第9話 狩人と鴨

 あたりは惨たらしく瓦礫や屍が転がっていた。「鉄の鴨」によって蹂躙された基地は煙をあげ泣いていた。

 僕は生き残った仲間とともに場を立て直すべく散らばった支給品や装備を拾い、新しくテントを張った。それでも鴨の落としていった糞は限りなく僕らからかなりのものを奪っていたらしくあのような惨状に至るまでの基地とは比べ物にならないくらい酷い状態だった。

 再び「蒸気ムカデ」から新しく兵士が補充され、それに伴って物資や大砲ガニが増えた。

 その日の夜僕はアルを探した。また嫌な予感がちらついて、呼吸が浅くなる。全体主義的なように見えて一人間としては孤独に等しい戦場では仲のいい人は互いに支えになるのだ。

 僕は腹を決めて先に医療班が仮で建てた戦死者リストが書いてある看板の下へ向かった。しかしアルノ名前は無く、次に負傷者が集まっているテントへ向かった。しかし、アルは見当たらない。医療班の軍医に尋ねると

「さっきの爆撃で身元が分からないやつ立っている。言いにくいが君の友人はその中にいるかも知れない。」

と言われた。

 僕は意気消沈で自分のテントへ戻った。各兵士には一つのテントに突き20人ほど収用できるテントが割り当てられており、アルのベッドは僕のベッドの隣にあった。しかし今日は隣を見てもアルがいない。死んだ証明さえされず、目の前から友人が消えたとなると余計生存も考えてしまって眠れなかった。仮に爆撃に直で巻き込まれた別の基地に運ばれたのでは?いや…その可能性は低い、やはり死んだのかもしれない…だが信じたくはない。その一心で僕はその夜を過ごした。


それから一ヶ月が過ぎた頃だろうか、僕はカバネ軍の前線が後退するのを知らされた。撃ち落とされた「鉄の鴨」の構造を応用してケルネも負けじと飛行機を開発した結果らしい。この一ヶ月で撃ち落とされた「鉄の鴨」を基に開発された飛行機のお陰だろう。その飛行機は鴨を撃ち落とす狩人が使う銃にちなんで「ショットガン」と呼ばれるようになった。

 結局アルを見ることはなかった。恐らく爆発に巻き込まれて死んだのだろう。現実は無情で襲いかかる。最悪はどこまでも僕を引きずり込んでいて、僕一人という小さな存在ではとても抗うことのできない空虚さが終点だった。

 カバネの撤退を知ったその日のうちに僕を含めた数十の歩兵部隊は進軍を開始した。また真横で誰かが倒れ銃弾が頬をかすめる。数日前に撃たれた膝が痛む。でも進むしかない。今まで生きていたのが奇跡で、僕はそれにあやかっていた。人も何人も殺した。人を傷つけちゃいけないという基本的な道徳は僕の頭から消え去って、ただただ感情を殺して脚を一歩ずつ運んでいった。

 進軍を開始してから三十分ほど、頭上では空戦が始まっていた。狩人が鴨を追って銃を放つ。一直線上に放たれた銃撃を食らった鴨が煙を吹いて堕ちていく。鴨の行く先は僕の真上だった。

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