雑用司書ですが、とんでもない方に見初められました~私、図書館のバイトですよ?~

鬼柳シン

第1話 図書館バイトの成り上がり

「リリアナ、この本を外の馬車まで運びなさい」

「……お言葉ですが、エレーナ様、私は平民上がりの図書館司書見習いです。そういった仕事はお付きの方にお願いできるでしょうか」

「見習いの分際で、この私の命令が聞けないの!?」


 静かな図書館にキンキンするやかましい声が響いた。それを受け、私ことリリアナ・モーンは、溜息を我慢しながら「はい」と答えるしかなかった。

 一応図書館の管理人へ目くばせすると、申し訳なさそうに首を振っている。


 逆らうな、ということだ。


「今運びますので、エレーナ様は外でお待ちください」


 フンッ、と背を向けて外へ行ってしまった背中を見て、ようやく溜息を吐き出せた。

 管理人も、心配そうに声をかける。 


「悪いね、まだ見習いの君に面倒なこと押し付けちゃって」

「いえ、そもそも平民の私がここにいられるのがおかしなことなんですよ。それに、エレーナ様は公爵家の長女です。国のために毎日図書館へ通って魔法を学ぶ手伝いができるのは光栄な事ですから」


 私の取り柄は自分で言うのもなんだが、切り替えの早さだ。すぐに視線をドサッと積まれている本の山へ向けると、なんとか持ち上げる。

 そのまま崩れないように注意しながら、受付から外へ運んでいく。


 毎日の疲れが出てユラッとしてしまうが、なんとか持ちこたえた。


「だ、大丈夫かい?」

「へ、平気です……。ただちょっと時間がかかるかもしれないので、受付は別の方にお願いできますか?」


 頷く管理人を見てから、ほんの少し笑みを浮かべて図書館内を進んでいく。

 大国ハルモニアにある王立魔法図書館はとても広い。そして数えきれないほどの本棚が並んでいる。

 その一つ一つを、頭に入れていった。


(せっかく魔法の才能を見込まれて、図書館司書見習い――雑用係のバイトという形でも貴族御用達の図書館に入れるのですから、どんな時間でも有効に使わなくては)


 陰では雑用秘書と呼ばれながらも図書館に勤めているのは、平民が魔法を学べる数少ない機会だからだ。だから、どんな時間も無駄にはできない。


 私は出入り口へ向かいながら、引き続き陳列されている本のタイトルに目を通していた。目ぼしい本があれば、仕事の合間にすぐ取りに行けるよう記憶する。

 平民であり、更にバイトの身では借りることもできないので、隙間時間を少しでも無駄にしないための事だった。

 そういう意味では、こうして受付を離れて図書館内を巡るのは有意義な時間なのだ。


(平民の私ではここの入場料なんて払えませんからね。少しでも学びに繋げなくては)


 全ては、国から認められた魔法使いになるためだ。認められたら、魔法の触媒である杖の使用が許可される。抱えている本の山だって、杖の一振りで楽々と運べるだろう。

 それにもっと言うなら、貴族の仲間入りだって出来る。ついでに言うなら、実家への仕送りも増やせる。


 しかし一番の夢は、優秀な魔法使いの集まりである賢人会議のメンバーになることだ。


「ふぅ……エレーナ様、本を持って参りました」


 なんとかエレーナの待つ馬車まで運び終えるが、キッと鋭い視線を向けられた。


「いつまで待たせる気なの! このままじゃ、茶会に遅れてしまうじゃないの!」


 反論を口にしようとして、エレーナは手を振り上げた。咄嗟に身構えるが、お付きの男がその手を止めている。


「今は少しでも急ぐのが最善かと思われますが」


 お付きの言葉に、エレーナは舌打ちしながら馬車の中へと入っていった。

 私はというと、溜息を吐きながら「殴られなかっただけマシ」と、沈んでいた気持ちを押さえていた。

 気持ちを切り替えようにも、仕事の続きのために受付へと向かう足取りは、トボトボと物悲しいものだった。




 ####



 仕事の時間から休憩の時間まで、エレーナは平民の私に雑用を押し付けてくる。

 だがとある日の事だった。いつもなら、なにかにつけてエレーナが嫌がらせに来るというのに、今日は来ないのだ。

 

