正常の外にいる僕らは異常か?

朝比奈 棲矢

第1話

また性懲りも無く朝が来た。

何十回、何百回、何千回と繰り返してきたこの朝に僕は辟易する。

「はぁ、どうしてこうも新鮮さがないんだろう」

まだ僕はこの世に生を受けて十数年。たかだか十数年だが、こうも無気力になってしまうなんて。

昔はもっとキラキラしていたな。

そんな事頭の隅で考え外に追いやる。

そしてベッドから下り学校に行くための身支度を済ませる。

顔を洗い、ご飯を食べ、歯を磨き、服を着替える。

そんな何気ないルーティンをこなし、家を出る。

「行ってきます」

僕は静かな家に対し背中で挨拶をする。

これがルーティンの一部になってしまったのは少し悲しい。

そう思えるだけの感情がまだあったことに驚き、嬉しくなる。





「おはよう」

「おはよ」

学校に着いた僕は数少ない友人に声をかける。

彼女は廣瀬静香(ひろせしずか)。よくあるスクールカーストの上位層に居そうなルックスをしており、話し始めた当初は少し怖い印象を抱いていたが、どうやら僕と同じような性格の用であまり友達は居ないらしい。本人からするとどうやら友達を作るのはもう、懲り懲り。だそうだ。

「今朝も一段とやつれてるわね」

「そうかな?僕はそんな気しないけど」

「他人からの指摘に対して、そんな主観的な意見を言っても意味が無いよ。客観的意見に主観的なものをぶつけてもそれは議論にはなり得ない。ただの水掛け論よ」

「そうか?僕はそんな難しく理屈で考える必要性はない、と思うんだけどね」

そう言った後彼女はその綺麗な口を閉ざした。

どこか不満げがあるその顔も僕は好きだ。

そう、僕こと篠原悠真(しのはらゆうま)はどうしようもなく静香が好きなのだ。

出会って間もない、それほど親交が深い訳でもないが、僕はどうしても好きなんだ。ただどうしてもこの好き、という思いを伝えられないままでいる。




「それにしても何故今日はこんなに早いの?いつもはもうちょっと予鈴の時間に近いくらいに来ると思うのだけれど」

「あぁ、確かにそうかも。じゃあそれを当ててみてくれない?いいだろ?朝の脳トレ、と称して一発やってみないかい?」

そう言うと彼女はまたも不満そうな顔をして渋々承諾してくれた。

「分かったわよ。けれど私推理なんて得意じゃないわ。それこそ推理ならあなた自身やってみたらどうかしら。結構推理小説とか読んでなかっけ?」

「うん。確かに僕は推理小説が好きだ。一つの問題に複数人が各々違った方向性で推理を披露していく。あれは凄いね。たまらない。ギリギリの中、そんな極限で生まれるアイデア。それこそが人間としての知恵、って感じがしてさ。けれど名探偵っているだろ?僕はそれがあんまり好きじゃないんだ。どうしてだと思う?これも推理してみてくれないか?」

「嫌よ。ただでさえ一つの推理を請け負ったのにまた仕事を増やさないでちょうだいよ。こっちだって脳には限界があるの」

「おっと、それはすまない。こちらの配慮が足りなかった。」

僕は誠心誠意込めて頭を下げた。バイトをしていた経験からか、他人に頭を下げる、いつしかプライドというものがなくなっていった。

「じゃあ答え合わせをしていくと、僕は名探偵が全て解決していく様子が嫌いなんだ。だからさっきの名探偵が嫌いって言うのは実は語弊があったんだ。これについても重ねて謝る。」

そして僕は再び頭を下げた。

「確かに堅実に推理をして言って最後に犯人を指摘していく。こんな王道的な名探偵が僕は好きだ。泥臭さが残るような探偵。それに僕は強く惹かれるんだ。しかし最近はなんだ?天才、というのが探偵に付随していなければ読まれないじゃないか。書店に行ったらミステリは大抵、天才が出てくるものばかりだ。確かに天才であれば僕らの様な凡才では思いつかないようなアイデアが思いついてそれを面白がって結局そういう類の小説が売れる。この流れは理解出来るさ」

