第8話 鉄の鴨

 僕らは医療テントに入り何十人といる横たわる屍か怪我人かも分からない人達の顔をいくつも確認していった。見落としがないようくまなく探す。だがウェイドの顔は見つからない。時間が経つにつれ嫌な予感が背筋を侵食していく。

 見つかったのは顔じゃなく名前だった。

 アルが僕の名前を呼び、医療テントの横にある戦死者名簿に指を差した。その時点で僕は絶望に駆られていた。

 名簿に並ぶ名前は、恐らく死んでいった順番にペンで書きされたものでWの綴りから始まるその名前が目に飛び込んできた。

 「ウェイド・ウィルソン 第十三歩兵部隊所属」

 血の気が引いていく。さっきまで話してたやつが消えていった事がどうしても現実に思えない。たかが今日のうちの知り合いでも、言葉を交わし、呼吸していたことを考えるとより死んだこと信じられなかった。

 やはりウェイドは砲撃に巻き込まれたのだろうか。僕とアルは顔をうつむかせながら医療テントを後にした。


その日はよく眠れなかった。眠ってもあの時医療テントで見た顔ぶれやウェイドの名簿のことが夢に現れ目が覚めてしまった。死にたくない。その一心で僕は不安を脳内に吐露しながら明日のために再びまぶたを閉じた。


 翌日、朝の前線はより進んでいった。一歩進むたび銃弾に近づく。死神が僕の後ろへ通り過ぎるたびに昨日のことがちらついて足がすくむ。だがこれは戦争だ。逃げることは許されず屍を置いて生きてしまったものは前に進むしかないのだ。

 なんとか侵攻を生き抜いた後、大砲ガニの増援が来て昨日の前線には既に基地が作られ始めたいた。僕が昼食を済ませようと硬いパンを齧っていた頃、上空から鈍い音が響いた。

 それはまるで鷹のように素早く、鉛なように硬そうな機械だった。俗に言う飛行機という大量虐殺兵器がその日をもって実際に人々を殺め始めたことは言うまでもない。

 通例通り僕らは敵の飛行機のことを「鉄の鴨」と呼んだ。なぜ鴨なのかというと敵の飛行機の場合、鷹だとか鷲だとか気高く、強そうな鳥だと味方を萎縮させてしまうからだ。どうせ呼ぶならサルでも撃ち落とせそうな鴨と呼んでおけば心も軽くなると考えたのだろう。だが現実は鴨ほどか弱いものじゃなかった。途端に「鉄の鴨」からは黒い何かが一目散に落とされた。無論それは爆弾だった。

 

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