第59話 鉄の男
◇
風呂上がりのコーヒー牛乳を飲んだ俺と兄貴は、髪を乾かすために十円硬貨を数枚入れてドライヤーを起動。
髪を乾かしてから服を着て、一緒に出ようと言わずにそそくさと、先に出て待つことにしよう。
どちらにしても女性陣に待たされるというか、6人全員を待ちながら脱衣場で新聞なんて読むわけにもいかないだろ?
「いや、俺は読むぞ?……おかしいところが無いか、気になるんだよな」
前前世、諜報員であった兄貴らしいというのか、当時の癖と習慣は抜けていないようだね。
一方の俺は兄貴と違うんだ、新聞と言えば読むものではなく、冬場の装甲車両に貼ってお手軽な冬季迷彩を施したり、着火剤や防寒にも使えて最高なんだよな。
「戦場経験が長いお前らしいよ、今じゃあすっかりアウトドアで役立つライフハックだな」
「ああ、おかげで平和ボケしてどうしたものかってね?」
「その様子じゃあ、もうコリゴリのようだな」
ああ、そうさ……俺たちはもう、戦わなくてもいいんだ。
万が一、その必要に迫られたときを除いて、平和な人生を歩むんだ。
赤い手ぬぐいは無いけれど、3度目の人生だけに若かったあの頃(前前世、前世)に思いを馳せながら、どれぐらい待たされたのかはわからない。
兄貴と話している間に、湯上がり美人たちが続々と外に出てきて合流し、帰り道はパキスタニーのお店までリアカーを曳き、せっかく流した汗をまたかいてしまったけれど、これもまた平和な世界の一幕。
相変わらず遠慮というものを知らないのか、6人の美女たち、それから便乗した兄貴を乗せたブレーメン気取りなのか、もしかしたらドナドナなのかもしれない。
ドナドナにしては明るすぎるというか、俺たちらしさ全開の青春そのものかもしれないね。
なによりも彼女たちが笑って過ごしてくれること、それこそ前前世では叶わなかった願いであり、前世でも消化不良気味だっただけに、今回の人生においては、毎年の初詣で課金した分の冥利があると嬉しいね。
そう言えは、さっき乗ってきた野生のタヌキとアヒル、除草の仕事を放棄して脱走したヤギのペアたちはどこに行ったんだ?
代わりにどこかのうさぎ小屋から脱走してきたおしゃれなアナウサギの一家、ブリティッシュショートヘアーとハツカネズミの漫才コンビ、それから動物好きの少年を忘れてきた侵略的外来種のアライグマ等、個性的なメンバーを……いや、この組み合わせ、どこかで見たことあるな?
アナウサギはおそらくピーターで、ブリティッシュショートヘアーのフルネームは、トーマスから始まるような気がする。
ハツカネズミのフルネームは、ジェラルドから始まるものだろうし、侵略的外来種の飼い主は、多分スターリング少年ではなかろうか?
「君たち、こんな遅くまで出歩いたら駄目だぞ? 早く帰りなさい、さもなくば広大なシベリアで木の数でも数えてみるかい?」
「「「「「「「げっ、スターリン!?」」」」」」」
突然目の前に現れたのは、スターリングではないし、そもそも少年でもない筆ひげのおじさん、通称スターリンの愛称で親しまれている東方共栄学園の司書先生、吉府 鉄男(ヨシフ テツオ)のお出ましだ。
「あっ! 岡田 マスミだ!」
「鷹野先生、私は吉府です。確かによく似ていますし、むしろスターリンに間違われますからね……ああ、そういえばこの辺でアライグマを見かけませんでしたか?」
スターリングでも少年でもない、スターリンそっくりなおじさんが、まさかの飼い主か?……いや、スターリンそっくりな外見だけに、なにか裏がありそうなので黙っておこう。
グリーンティも含めた全員が、すっとぼけた反応をしているうちに、侵略的外来種のアライグマもいつのまにかいなくなっており、スターリンとの関係性は謎のまま、深くは聞かないでおこうか。
さもなくば、本当にシベリアへの課外授業になりかねないので、スターリンと別れた俺たちは、おとなしくパキスタニーの店にリアカーを返却し、保護者となるグリーンティ同伴で帰路についたのだった————。
◇
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