 来ないなら来ないで奇妙に思いつつ、仕事を終わらせて前々から読もうと思っていた本の並ぶ一角に向かう途中の事だった。

 エレーナがお付きと思しき男を連れ、腰の曲がったおじいさんと向かい合っていたのだ。


「お嬢さん、探している本があるのだが、少し探すのを手伝ってくれないかな」

 

 ヨボヨボのおじいさんが問いかけると、エレーナは鼻で笑った。


「なんですって? そんなことで私を呼び止めたのですか?」

「歳をとると、体も勝手がきかなくなりまして。どうか人助けだと思って……」


 頭を下げるおじいさんを、エレーナは鼻で笑った。


「人助け? どこのご老人なのか存じませんが、あなたを助けて私にメリットがありまして? それにこう見えて私、次期賢人会議のメンバー最有力候補ですのよ? あまり邪魔をしないで下さらないかしら」

「賢人会議は、民のために魔法を使う集まりのはず……でしたらなおの事、この老いぼれを少しでも……」

「知った事ですか! そんなものは国の建前ですよ!」


 声が大きい。バイトとして注意すべきだろうか?

 そんな事を思っていたら、お付きらしき男が「お静かに」と注意してくれた。


 なんて本棚の角から見ていると、エレーナと目が合ってしまった。

 また何か面倒事を押し付けられる。なんて思っていると、エレーナは私とおじいさんとを見比べてから高らかに笑った。


「精々あの平民にでも聞くことね。あんな品位のない平民女に何ができるのか知りませんけど!」


 再度静かにするよう注意を受けると、癇癪を起こしたように「私に口答えするの!?」と騒いでいる。


 ああ、図書館では静かにするって貴族の家だと習わないのかしら? 平民の私だって知っていましたのに。


「ほらリリアナ! とっとと出てきなさい! 平民にお似合いの仕事よ!」


 言い出したら、逃げるというわけにもいかない。角から出ていくと、まずはおじいさんを横目で見る。ずいぶんお歳を召されており、広い図書館を歩き回るのは大変だろうと思った。


 しかし、エレーナは知った事ではないといった様子だ。

 傍若無人な振る舞いに、お付きの男も静かにするよう注意を繰り返している。

 だが注意を受けるたびに、エレーナの声は大きくなっていった。


「国からの目付け役だか何だか知りませんが、一々私に指図するんじゃありません! そもそもリリアナがいけないのです! 平民なら平民らしく、黙って貴族の言う事を聞いていれば――」


 私が火種の一つだというのなら、これ以上放ってはおけない。それにおじいさんも困っている様子だ。

 仕事が終わった後なので司書仕事を行う義務は本来ない。それに仕事合間の貴重な勉強時間ではあるが、おじいさんを放っておくのも後味が悪い


 少し図書館では無作法ではあるが駆け出し、「丁度暇を持て余していましたから」と割って入った。


「平民は仕事に飢えているものです。おじいさん、ちょっとあちらで話を聞かせてください」


 愛想笑いを浮かべておじいさんの手を取ると、なんだかとても意外そうな顔をされた。「なにか不味いことをしてしまったか?」と首を傾げていたら、エレーナのお付きも驚いている。


