を始めました。

 聞いてはいけないと分かっていても聞き耳を立ててしまいました。僕は悪い子でしょうか。


「何しに帰ってきた」

 おじいちゃんの声です。

「我が家に帰ってくることの何が悪い」

 お父さんの声です。こんな声だったかと懐かしく感じました。

 ここから先は僕にはなんの事だかよく分かりませんでした。聞き取ることも困難でした。


「だから言ったろう、あんなものを作るなと!」

「親父が決めたことは守っているだろう?何が悪いというのだ」

「貴様が作ったものによって決め事を守れなくなりかけ、子に負担をかけているではないか!」

「もう一度作れば」

 おじいちゃんの言葉がお父さんの言葉を遮りました。その言葉は怒気が交じるというよりも憤怒そのものでした。

「ふざけるのも大概にするんだ。あれは奇跡なのだ!再現することなど出来ない」

 僕はおじいちゃんにじっと見つめられているような気がします。

 僕と言うよりこのおもちゃの方でしょうか。

 お父さんの声がしました。

「頭の硬いジジイだな。そこを考え…」

 そこまで言った時でした。どちゅんと大きな音がしました。なにか大きくて柔らかいものが高い所から落ちたようなキモチノワルイ音がしました。そしてお父さんの声は聞こえなくなりました。

「孫よ、聞いていたのだろう。こちらに来なさい」

 僕は言います。

「おもちゃの見張りがあります」

 おじいちゃんは優しく呟きました。

「偉いね、では私が行こう」

 そう言っておじいちゃんは僕のお部屋に入ってきました。一瞬だけ開いたドアの隙間から、なにか黒い水溜まりのようなものが見えましたが僕は気にしません。気にしてはいけないと思ったからです。


 〇


 あれから幾年が経ったのだろうか。私は今でも【おもちゃ】を守り続けている。


 あの後祖父は、私の部屋に入ってくるなり部屋の隅にちょこんと座り込んだ。その時の祖父がひどく小さく見えたのを覚えている。祖父はしわくちゃの手を顔に押し当て細い指の隙間からぎょろりと動かした眼球で私を睨んだ。

「これから話すことは真実の話であり、お前が責任を持たねばならない。すまない」

 そして祖父は私に昔話でも語るかのように言って聞かせた。

「その昔、私は絶対神であった。私が生まれた時、周りには何も無かった。だから私はすぐにでも消えてしまう存在だった。しかし私はあるふたつのものを創り出すことによってそれを阻止した。創り出したそれを【空間】と【時間】と名付けた。そうするとそのふたつはお互いに干渉し反応して急激に膨張し、放って置くとどんどん膨らんでいったのだ。あれには実に驚かされた。そして私はその時間と空間が混ざりあったものを【世界】と名付けた。無限に膨張を繰り返し留まることを知らない世界。その中で私は様々なものを創ることにした。それがとても楽しかった」

 祖父は私から目を離しうなだれた。

「しかし、私の予想よりも世界の膨張は早かった。このまま膨張を止めなければ私が創ったものたちが膨張する世界に耐えきれずに引き裂かれ分解されてしまうことを私は悟ったのだ。そこから私はそれを制御するために力を使っていた。そして時間だけが過ぎていった」

 祖父は顔を上げるとその目はどこか遠いところを見ているようだった。

「そんな時だった、奇跡が起きた。青い星だ。その頃には私は創造をやめていたのだ。しかしそれはひとりでに創られた青い星であった。私は瞬時に悟った、この星には生命体が生きていけることを。何度創造しても創ることが出来なかった好条件の星が私の意思無しでひとりでに創られたのだ!」

 祖父は明らかに高揚していた。

「私は急いで生命の設計図を創った。しかし私は膨張を止めることに力を使っていたから、やむなく私は私の小指を媒体とし息子を創り出した。青い星に産み落とす生命の設計図を渡し統治するよう教えこんだのだ」

