第31話 ラルフの苦悩
ラルフは一人、執務室で悩んでいた。先ほど見てしまったイヴリンの本当の姿。あの後聞いた話では、リーダー格のガラルと言う男以外は全員死亡。牢の中は凄惨な状況だったらしい。ガラル自身も片方の手首を斬り落とされ、剣で目を突かれて潰されていたとのこと。斬り落とされた盗賊の頭がガラルの近くに転がっていて、兵士が中に入った時には半狂乱を通り越して呆然と何かブツブツ言っている状態だったらしい。
それよりもイヴリンはどうして、あんなに残酷なことを顔色一つ変えずにやってしまったのだろう。リアムの話では辺境伯領の『赤い死神』とは彼女のことらしいし、自分が見ていたのは彼女の表面的な部分だけだったと思い知る。しかしそんな彼女に恐怖を覚える一方で、彼女に対する想いがまた強くなっているのも事実。いや、これはひょっとすると『彼女のこと知りたい』と言う、単なる興味なのかも知れない。
リアムが帰った後も考え続けていたが答えは出ず、フラフラと兄の部屋へと向かった。
「兄さん、入ります」
「ラルフか? 珍しいな」
兄はまだ執務室で何やら作業中だった。ジェイミーは仕事ができる人なので、大体は一人で何でもやってしまう。その仕事量はラルフがリアムの協力を得て何とかこなしている量の何倍にもなるのだ。普段は飄々として掴みどころがないが、その背中に全く追いつけていないと感じる。
「どうした、疲れた顔をして。仕事、そんなに頑張る必要はないんだぞ」
「いえ、仕事はなんとかこなせてます。ただ……」
「イヴリンのことか?」
「……」
黙って頷くラルフ。牢での出来事の後、ジェイミーもリアムも動揺している様子はなかった。きっと兄はイヴリンがああすることを知っていたのだろう。
「兄さんは伯爵があんなことをするとご存知だったのですか?」
「まあ、兵士から剣を受け取った時点で察してはいたさ。赤い死神の名は伊達じゃない」
「赤い死神の件もご存知だったのですか!?」
あの赤い鎧はジェイミーがリアムの兄に贈ったもの。しかしそれを着て戦場で活躍することを期待したわけではなく、将としてあの鎧を着られるぐらいに病から回復してほしいと願ってのことだったらしい。
「それがどうだ、しばらくすると『レッドモンドの赤い死神』の話が聞こえてきて、俺は直ぐにイヴリンだと気が付いたよ」
「彼女は何なのですか? 異常に力も強い様だし、明らかに我々とは精神構造が違う!」
「まあ、力が強いのは認めるけどな。俺も何度か剣を交えたが、まるで子供扱いだった。しかし精神構造はそんなに変わらないぜ。違うのは覚悟だよ」
「覚悟?」
「ああ、そうだ。イヴリンは何かを守るために必要と判断すれば、それを実行することには迷いがない。赤い死神の件だって、領地を、ひいてはこの国を守るために必要だと判断したから鎧を着けたんだろう。今回の件も一緒さ。あのガラルと言う男から情報を聞き出すことが必要だったから、ああした」
しかしラルフの知っている人物で、躊躇なくあれだけのことを行える人物などいない。例え父の国王であっても、あそこまでするのは躊躇するのではないだろうか。もちろん目の前の兄も、だ。
「し、しかし、何も伯爵自らあそこまで行わなくても……」
「じゃあ、他の誰かがやれば良かったか? 例えばあのガラルと言う男が白状することにこの国の将来が懸かっていたら、お前はイヴリンの代わりに同じことができたか?」
「それは……」
できるはずがない。自分は人を殺したことなどないし、王族と言う立場だから誰かに命令していればいいと思っていた。それが権力と言うものでもある。
「兄さんはできますか? あの状況で伯爵からそれを依頼されたとしたら」
「できるわけないだろ! そもそもあの剣で人の首をはねられると思ってるのか? あんな芸当、イヴリンにしかできないぜ。しかし俺たち王族は常に意識しておかなければならないぞ。我々がやらなくても、国を守るために誰かが前線でそれをやっているってことだ。そして彼らが行った結果は、我々が責任を持つ。それが王族ってものだし、領主についても同じだぜ。領地のために兵士を動かしたなら、それ相応の覚悟が必要だ」
兄に言われてハッとする。今までそんなことを考えたことはなかった。自分には権力があって、その権力に守られているのが王族だと思っていたが、その権力の下で戦っている者もいると言うこと。国王たる父には威厳がありその言葉に重みがあるが、それはこの国の頂点に立ち領地と民を守る全責任を負う覚悟があるからこそなのだろう。
「お前はまだ若いし、経験を積めば分かることさ。まあ、イヴリンは頭の回転が速いし極端過ぎてあまり参考にはならんがな。もしお前が道を踏み外して国に害をなす存在になったとしたら、あいつは躊躇なくお前を斬るだろうぜ。レッドモンド伯爵領以外の領地全部が敵になっても、領民を守ると決めたら先頭に立って戦うだろうな。お前が好きになったのは、そういう女性なんだ」
自分は明らかにイヴリンと釣り合っていないと、ラルフはひしひしと感じていた。彼女はどんな気持ちで戦場を駆け抜けてきたのだろうか。そして盗賊たちの命を奪うことに何のためらいもなかったのだろうか。年上と言ってもそこまで歳が離れているわけではない。しかし自分は全てにおいて未熟で、王族たる覚悟もなかった。先日、レッドモンド邸でイヴリンに対し『王族からの命令』などと言ってしまったことをとても恥ずかしく思う。
「兄さん、僕は……どうすればいいでしょうか」
「今ならまだ、イヴリンから離れる事もできるぞ。まだ早いと言った意味が良く分かっただろう? それでもやっぱり彼女のことが気になると言うなら、やれることからきっちりこなすことだな。ディクス侯爵の件はまだ終わってないからな」
「……考えてみます」
知れば知るほど、イヴリンが手の届かない存在だと思い知らされる。自分は本当に彼女に相応しい人間になれるのだろうか。あの赤い瞳に魅入られて恋心を抱いてしまったが、ジェイミーの言う様に無理矢理でも気持ちを断ち切って引き返した方がいいのだろうか……様々な想いや考えが交錯して、ラルフの頭の中の混乱はなかなか治まりそうになかった。
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