「えっと……失礼します?」


 おじいさんを連れてこの場を後にする。

 エレーナだけはいつもの如く、フンッと顔を背けて行ってしまった。ただ、お付きの人はなにやら困惑したまま背を向ける。おじいさんも、どこかおかしな様子だ。


「もしかして、お邪魔でしたか?」


 普段は見かけないお付きの人といい、初めて目にしたおじいさんといい、私も困惑しながら問いかける。すると、おじいさんがほんの少し笑ったような気がした。


「私の顔に何かついてますか?」

「いやいや、そうじゃないよ。では頼めるかな。魔法概論について纏めてある本を探しているのだが……」


 私が読もうと思っていた本の隣に並んでいたことを思い出し、おじいさんを一目見る。

 結構な年齢に見えたので、私は少し気合を入れると、先に中央にある歓談スペースに行くようにと告げた。




 ####




「お、お待たせしました……」


 私が読もうと思っていた本と、おじいさんが探していた魔法概論の本をあらかた持ってきた。

 ドンと机に置くと、座っていたおじいさんは目を見開いている。


「ずいぶんな量の本を持ってきたね……そんなに魔法概論の本はあったかな?」

「い、いえ、私も読みたい本があったのでついでに持ってきました」

「どうやらとても勤勉なようだ。魔法学院の学生かな」

「いえ、私はただの平民なので、魔法学院に通う余裕はありません」


 おじいさんは意外そうな顔で少し考えこむそぶりを見せると、手を差し出すように言った。

 よくわからないが右手を差し出すと、おじいさんはその手を握った。


「ふむ、どうやら魔力量はそこらの学生とは比べ物にならないね」


 魔法学院に通えないのが残念だと口にするおじいさんに、「触れただけで魔力量が分かるのですか!?」と、つい大声を出してしまった。

 咄嗟に口をつぐみながら、おじいさんは「これでも魔法については一家言あるからね」と笑っている。

 しかし魔力量の測定は、魔法陣の中で時間をかけて行うものだというのに……このおじいさんは何者なのだろう。


「ところで、こんなにたくさんの本をここで読むのかな? 家でゆっくり読んだ方が捗ると思うのだが……」

「ああいえ、私は図書館司書見習い……というより、平民の雑用係みたいなものですから。借りるなんてできないんです。なので、少しでもここで読んで頭に入れておこうかと思いまして」

「ふむ……」


 おじいさんは少し考えるそぶりを見せると、私が運んできた本に手を伸ばす。

 魔法概論の本ではないと言おうとして、おじいさんが頷いた。


「よければ、僕が教えようか? これでも魔法学院で教鞭を執っていたんだ」

「えっ……いえ、そんな……悪いですよ」

「それを言うなら僕の方だ。せっかくの仕事終わりを邪魔してしまったからね。是非とも教えてあげたい」


 見た目に反して、結構グイグイ来る人だ。とはいえ、平民の私は魔法学院なんてとてもじゃないが通えなかった。おそらく引退しているだろうが、言うなれば先生と一対一で魔法について学べるのだ。


