王子、私を好きになってはいけません

たおたお

第1話 赤い鎧の騎士

 スペディング王国の王城、謁見の間。もうすぐ執り行われる子爵家の領主権授与式のため、そこには城内外から役人や貴族が集まり始めていた。広大な部屋の一番奥には周りより一段高くなった場所。ここに王族が揃えば式はスタートだ。その前で若干ソワソワしながら今か今かとその時を待っている小太りの中年貴族が、本日封土を授与される予定のエガートン子爵だ。


 第二王子のラルフは兄のジェイミーと共に、玉座の見える控え室に先に来てそんなエガートン子爵の様子を覗っていた。


「兄上、本当にあの様な者の領地権を認めるのですか?」

「まあ、そういう決まりだからな。お前の言いたいことは分かるぞ。あんな小物、エガートン領を治めるには役者不足だってな」

「父上も分かっておられるだろうに、なぜ……」

「まあ見てろよ。面白いことがあると思うぜ」

「……」


 兄の意味深は発言を怪訝に思いつつ、両親がやってきたので兄に続いて最後に謁見の間へ。多くの人々で先程までざわざわしていた部屋は一瞬にして静まり返り、玉座の下ではエガートン子爵が片膝を付いて頭を下げいる。


「それでは始めようか、ジェイミー」

「はっ、父上。それではこれより、エガートン領の領地権授与式を執り行う」


 エガートン領は以前エガートン伯爵が治めていた領地で、交易の要所に位置することから国内でも比較的大きな都市を有する場所だ。しかし領主である伯爵夫妻が事故により他界してしまったため、その弟であるエガートン子爵が領地を継ぐ候補となる。伯爵は王とも親交があり、高潔な人物として有名だったが、その弟はと言うとお世辞にも領主に相応しいと言い難い人物。決まりとは言えラルフは子爵がエガートン領を継ぐと聞いたときから、そのことをあまり良くは思っていなかった。


 新しく領地を引き継ぐ場合三年間の準備期間が設けられていて、その間は王族と新領主が半分ずつ領地権を持つ。そしてその間何もなければ王族が持っていた半分の権利を譲渡し、晴れて新領主となれる訳だが、話によるとその間エガートン子爵は一度も領地に現れなかったらしい。前領主である伯爵の部下が有能な人間だったらしく、名代として王族側と協力して領地を治めていた様子。


 第二王子として、父や兄に自身の考えを話したことはあるが、王である父からは『その件はジェイミーに一任している』、兄からは『なんの問題もない』と言われるだけで、式の当日になってしまった。確かに子爵に何か問題行動があった訳ではないが、国としても重要なあの場所をこんな人物に任せて良いとは到底思えなかった。


「式に先立ち、この場を借りて行いたいことがある。宜しいですね、父上?」

「うむ」


 そんなことを言い出した兄。両親とも特に動ずることもないが、会場はざわついているし子爵も驚いた表情で顔を上げていた。ラルフも何も聞かされておらず、兄に聞くこともできずに平静を装う。


「では、入ってくれ!」


 ジェイミーが言うとしばし間を置いて部屋の扉がゆっくりと開く。と、そこに姿を表したのは、真っ赤なフルプレートの鎧を身につけた騎士だった。真紅のマントを靡かせながらガシャガシャと重そうな鎧の音を立てて通路を進んでくる騎士。その人物の登場を誰も予想できていなかった様で、王の前にも関わらず会場は一段とざわめいていた。


「レッドモンド……」

「赤い死神……」


 ヒソヒソと話す貴族や役人の間からそんな言葉が漏れ聞こえてくる。ラルフもその名前には聞き覚えがある。レッドモンド辺境伯領で隣国との戦に於いて目覚ましい成果を上げたと噂の騎士。以前からその赤い鎧は兄から辺境伯の子息に送ったものがと聞いたことがあったが、それよりも、だ。その子息は先日死亡したと、当のジェイミーから聞かされたばかりだ。


 周りの反応を意に介する様子もなく、赤い鎧の騎士は王の前に歩み寄り、そしてエガートン子爵の隣で跪く。ラルフがチラっと王の方を見ると、満足そうに薄っすらと笑っていた。今すぐ父や兄に詰め寄ってどういうことなのか問い正したい気持ちをグッと抑え、ラルフは式の行方を見守ることとする。


「パトリック・レッドモンド、貴殿のこれまでの功績を讃え、ここに伯爵位を与える」

「………」


 兜で顔は見えないが、小さく頷く騎士。依然ざわざわとする会場と、自身の横で起こっていることに驚愕するエガートン子爵。そんな状況を他所に、ジェイミーは淡々と段取りを進めてゆく。


「さて、現エガートン領についての話に戻る。三年間の準備期間を終え、特に問題は認められなかった。よって……」


 赤い騎士の登場におののいていた子爵も、そこまで聞いて再び緊張した真面目な面持ちでジェイミーの言葉に耳を傾ける。


「王族が保有する権利をレッドモンド伯爵に譲渡し、領地権を認めるものとする」

「!?」


 あんぐりと口を開けて固まってしまった子爵と、再びざわめく周囲の人々。赤い騎士は身じろぎもせずにじっとその決定を聞いている。


「これにて式は終わりだ。皆、本日は出席、ご苦労だったな」

「……!! お、お待ちください、殿下!」


 式を終わらせようとした兄の言葉に、我を取り戻した子爵がたまらず声を荒らげた。


「なぜこの様な者に領地権をお与えになるのですか!?」

「その者はもう伯爵だ。言葉が過ぎるぞ、エガートン」


 今まで黙っていた王が口を開くと、立ち上がりかけていた子爵は再度跪き何も言えなくなる。会場も一瞬で静けさを取り戻す。王の言葉にはそれほどに圧があった。


「も、申し訳ございません陛下。し、しかし、国の規則では領地権は私に……」

「レッドモンドよ、兜を取ってはくれまいか? お前の口から説明するといい」


 その言葉にスクッと立ち上がった赤い騎士。ゆっくりと兜を取ると束ねていた髪を解いた。赤い鎧の上にさらりと広がったゴールドにも見える明るいブラウンの長い髪。そして、鎧の色を反射してか、より深く赤く見えたその瞳と目があったラルフ。その鮮烈さに、瞬間雷に打たれた様に身動きも声を出すこともできなくなる。それは子爵も同じだった様子だが、声を振り絞る様に呟く。


「お、お前は!」

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