 祖父は小指の無い右手を私に見せながら「その時には決め事が二つあった」と言った。

「一つは設計図に従い、独断で生命を創らないこと。もう一つはその星に存在する生命及び、その奇跡の星を破壊しないように徹すること。その二つを決め事とし、守らせた」

 私は頷くことしかできなかった。

「しかし私のミスは二つあった。お前もわかるだろうが、私が創ったもの、そして私の血を引くものが創ったものであれば例外なく私達は制御出来る。それはこの世界も例外では無い。しかし奇跡の星は例外だが」

 すでに暴走を始めている世界に関しては、ちとキツかったがの。と祖父の声が聞こえた気がしたが、そんなことはどうでもよかった。

 あらゆるものを制御できることは知っていた。ただ二つの例外を除いて。それはこの【奇跡の星】と……

 祖父は話を続けた。

「しかし私の息子は【ある存在】を創り出してしまった。それも独断で」

 ここまで来ると私は全てを理解していた。

 私が壊さないように守っていた【おもちゃ】というのは【奇跡の星】であり、ことある事にそれを破壊しようとしていたのが【ある存在】だということだ。

 祖父も私が理解したことに気づいたらしかった。

「何故、そやつらは奇跡の星を、自らの星を破壊しようとしているのか。それは私達の制御下にないからだ。奇跡の星は守らねばならない。だからこそ設計した生命体は私達の制御下にある。しかし、息子は独断で父である私や息子であるお前、そして自分自身にさえ制御権限を残さず、その存在を創り、奇跡の星へ放した。息子はその存在に【人間】と名前をつけ、私と同じ方法で息子を創り星の守り方を教え去っていった」

 祖父の目からは大粒の涙が溢れ出していた。

「お前は奇跡の星とそこに住む生命体を守らねばならぬ。だからこれから永遠に人間を見ていくしかないのだ、人間が亡び、奇跡の星が元の姿を取り戻すまで」

 私は問いかけた。

「宇宙の膨張はどうするのですか」

 祖父の目の奥に光が見えた気がした。

「私の全てを捧げ、強制的に安定化させた。だから膨張のことは気にしなくていい。お前はやるべきことをやればいいんだよ。私は自分の力を使い尽くしてしまった。お別れだ。絶対神か、子の1人も制御出来ずにな、笑わせるわい」

 そう言うと祖父は、塵となって消えた。


 〇


 その後も人間という存在は奇跡の星を攻撃し続けた。核戦争というものや、人口増加による大飢饉を受けたことでの生命の乱獲。その度に私は祖父がつくりあげた空間と時間を制御し被害を最小限に抑えた。人間を守るためでは無い。奇跡の星を守るために。

 そして奇跡の星も予期せぬ動きを見せていた。星が震え、地は割れ、割れた場所からはまるで地獄が顔を出したかのように灼熱の炎が立ち上った。空間と時間の制御とは便利なものである。これらも最小限の被害で済んだ。


 〇


 そしてまた幾年も経った。人間はまた核戦争を始めようとしている。

 学習しないのだ。前回、核爆弾が逸れて被害が抑えられたのも「奇跡だ」と捉えているものが多い。違う。神である私が逸らしたのだ。何より他の生態系に大打撃を与えたのは見て見ぬふりをしている。なんと愚かなのか。

 核戦争が起こる度に守った。そしてその度に反省の時間を与えた。しかしどうだ、人間は理解出来ぬのだろう、自らが自らを破滅に導いていることを。


 さあ、どうだ核爆弾のスイッチが押されたぞ。

 しかし私はもう何もしない。いや、いつでも出来たことなのだ。私が何もせず人間の破滅を、奇跡の星の終わりをただ見届けることなど。

 人間は今日を記念日とするのであろうか。十月二十八日、人間絶滅記念日と。いや、星も滅ぶであろうから記念日など意味ないか。「ははは」と乾いた笑いがあたりに響く。

 私は祖父の言いつけを破ってしまう。しかしそれも許してくれるだろう。


 人間の反省能力の低さは問題では無い。

 結局、私の気まぐれで決まるのだから。

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