 少しでもチャンスは物にすべきだろう。私はよろしくお願いしますと頭を下げた。


「では、君の名前は?」

「私はリリアナと申します。あなたの事はなんと御呼びすれば良いでしょうか」

「僕の事は、適当におじいさんとでも呼んでくれればいいよ」


 貴族には名前を隠す習慣でもあるのだろうか? よくわからないが、あまり詮索することはせず、そう呼ばせてもらうことにした。




 ####




 おじいさんから箒の乗り方や浄水の魔法などを習った翌日、管理人から「あのおじいさんの手伝いをしてほしい」との頼みを受けた。

 手伝い? と問い返した私に、なんでもおじいさんからの頼みで、机に必要な書物を運んで欲しいそうだ。


 そんなことを仕事と呼ぶのか疑問に思いながら、私は毎日のようにおじいさんが座る机を探しては、今日はどんな本を所望しているのか聞いた。

 そのたびに、なにかと重い本の山を運ばされた。だがいつも「ついでに教えてあげよう」と、一人では学べなかったような知識を得られた。

 どういうわけか、おじいさんと二人の時はエレーナと会うこともなく、仕事と学びを両立できていた。


 そんな日々を過ごしているうちに、おじいさんと私は仕事や勉強以外の事も話すようになっていた。


「君は、クロック広場の花屋には行ったことがあるかな。あそこは花を売るついでに魔法に使える薬草の類も扱っていてね」

「いえ、気になってはいたのですが、私には薬草を買うような余裕はなく……」

「ふむ、ではバイト代という事でいくらか届けさせよう」

「そんな! 私はしっかり決められた給金をもらっていますから……」

「その給金に、老いぼれの世間話は含まれていないだろう?」


 あの話は冗談だと思っていたのだが、翌日、家には薬草類が一式届いていた。慌てて図書館でおじいさんを探してお礼を言えば、「僕が好きでやったことだ」と、朗らかに笑っていた。


「実は、その薬草が生えているリュート渓谷には昔から魔獣の巣があってね。なかなか手に入らない代物なんだ」

「そんな貴重な物を、平民の私なんかに……」

「お礼だと思ってくれ。家で栽培するも良し。その時は経過観察を付ければ学びになる。行商人にでも売れば、結構な額にもなる。扱いは君に任せるよ」


 もちろん家で栽培した。言われた通り育っていく過程を観察していれば、本で読む何倍もの学びを得られた。

 喜びの余り、おじいさんに経過観察のノートを見せれば、微笑ましそうに笑ってくれた。

 そしてまた、「そういえば」と話し出すのだ。


 おじいさんと挨拶をして、頼まれた本を運んで、いつの間にか私のための話をしてくれて。

 どういうわけかエレーナの邪魔が入らない日々を過ごしていたら、彼女の事なんて忘れていた。





 ####




 とある日、いつものようにおじいさんを探して歓談スペースに行くと、最近忘れていたエレーナが管理人とお付きの男を連れて待っていた。

 久しぶりの対面に頭痛を感じる。仕事とは関係ないので無視しようとしたのだが、エレーナの方から甲高い声で呼び止められた。


「……何か御用でしょうか?」


 流石に声音は落ちたが反応すると、エレーナは「とぼけても無駄よ!」と、声を上げる。


「あなたが仕事をサボっているのは裏が取れてるのよ!」

「……えっと」


 エレーナの横に立つ管理人に顔を向ける。すると、咄嗟に目を逸らされた。しかし申し訳なさそうに横目を向けてきている。

 ああ、どうやらエレーナに脅されているようだ。流石は公爵家の長女。権力を見せれば図書館の管理人一人くらいは黙らせられるようだ。


「あの、一応私は言われた仕事をこなしていたのですが」

「ハッ! あんな皴だらけの男をたぶらかして、高値の品を贈ってもらっていたのが仕事ですって? 売女が男に媚びを売ってたら仕事になるだなんて知りませんでしたわ!」


 売女呼ばわりもだが、おじいさんの好意を無下にされたような言い方に腹が立った。

 ムッとする私に、エレーナは得意げな顔になると、高らかに続けた。


「平民のくせにここで働けるという待遇に胡坐をかき、仕事をサボって歓談スペースで本を読むばかりの日々! あまつさえ貴族である老人に付け入って贈り物を貰うような狡猾な行い! 下賤な平民風情が、よくもつけあがってくれましたね……いいですか、あなたはここに相応しくないのですよ!」


 「よって」、とエレーナが一枚の羊皮紙を取り出して広げた。


「公爵家の権限であなたを解雇させていただきますわ!」

「なっ!?」


 羊皮紙には、エレーナの生家の刻印とサインが記された、私の解雇要請がハッキリ書かれていた。


「ま、待ってください! 私は誓ってサボってなんかいません! 私はしっかり管理人から言われた仕事を……」

「フン、ではどこにその証拠があるのかしら?」

「証拠って、私は毎日ここでおじいさんへ本を運んで……」

「ですから証拠よ証拠! そのおじいさんとやらに毎日しっかり仕事に値することをしていた証拠はどこにあるのかしら? こちらにはサボっていたことをお父様が認めてくれた証拠がありますけど、これに匹敵する物はあるのかしら?」


