ある朝目覚めると、裸で体を拘束されていた魔法使いの弟子(十六歳の乙女)の話

よし ひろし

ある朝目覚めると、裸で体を拘束されていた魔法使いの弟子(十六歳の乙女)の話

「どういうことですか、これは、お師匠様!」

 ユルナはすぐ横に立ち自分を見下ろしている魔法の師、ザハドに叫んだ。


 朝目覚めてみたら、この状態だった。屋敷の地下室。薄暗い部屋の中央にベッド状に四角く盛られた土の寝台に全裸で寝かされ、手足を拘束されて身動きができない状態にされていた。十六歳の花も恥じらう乙女としては看過できない状態だ。


「そうがなるな、ユルナ。喉を傷めるだけであるぞ」

 薄笑いを浮かべながらザハドがユルナに手を伸ばした。

「もうすぐわしのモノになる身体からだ、無駄な傷をつけぬように静かにしておけ」

 ザハドの手がユルナの顔から喉、そして胸へと静かに触れる。


「触るな、エロじじぃ!」


 身をよじり抵抗するがほとんど体は動かず、逆に自らのバストを師匠のしわがれた手に押し付ける形となった。

「ほほぅ、中々ええ乳をしとるのぉ。こうして直に触れるの初めてじゃが、うーん、若さとはいいものじゃ」

 自分と違った張りのある肌を楽しむように、弟子の緩やかに膨らんだ乳房を優しく揉むザハド。


「やめろ、この、くっ……、何故です、お師匠様ぁ……」

 ユルナの双眸に涙がにじむ。恥ずかしさと口惜しさと、何よりも混乱がその涙に込められていた。

 六歳の時から十年間、魔法の師として仰いできた人物が突然なぜこのような行動に出たのかわからない。孤児だったユルナを引き取り育ててくれた親代わりといってもいい存在でもあった。


 それが、どうして――


「時が満ちたのじゃよ、ユルナ。十年――長い時間であった。一世一代の大博打、それを成功するための下ごしらえ。うーん、よい身体からだに育ったの」

 ザハドが考え深げに十六歳の乙女の裸身を撫でまわす。

「やめろ、気持ち悪い。あたしに触るなぁ!」

「ふふっ、もうすぐわしのモノになる身体からだじゃ。どうしようと勝手じゃろ」

 言いながらザハドがユルナの控えめに膨らむ胸をきつく握り上げる。

「痛っ! うぅ……、あたしの身体からだはあたしのモノだ。誰のモノでもない!」

「いいや、わしのモノになるのだ。そのために育て来たのだからの」

「それは、どういうことですか。まさか、あたしの純潔を――」

 ユルナの脳裏にイヤらしい妄想が浮かぶ。


 拘束され身動きできない肉体を嬲られ、誰にも見せたことのない乙女の秘所を男の猛るものに――


「いやぁっ!」

 ユルナは思わず太腿を強く閉じた。

 しかしそんな弟子の様子をザハドは白けた顔で見つめ、言い放つ。

「ふっ、下らん。お前の処女を奪うのに十年もかけるか。愚か者」

「それじゃあ、どういうこと――?」

「言葉通りの意味じゃ。これから、このお前の肉体をわしのモノとするのじゃ。お前の中にわしの意識を移しての」

「えっ――?」

 ザハドの話の意味が理解できずにユルナは困惑の表情を浮かべた。弟子のその顔を見て、ザハドは丁寧に説明し始めた。



「わしは誰もが認める大魔法使いじゃ。お前の兄弟子や姉弟子達も皆各国の重要なポストで活躍しておる。じゃがな、年には勝てぬ。自らの肉体の衰えはどうしようもなかった。そこでわしはまず不老不死の秘術を求めた」

 ザハドが何もない空中を遠い目で見て、過去の記憶を呼び起こす。

「まずはその手の魔法を探求し、試した。しかし、全て無駄であった。そこで不老不死の妙薬を探してみた。しかし、思うようにはいかぬ。その間にも自らの衰えは進んでいく。わしは焦った。そして、知恵を絞り、一つの答えを導き出した」