そう言って僕は息を整えるため言葉をとめた。

「理解出来るならいいじゃない。大方頭で理解出来て、心では分からない。とかいう文学的な表現をするんじゃないでしょうね?もしそうだったら辞めて欲しいな。私はそんなあなたを見たくもないし、聞きたくもないわ」

「それなら安心して欲しい。決してそういうことがいいたい訳では無いんだ。僕はただ許容していないだけなんだ。理解はしているが許容はしていない。ただそれだけだ」

僕がそこまで言ったら彼女はしかめた顔をより一層崩した。

あぁ、どうかそれ以上はやめておくれ。

僕の中の誰かがそんなことを言ったことを感じる。

「それって結局ただの言葉尻じゃないの?なんか論理性を欠いているように思えるけれど」

「まぁそう思われてもしょうがないね。そうだ、確かに僕はちょっとおかしかったかも」

そう言い三度目の頭を下げた。

「何だか興ざめね。でもちょっと楽しかったかも。普段とは違う様な今日のあなたも好きかも。」

そうロマンチックなことを告げられ僕は頬を染める。

そして同時に僕は静香に顔を近づける。ちょっとした悪戯心だった。どうしたら彼女の顔を赤くできるのか。

しかしそんな事を彼女に止められた。いや、僕が止めた。

「準備してきたわね」

僕が驚き声を上げる前に彼女は話し始める。

「あなたはこの瞬間のために準備してきたのね。そう、たしかにいつもと違うことをするのは良い事ね。頭の老化も抑えられるし。けれどこうバレてしまったら何だかつまらないわ。例えるならそうね。詐欺師とマジシャンの違いに近いわ。私はマジシャンの方が好きだけれど今日のあなたは詐欺師だわ。紛れもないほどに詐欺師よ」

僕は息を呑む。何を言っているんだ?という不思議の気持ちからではなく、一寸違わず僕のことを当てているからだ。

「けれど詐欺師が悪いとか言っている訳では無いの。そうね、じゃあ当ててくれるかしら?篠原君」

唐突に名前を言われて僕はびくりとする。

「えっと、お金に困窮している人だっているから?」

「それは違うわ。詐欺をする人は誰だってお金に困窮しているものよ。何せ動機がお金だもの」

「それじゃあ人を騙すことが生きがいになっている人もいるかもしれないから?」

「確かにそれは一理あるかもね。けれど私はそのような人を聞いたことがないし、見たこともない。つまり今の篠原君の情報が初めて、という事ね。つまり先程の発言には含まれていない。よって不適よ。」

僕は参ってしまい。両手をくっつける。

そしてお願いをする。

「あの、もうお手上げなのでどうかご回答をご教授して貰えないでしょうか?」

そういうと彼女は唐突に頬を桜色に染めた。どうして今がそのタイミングなのか、それが理解できなかった。

「それは。それは貴方が詐欺師だからよ....」

そう言った後彼女は顔を伏せる。そして歩き出す。

「ちょっと待ってくれ!もうちょっとでホームルーム始まるぞ!」

そう言った僕の声に反応もせずに歩く。

空虚な音が教室に響く。

ホームルームまでどう時間を潰そうか、そう考えたのち机に伏せた。そう、僕は寝不足なんだ。

彼女が指摘した通り、僕は準備をした。

僕にとっての、彼女にとっての、つまらない毎日を少しでも華やかにするために。しかしあっという間に日常に戻って待ったら不甲斐なさを感じざるを得ない。

そんな思考を続けていると意識が薄れてくる。

とても心地が、よい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

正常の外にいる僕らは異常か? 朝比奈 棲矢 @pvhanrt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る