 権力という名の暴力だ。管理人を黙らせ、平民に過ぎない私相手に公爵家の刻印とサインまで用意するのだから。


 下手に言い返して、いつものように怒らせたら、最悪私の実家にも影響があるかもしれない。

 黙るしかない私を目に、エレーナは高笑いを上げた。


「これで邪魔者は消えたわ! 全く、なんでこんな平民風情が賢人会議メンバーの候補者になっていたのかしら」

「え……?」


 よく意味の分からない言葉に問い返そうとすれば、「相応しいからだよ」と、聞きなれた声がする。


「おじいさん……」

「いや、待たせたね。君一人でも切り抜けられるか試していたのだけど、ちょっと分が悪そうだから出しゃばらせてもらうよ」


 とは言うが、今更おじいさんが出てきて何になるというのだ。相手は公爵家の権力を背景に、なぜか私を追いやろうとしているのだ。

 おじいさんの身分は知らないが、エレーナの生家は王族にも意見できる。とてもじゃないが、出てきたところで……。


 なんて考えていると、エレーナがおじいさんを睨みつける。


「引っ込んでいてくださる? それとも、年甲斐もなく若い娘に手を出したのがバレると面倒なのかしら?」

「年甲斐もなく、ねぇ……まだ若いつもりなんだけど」

「その皴だらけの顔を鏡で見たことはないんですの?」

「この顔は、そんなに皴だらけだったかな――じゃあ、これでどうかな」


 おじいさんが杖を取り出して顔の前で振るうと、体全体を光が包んだ。

 まばゆい光に目を細めてしまう。だが光が晴れると、目を疑った。


「ふぅ、やはり一時的とはいえ老化の魔法は疲れるね」

「おじい、さん……?」

「この姿でその呼び方はやめてほしいな。僕の名前はアーサーだよ。アーサー・フロイトだ」

「その名前って……!」


 この国なら知らない者はいない、最年少で賢人会議のメンバーに選ばれた公爵様だ。

 雪のように輝く銀色の髪に、氷のような青い瞳から、「氷雪の魔法使い」の異名を持つ。


 そんな方が、あの朗らかなおじいさん? てっきり異名のせいで、冷たい人だと思っていたというのに……。


 とにかく言葉が出ない。しかし、私と同じように驚いて開いた口の塞がらなかったエレーナが、なんとか笑顔を浮かべていた。


「こ、これはこれはアーサー様、お得意の魔法で私たちをからかうだなんて、意地悪な方ですわ」

「そういう君は、心根から意地悪なようだね。リリアナが賢人会議のメンバー候補に入ったからって、無理やり解雇するなんてさ」

「ご、誤解です! 私はただ、堕落している平民を貴族として正そうと!」

「堕落? リリアナの事かな? 変だな。僕の知るリリアナは、堕落とは正反対にいるような女性だったけど」


 アーサー様は、私と過ごした日々の事を一つ一つ語ってくれた。

 