 そこでザハドがユルナの顔へと視線を戻す。


「衰えた肉体を捨て去り、新たな肉体を得ればいいのじゃと、な」


 得意げな笑みを口元に浮かべるザハド。それを見たユルナが、自分の立場が何なのかをやっと理解した。


「その新たな肉体が、あたしなのですね、お師匠様……」

「そういう事じゃ」

「そんな……」

 ユルナの顔が悲しげに歪む。抵抗していた全身から力が抜け、ぐったりとした様子になった。


「この十年、わしの新たな肉体にすべくお前に調整を続けてきた。特に意識のリンクには注力してきたの。毎日の瞑想でのわしとの精神の同調、あれこそがそのための訓練であったのだ」

「ああぁ……」

 もう言葉も出ないユルナ。師匠と精神を同調させ、魔法の力を強めていくことに喜びを得ていた毎日が全て否定され、自分の存在が何なのかわからなくなっていた。


 孤児院から師匠に引き取られ、初めて一緒にご飯を食べた時の嬉しさを覚えている。

 魔法の勉強を始めて、その成果が最初に出た時の感動を覚えている。

 師匠の黒猫の使い魔が羨ましくて、自分も欲しいといって召喚したら白いハツカネズミだった時の悲しさも覚えている。

 その使い魔とも仲良くなり、魔法の実力もメキメキと伸ばしてゆき、師匠に褒められたことをよく覚えている。


 でも、それらの思い出達が全て、音を立てて崩れ落ちていく。底なしの闇に落ちていくような絶望を感じ、ユルナは嗚咽を漏らした。


「準備はすべて整った。ほれ、その頭の横にあるある植物。それを育てるのに少々時を要したが、やっと時が来たのじゃ」

 ユルナは首だけ横に向けて、寝台の横に置かれたプランターの植物を見た。一メートルほどの高さまで伸び、紫の小さな花を鈴の様にいくつも付けていた。

「これは……?」

「人の記憶を喰らう“忘れな花”だ。ただし、こいつはわしが改良を加えた特製で、吸い取った記憶を戻すことができる、当人以外にもな」

「それじゃあ、この花で――」

「わしの記憶をお前の中に移す。その後、更に最後の仕上げで、新たに開発した魔法を加えて、意識をも移植し、お前はわしになるのだ」

「そんな――。やめてください、お師匠様!」

 懇願するユルナだが、ザハドに届くはずもなく、

「ふふっ、さあ本番だ。余計なノイズを除くためにわしも服を脱いで横になるとしようか」

 記憶と意識の移植のための準備に入った。



 ユルナの寝る台の横にもう一つ用意されていた寝台にザハドも全裸で横になる。そこで最後の呪文を口の中で唱え、手で印を結ぶ。


 すると――


「これは……!」

 忘れな花が紫の光に包まれ、そこから光の蔦がユルナとザハドの頭部に伸びて巻き付く。

「くくく、さあ、まずは記憶の移植じゃ。どうだ、ユルナよ。我の記憶が流れ込んでいくじゃろう」

「あっ、ああ…、なに、これ!?」

 ユルナの脳内に、自分の知らない思い出が流れ込んでくる。それらがまるで自分の物であるかの如く、記憶を侵していく。

「なにこれ、知らない…。あたしの思い出じゃない。やめて、入ってこないで。やめてぇ!」

 ユルナの顔が苦悶で歪み、全身が抵抗するように跳ね動く。

「ああっ、あああぁ……、いやあぁぁぁ――っ!」

 性的絶頂を迎えたような悲鳴を上げるユルナ。はたから見れば全裸の少女がもだえる姿はなんとも艶めかしいが、当人はそれどころではない。侵入する記憶に苦しみ、肉体が反抗するかの如く、ピクピクと痙攣した。


 一方、記憶を送っている元のザハドは目を閉じたまま微動だにしない。かと思ったら、突然両腕が跳ね上がり、そして宙に魔法の文様を描きだした。そして、ばたりと両腕が落ちたところで、二人の横たわる寝台が光の陣で包まれる。あらかじめ描かれていた魔法陣が発動したのだ。


