純愛トライアングル

石花うめ

プロローグ

第1話

 今にして思えば、私の初恋は詩織だった。



 高校二年生の夏のこと。


 詩織の恋愛相談のため、二人でファストフード店に来ていた。


「美咲、目つぶって」

 会話が途切れたとき、隣に座った詩織が唐突にそう言った。


 私は飲もうとしていたコーラのストローから口を離した。

「どうしたの?」と尋ねつつ、ひとまず言われるがまま目を閉じる。


「絶対開けないでね」


 念を押す詩織の声が、さっきより私の耳の近くで聞こえた気がした。


 私が、分かった、と返事をするより前に、私の頬に柔らかいものが触れた。

 それは震えていて、微かに乱れた鼻息が、私の頬を撫でた。


「詩織⁉」


 思わず目を開け、詩織の方を向く。

 詩織の顔はすぐ目の前にあって、そのまま唇を奪われた。


 私の、初めてのキス。


 唇の熱が私の心臓を温め、鼓動を速めていく。騒がしいはずの店内は驚くほど静かで、世界に私と詩織しかいないように感じる。


 唇を重ねたまま、私は反射的に詩織の腕を掴んで、少し引き寄せた。


「──んっ」


 どれくらい、そうしていただろう。永遠のように感じたが、時間にすれば一秒にも満たなかった気がする。お互いに息が続かなくなったところで、唇が離れた。


「……どうしたの、詩織?」


「あ、これは……」

 詩織は言葉を絞り出す。

「──よ、佳正とキスする練習!」


 いつも落ち着いている詩織は、珍しく少し慌てた様子だ。なぜか少し寂しげな表情を浮かべ、いつもの詩織らしくない、取り繕ったような笑顔を浮かべている。


「……そうなんだ」


 詩織には天野佳正という彼氏がいる。

 私は、詩織が彼とうまくいくように、友達として恋愛相談に乗ったのだ。詩織の恋愛がうまくいくためなら、私がキスの練習台になるのは構わない。それで詩織の恋愛がうまくいってくれたら、私も嬉しい。

 それなのにどうして、彼氏がいる詩織にキスされて、悲しい気持ちになるのだろう。


「いきなり、ごめん」

「いいよ。詩織なら、気にしないから」

「……帰ろっか」

「そう、だね」


 気まずくなり、二人同時にストローを吸った。

 私のコーラはもうほとんど無く、思い切り吸うと、品の無い音が盛大に響いた。隣からも同じ音が聞こえ、私たちは顔を見合わせてぎこちなく笑った──




 それから私たちは、何事も無かったかのように毎日を過ごし、高校を卒業した。

 そのキスは本当に練習だったのか。

 結局、真意は分からないままだ。


 卒業して以降、詩織とは一度も連絡を取れていない。

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