第30話 赤い死神
イヴリンの計画通り、ディクス領の盗賊たちは王都の兵により捕縛され牢へ。誰の指示でレッドモンド領の荷馬車を襲っていたのか、聞き出そうとしても盗賊たちは全く口を割らないとのことだった。
「そんなに口が固いのですか? 牢ではどのような聞き方をしているのでしょうか?」
リアムが不思議そうに聞いてくる。ラルフも拷問の仕方などは良くしらないが、聞いた範囲では鞭打ちのはず。
「下っ端の三人はガラルと言うリーダーに雇われただけだと、すぐに白状したそうだ。残りの三人とガラルと言う男は傭兵崩れらしく、鞭打ち程度では全く効いていないらしい」
この話はジェイミーから聞かされた。兄としては根気強く続けるとのことだったが、イヴリンはガラルという盗賊がディクス侯爵とつながっている確証が欲しいのではないだろうか。そう考えると盗賊たちがなかなか白状しないこの状況に、ラルフも焦りを感じる。
「お前はどうすればいいと思う? リアム」
「我々がどうにかする前に、姉上が動くはずです」
「伯爵が!? 彼女なら簡単に聞き出せるのか?」
「恐らく。姉上は今日牢に行くと言ってましたので、もう聞き出してしまっているかも」
鞭で打たれても何も喋らない男たちが、イヴリンの質問にそう簡単に答えるとは思えない。それとも、彼女は何か特別な方法でも知っているのだろうか。しかしいかにイヴリンとは言え、一人で牢に行って安全なのだろうか。
「危険ではないのか? 我々も行ったほうが良いのではないか?」
「いや、止めておいた方がよろしいかと」
「何かの役に立つかも知れないだろう? 直ぐに向かおう」
歯切れの悪いリアムを無理矢理連れ出す形で部屋を出る。牢は城を出て少し山側に行った森の中にある。兵が交代で厳重に警備していて、城の関係者でもなければ近づくこともできない。
二人が牢に行ってみるとイヴリンの姿はなかったが、程なくジェイミーと共に彼女もやってきた。
「ラルフ、お前も来ていたのか? 残念ながら盗賊どもはまだ何も吐いていないそうだ」
「僕も何かお役に立てないでしょうか? あの盗賊たちとディクス侯爵の関係を確かめないとダメなのでしょう?」
牢の中の雰囲気は城とは違いかなり悪い。光は小さな窓から少し入ってくるだけでカビ臭く、空気も重苦しい。しかしイヴリンはいつも通りの様子で王子たちの会話を聞いていた。
「とにかく、そのガラルと言う男の牢へ行ってみましょうか」
「ああ、そうだな。お前たちも来るといい」
「はい」
怖がるどころか率先してガラルの入っている牢へと向かうイヴリン。女性であるイヴリンの姿を見ると、他の罪人たちが牢の小窓から覗きながらいやらしく汚い言葉を掛けてくる。しかしイヴリンはそんなものお構いなしで、まっすぐ目的の牢へ。
「ここにガラルと傭兵崩れの三人が繋がれているそうだ」
「そう。一か所に固まっているなら好都合ね。リアム、これを持っておいてちょうだい」
「はい、姉上」
イヴリンは持っていたカバンをリアムに託すと、同行していた兵に牢の鍵を開けさせた。
「剣をお借りしてもいいかしら?」
「どうぞ、伯爵様」
護身用なのか兵の剣を受け取ったイヴリンは、そのまま牢の中へ。牢の外にいると中の会話の内容までは分からないが、それでも男たちがいやらしい笑い声と共になにやら盛り上がっているのが聞こえてくる。
「リアム! 伯爵は大丈夫なのか!? 僕たちも中へ……」
そんなラルフを無言で引き止めるリアム。
「なぜ止めるんだ!?」
「今中に入れば、恐ろしい光景を見ることになります」
「伯爵が危ないんだぞ……」
と、言った瞬間、中から男の悲鳴が聞こえてくる。
「ぎゃああああぁぁ、何しやがるこのアマ!!」
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、ズゥーンと地響きのような音。いや、何か重たいものが壁にぶつかったのだろう。直後にドサっと言う事がして、今度は別の男たちの声がする。
「お、俺たちは本当に何もしらねえ! 全部ガラルの指示で!」
今度は『ゴン』とも『ドン』とも聞こえる音。何か重たいものが床に落ちて転がった様だ。
「うわーっ!! こいつ、狂ってる!! こんなことをして許されると……」
再び何か重たいものが落ちて床を転がる音。その間もずっと、男の悲鳴とガシャガシャと鎖を引っ張るような音がしている。必死で逃げようとしているのか?
「わ、分かった! 全部話す! ぎゃーっ!! や、止めてくれ!」
それ以降、外に声は聞こえてこなくなってしまった。しばらくして牢の扉が開き、出てきたイヴリン……彼女は全身血まみれになっていた。
「イヴリン!?」
「大丈夫、返り血です」
そうなることが分かっていたのか、リアムは預かったカバンの中から手ぬぐいを取り出しイヴリンに手渡す。平然と血を拭い、そして更にリアムから手渡されたローブをさっと羽織るイヴリン。
「全ての証言は取れました。後始末はおまかせしますね」
べっとり血の付いた剣を兵に返しながらニッコリ笑ったイヴリン。兵は剣を受け取り牢の中に入ったが、途端に『ギャーッ!』と悲鳴を上げ、嘔吐していた。中がどうなっているのか気にはなったが、流石にその状況を見る勇気はラルフにはなかった。
「ジェイミー、この後のことはお願いね」
「ああ。ディクス侯爵の対応は俺がやるようにと、父にも言われているからな」
「ありがとう、頼りにしているわ。リアム、私は先に屋敷に戻りますね」
「はい、姉上」
顔色一つ変えずに平然と去っていったイヴリン。あの血まみれの姿とその冷静さのギャップに、背筋に冷たいものが伝うのを覚えるラルフ。
「リアム、どういうことだ!? どうして、どうして伯爵はあんな……」
「殿下、レッドモンドの赤い死神の噂はご存知ですか?」
「あ、ああ。それは君の兄上のことだろう。あの赤い鎧を身に着けて、戦場で功績を残したのだろう?」
「違うんです……兄は病を患っており、とても戦場に出る体力なんてなかった」
「あの赤い鎧はなあ、ラルフ。パトリックを元気づけるために俺が贈ったものなんだよ」
しかしある時から戦場に『赤い死神』と呼ばれる騎士が現れる様になる。その騎士は赤い鎧に真紅のマントを靡かせ、そしてとても人が扱えそうもない大剣を振るって戦場を駆け抜けたそうだ。
「では一体誰が中に入っていたのだ? お前の領地には屈強な兵士がたくさんいると聞いたが……まさか!?」
そこまで言ってハッとするラルフ。赤い死神……鎧の中身は男性だとばかり思っていたが、実際に自分の前であの鎧を着ていた女性が一人いる。そう、イヴリンだ。
「イヴリン……なのか?」
「姉上です。殿下もあの鎧を着てみて分かったでしょう? 軽いとはいえフルプレートの鎧の重量は相当のものです。あれを着てあの大剣を片手で振り回すなんて芸当は、辺境伯領でも姉上以外無理なんです」
「伯爵が赤い死神……」
この時、ラルフは兄の言った『お前にはまだ早い』と言う言葉と、そしてイヴリン自身が言った『あなたに相応しくない』と言う言葉の本当の意味を理解したのだった。
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