「ああっ、やめて、来ないで、お師匠様ぁ!」

 ユルナの口から一段と大きな悲鳴が漏れる。どうやら最後の意識の転送に入ったようだ。

「だめ、いやぁ、あたしが消されていく…、助けて……、だれかぁ――!」

 自分の意識が上書きされていくのを感じながら、ユルナが最後とばかりに願いを叫ぶ。


 その時――


『ちゅう…、ボクがお助けします!』


 ユルナの頭に響く声。

「あっ、チュウタ。あなたなの…」

 その声の主は、ユルナの使い魔、ハツカネズミのチュウタのものだった。

 苦しい中ユルナが目を薄く開けると、使い魔の白く小さな体が自分の顔を飛び越え、頭部に繋がる光のツタへと突進していくのが見えた。

 直後、光がスパークし、爆発するように弾ける。


「きゃぁっ!!」


 衝撃が部屋全体を揺るがした。


「チュウタぁ!」


 首を曲げ、その行方を追う。忘れ花の光のツタにハツカネズミの体が捕えられていた。その代わりに、ユルナの頭部は解放されている。更に先程の衝撃で左腕の拘束が弛んだようで、ユルナは拘束具から素早く左腕を抜くと、その自由になった手で他の拘束を解き放ち、寝台から身を起こした。


「チュウタっ!」

 使い魔に再度呼びかける。すると、


『ユルナ…、さようなら……。お別れだよ。ボクは…、もう…、ボクじゃなくなる……』


「チュウタぁっ!」

 叫び伸ばしたユルナの手の前で、忘れな花の光が消え、ハツカネズミの体は床へと落ちた。


「あっ――」


 使い魔の姿を目で追う。床の上で動かなかない。が、数秒して体を起こし、不思議そうに周囲を見回し始めた。それを見て、ユルナが声をかける。


「チュウタ、大丈夫なの?」

「……」

 返事はないが、ユルナの声に反応して顔を向けた。


 ちゅぅっ……


 首を傾げ鳴き声を上げるが、いつものような人の言葉は返ってこない。

「どうしたの? チュウタ――違う、あなた、チュウタじゃない?」

 目前のハツカネズミから感じる意識の気配にユルナは覚えがあった。


「あなた――お師匠様!?」


 ちゅぅっ!


 ユルナの漏れ出た叫びにハツカネズミはひと鳴きすると、慌てたように逃げ出した。


「待って!」


 ハツカネズミの後を追う。が、さすがにすばしっこい。物陰を抜けて部屋の端へと消えていく。チュウタが入り込んだ抜け穴がどこかにあるのだろう。そこからザハドになったハツカネズミも逃げ去った――かと思われたが……


 ニャーゴ!

 ぢゅぅーっ!


 猫の鳴き声とネズミの悲鳴。

 直後に白いハツカネズミを口に咥えた黒猫が、ユルナの視界に現れた。


「ラナ!」

 ザハドの使い魔の黒猫ラナだった。

 そのラナが、ハツカネズミを咥えた顎に力を込めた。


 ぎゅっ――!


 短い苦鳴と共にハツカネズミの体から力が抜ける。

「ラナ、あなた、それがお師匠様だとわかって――」

 ザハドは使い魔に対して優しい主人ではなかった。ユルナのように使い魔を友達かパートナーの様に思ってはおらずに、召使か奴隷のように扱っていた。主人たるザハドよりもユルナに懐いていたぐらいだった。その積み重なった憂さを、いまここで晴らしたということなのか――

 唖然とするユルナの前に動かなくなったハツカネズミの体を静かに置くと、黒猫はユルナを一瞥してからその部屋を出ていった。


「……チュウタ? お師匠様?」

 足元の白い物体を見てユルナは呟く。そして視線を横の寝台に横たわるザハドへと向けた。

 老人の裸体はピクとも動かず、蝋人形のごとくそこに寝ていた。

「お師匠様……、どうして、こんなことに――」

 ユルナの目から涙がこぼれた。

「みんないなくなっちゃった……。また一人、昔と同じ……」


 うわあぁぁぁっ!


 声をあげて号泣する。その悲痛な声が室内に響き渡るが、それを聞くものは誰もいなかった……



 それから数年後、若き天才魔法使いユルナの名は全世界に広まることとなる。その若さには似合わぬ豊富な魔法の知識――ユルナの中に残されたザハドの記憶――で、多くの人々を助け、後の世まで語り継がれるほどの稀代の大魔法使いとなるのだが、それはまた別の話である。



おわり

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