 名前も知らない老人のために、広い図書館の中から重たい本を運んできたこと。

 謙虚な姿勢で、老人の戯れに付き合ってくれたこと。

 売れば相当な値が付く薬草を、勉強のために家で育てていたこと。

 気配りに長け、身分に付け入るような浅ましい真似を一切しなかったこと。


「なにより他の仕事もあるのに、嫌な顔一つ見せず毎日のように付き合ってくれたよ」


 僕の言葉が証拠だ。そう締めくくり、アーサー様は「次に、エレーナ・スウィーンバーンの行いを振り返らせてもらおうか」と言い出した。


 どういう意味なのか分かっていないエレーナの横より、先日から控えていた男がスタスタとアーサーへ歩み寄った。


「こちらが、エレーナ・スウィーバーン公爵令嬢の活動記録です」

「ありがとう、オネスト。君の仕事はいつも実直だから信頼できる」

「いえ、私は既に次期賢人会議メンバーとして内定していますから。これからの同僚になるかもしれない人物についてよく知ることが出来て感謝しております」


 オネストと呼ばれた男性へ、エレーナが何事かと騒いでいるが、とても深い溜息を吐いていた。


「まだ分からないのですか。私は次期賢人会議メンバーとして、最有力候補に挙がっていた貴女の行動を監視していたのですよ」

「なっ……! なぜ黙っていたの!!」

「口にしたら駄目なことくらい分かるでしょうに……それで、どうでしょうか」


 アーサー様へ視線を向けると、あちらも溜息を吐いている。


「記録を見るに、普段の生活からしてだらけ切ってるね。まぁ今の流れを見ていたら、権力に胡坐をかいているだけっていうのは想像がついてたけどさ」


 喚いているエレーナだが、アーサーは一切興味なく活動記録とやらを読み終えると、静かな声で告げた。


「エレーナ・スウィーンバーン、悪いけど君は賢人会議のメンバーとして相応しくない。候補からは外させてもらうよ」


 アーサー様直々の宣言に、エレーナは声を失っている。言い返そうにも、心当たりがあるのだろう。肩を落としたまま、その場に崩れ落ちてしまった。


 しかしだ、今のエレーナは失意のままだが、私への解雇要請は公爵公認となったままである。

 それに気づいたのか、私へ歪んだ笑みを向けてきた。まるで、道連れとでも言わんばかりに。


 私としても、このままではせっかくの職を失ってしまう。魔法使いになるという夢が遠のいてしまう。

 そんな時、アーサー様が私へ振り向くと、まず「黙っていて悪かった」と告げた。


「最初はエレーナの品性を確かめるために老人の姿で近寄ったんだけど、いつの間にか君に夢中だったみたいだ」

「む、夢中?」

「ああ誤解しないでくれ! 確かに僕は未婚だし婚約者もいないけど、夢中ってそういう意味じゃなくて……なんていうか、君の方が賢人会議のメンバーに相応しいと思うようになっていてね」

「それって、まさか……」

「まさしく君を賢人会議に加える! ……って言いたいところなんだけど、まだまだ君は学ぶ事が多い。だけど、放っておくには惜しい人材だ。という事で、しばらくは僕の秘書として賢人会議に出席してくれるかな」


 君さえよければ、と差し出された手を、私が「喜んで」と手にするのは一瞬の事だった。


 こうして、私は賢人会議メンバー見習い兼アーサー様の秘書として、国から魔法使いとして認められ、爵位も与えられることになった。

 まだまだやるべきことは沢山あるけれど、夢に大きく近づくどころか、何段もステップを飛び越えたのだった。






 ――リリアナにこれからの事を両親に告げてくるように言って別れると、オネストがスタスタとやってきた。


「一つだけよろしいでしょうか」


 恭しく礼をするオネストに、もうこれからは同じ賢人会議メンバーだからそんな事はしなくていいと言えば、「ではハッキリ申し上げさせていただきます」と強い口調を向けられた。


「ずいぶんと、老人の姿でリリアナ嬢に入れ込んでいたようじゃないですか」

「彼女には、それだけ可能性を感じてね」

「そうですか……しかし、私もリリアナ嬢についてはいろいろと調べたのですが、魔力から普段の行いまで十分に賢人会議のメンバーに相応しいと思うのですが?」

「いや、まだまだ学ぶことは多いよ。なにより学園に通っていなかったからね。僕が色々と教えてあげないと、賢人会議のメンバーにはなれないかな」

「……そうでしょうか。私には、秘書というのは自らの近くに置いておきたいという事の建前に聞こえるのですが」


 ギクッ、とたじろぐ姿を、友であるオネストは見逃していなかった。

 私はなんとか平静を保ちつつ「さぁね」と返すが、「顔が赤いですよ?」と詰められてしまう。


「……彼女には、言わないでくれよ?」


 結局我ながら情けなく、そして自分勝手な事を友に頼むと、案の定呆れたように「分かりました」と返ってきたのだった。




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