第2話 現実を知る
「一緒に晩飯食べて帰りませんか?」
きっかけはありきたりなものだった。
たまたま仕事が一緒になった時、彼から声をかけられたのだ。
彼の顔を見つめると、照れたような笑顔を返してきた。私は少しだけ思案するふりをしたが承諾した。
なぜなら私は密かに彼に憧れていた。
彼は私よりも10歳以上年上だった。すらりとした長身でいつも姿勢が良く、仕事には厳しいけれど、周りはそれなりに気遣いできる人だった。同年代の男性としか交際したことがなかった私には、そんな彼の態度はとても頼もしく新鮮に映った。
***
「どうして私達が付き合っている事を友達に言ったらダメなの? その子はうちの会社とは関係ないし信頼できる子なんだよ?」
彼氏を友達に紹介したい、と私がいくら頼んでも彼はいい顔をしない。頑なにそれを拒否をする。
後から考えれば、私達の関係は『不倫』だから当たり前だ。公にできるわけがない。
しかし当時の私は愚かにもその事実に気が付いていなかった。年上の彼氏を友人達に自慢したくてたまらなかった。きっと彼を見れば友人達は羨ましがるに違いない。
「まだ内緒にしてほしいんだ。いつも言ってるだろ?」
元々、うちの会社では社内恋愛は禁止されている。それは取引先の企業に対しても同じであった。
だから私は、一人暮らしをしている彼のマンションに入り浸るようになり、半分同棲生活のようなことをしていた。これが彼が既婚者であることに気が付かなかった理由の一つでもある。
「美咲は俺のことが信じられないのか?」
「……そういうわけじゃないけど」
「美咲はまだ社会人になりたてで分からないかもしれないけど、物事にはタイミングってものがあるんだ。お互いに会社での立場もあるだろ?」
そういうと彼は深刻そうに黙り込む。
いつもこういう展開になる。そして雰囲気が悪くなり、慌てて私は謝る。
「ごめんなさい。もう我儘言わない」
「美咲のそういう素直なところが好きだよ」
彼と付き合ううちに、随分自分の性格が変わっていくことに気が付いていた。
自分はこんなにも気持ちを飲み込む性格ではなかったはずだ。恋人に我儘だと言われようが自分の意見は通す性格だったはずだ。
私は今まで交際した男性の誰よりも、彼に夢中になっていた。ルックスも最高で優しくて頼りがいのある彼を手放したなかった。
だから不自然な言い分も嫌われたくない一心で従い続けた。
彼と過ごす日々の中で不自然さは重なり続けた。
例えば、年末年始やお盆などは決して会ってもらえない。文句を言うと代わりにクリスマスはずっと一緒にいてくれたが。
疑惑はどんどん膨れ上がってきていたが、彼を信じたい気持ちの方が何倍も強かった。だから浮かび上がる疑惑を無理やり沈め続けていた。
そして、一年ほどが経ち、私は『現実』を知り、破局は最悪な形でやってきた。
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