第47話 撮影

 8月8日木曜日の早朝、上りの始発、5時10分の電車に乗り込むと、2つ隣の駅から乗車しているチエと合流した。

 先頭車両は、私とチエの他は2人ほどサラリーマンらしき人がいるだけ。学生は夏休みだけど会社員にとっては普通の日だ。しかし、こんな時間から働きに行くなんてご苦労なことだね。


「おはよーチエ」

「おはよーリル、さすがに眠いね」

 チエは力無く挨拶する。トロンとした顔つきでいかにも起きたばかりという感じだ。

「うん眠い。昨日もちょっと興奮して良く寝れなかったしね。でも、今日は私達は見てるだけだから気楽だけど、ミッケとカノンは緊張してるかもね」

「だよねぇ、カノンなんて、どんなメイクしてくるかな?楽しみでもあるね」

 私とチエは他人事のようにイベントを楽しむ。

「あっ、次はカノンの最寄り駅だね、ちゃんと乗ってくるかなぁ」

「主役の1人だからね、来ないと困るよ」

 責任感のあるカノンの事だ、来ないことは無いと思うけど。

 暫くして電車が止まると、1人黒ずくめの人物が乗り込む。カノンだ……多分!

 

 肩紐の黒のワンピースにテカりのある黒のジャケットを羽織り、高いヒールのブーツ。 髪型は、なんと高い位置で結んだツインテールに黒いリボン!

 顔はほぼ白塗り。アイラインを太く黒で縁取り、その周りを赤い化粧で囲っている。パンクなのか、それとも地雷メイクの強化版なのか、何とも言い難い。なお、口紅は青だ。


 カノンと思われる人物は私達を見つけると、ズカズカ歩いてくる。近くでボーっとしてスマホを弄っていたサラリーマンは、ギョッとして姿勢を正す。


「グッモーニン、お二人さん」

「グッモーニン?え~と、カノン……だよね?」

「あぁオレだよ、どうだ、これならオレだって分からないだろ!」

 奇抜なファッションのせいなのか、朝から随分とテンションが高い。

「確かに分からないよ、それに他人だったら絶対声かけないね、危険すぎる」

 辛辣なチエの意見。カノンにしたら狙い通りだろう。特に黄色のツインテールが強烈だ。メイクもそうだけど、髪型で随分印象が変わるものだな。

 でも、この格好、マニアックだけど、好きな人は好きかもしれない。


 暫くしてミッケ、そしてモノも乗車してきた。二人共リアクションは同じで、こちらを見た瞬間、目と口を大きく開いてたじろぎ、苦笑いを浮かべて近寄ってきた。


 他の乗客にチラチラ見られながらも、池葉原に到着だ。早速、撮影場所の公園に向かう。今日は天気も良く、絶好の撮影日和だ。まだ早朝だから、暑くもないし、爽やかな風も吹いていて気持ちがいい。

「ところでミッケ、いい感じに曲は出来たのかい?」

 カノンの恰好に話題を取られていて、肝心の曲について話をしていなかった。

「あぁ、バッチリさ!会心の曲が出来たよ。今までで一番の出来じゃないかな」

 ミッケから頼もしい言葉が返ってくる。もっとも歌に関して、いつも自信満々だから、信憑性はないのだけど。


 いつもミッケが歌っている木陰に到着する。周りに人はいない。

「それじゃあ、ボクが一度歌ってみるよ。カノンは良く聴いててね」

 ミッケはそう言うとギターを取り出し、軽やかに歌いだした。


『何にも無い 何にも無い この街で――』


 少し切なくて、それでいて疾走感のある爽やかなメロディ。歌声がスッと身体の中に入ってくる。いい、とてもいい!自分で書いた歌詞なのに涙がこぼれそうになる。疑って申し訳無い、やっぱミッケの才能は本物だった!


 ギターのリフレインの後、静かに曲が終わる。それと同時にチエが叫ぶ。

「凄いよミッケー!天才だね!1日でこんな名曲作っちゃうなんてね〜」

「私も感動しました。ちょっと泣きそうになってしまいました」

 見るとモノは目に涙を浮かべていてる。音楽って凄いよね、心のこもった歌は聴く人の心も動かす。

「オレも気に入ったよミッケ!メロディも覚えやすいしな。歌詞は覚えてきたからよぉ、早速撮影行ってみるか」

 カノンも気合が入っている。

「本当カノン?もう覚えたの?じゃあ撮影してみようか、駄目なら撮り直せばいいしね」

 

 鮮やかな青空、緑の草原、その中の少し大きめの木の下に、ギターを抱えたミッケが立つ。そして、その斜め後ろにカノン。

 白い襟の付いたシャツにタイトなジーパンという、背景ともマッチした爽やかな格好のミッケに対して、ドス黒い異様な出で立ちのカノン。

 かなり浮いているけど、まぁしょうが無い。モノがカメラを構え撮影を始める。


「じゃあ、行くよ〜!3、2、1……」

 監督気分のチエの合図でギターを弾き始める。ミッケはさっきよりも力強く、でも軽やかに歌い上げる。

 後ろのカノンは、昨日私が指示したことに忠実だ。リズムを取りながら、合間に『uh〜』等と言っている。うん、いけてる、いけてる。

 サビ、二人の声が重なる。カノンは本当に一回で覚えたみたいで、音程もバッチリだ。ミッケよりも少し高い声が、絶妙なユニゾンを生み出す。

 そして肝心の場所で――

『ヒカリのサ インが オー ほーんとうの……』

 カノンが右手を振る。因果応報も決まった!その後もトラブル無く、二人は初めてとは思えない息のあった歌唱を見せ、曲を終えた。


「ハイ、OKでーす!」

 チエの合図で撮影も終了だ。みんなで集まり、録画したビデオをチェックする。

「うん、いいねー」「カラオケで一緒に歌った成果かな」

 二人とも満足そうだ。まさか一発で撮れるとはね。早朝だったので、邪魔も入らなくて良かった。

 しかし、ビデオで見ると、カノンの異質さが、より際立つな。まぁ、曲で勝負なんだから良しとしよう。


「私、帰ったら早速YouTubeにアップします。歌詞もテロップで入れておきますね」

 頼もしいモノの言葉。デジタルに強いのは羨ましいな。

「あと、チャンネル名とかどうしますか?それと、ミッケは名前を出していいんですね?」

 モノの質問にミッケが堂々と答える。

「もちろん名前を出してよ、兎見ミッケのワールドデビューだ。チャンネル名は『ミッケステーション』にしてもらおうかな」

 『ミッケステーション』……まあいいか、何も言うまい。

「モノさぁ、分かってると思うけど、オレの名前は出すなよ」

 カノンがモノに念を押すと、ミッケが反応する。

「今回はカノンが一緒だから『兎見ミッケwith ブラックエンジェルK』って、テロップ出してもらおうかな」

「ブラックエンジェル!?恥ずッ!……エーイ!もう、好きにしろ!いいか、お前ら絶対オレだってバラすなよ!」

 ミッケワールド炸裂だ。でも、ミッケのチャンネルだから、出来るだけ思い通りにさせてあげよう。


 午前6時半、公園にはポツポツ人も増えてきた。

「ボクはここでもう少し歌っていくよ。曲の宣伝にもなるしね」

 確かに生で見て興味を持った人がYouTubeを見てくれるかもしれない。次回からは、「ミッケステーションで公開中」みたいに、看板を出しておくといいだろう。

「今日がミッケのデビュー記念日だ」などと言って、チエのスマホで全員で写真を撮ってからミッケと別れた。


「それじゃあ、オレ達は帰ろうぜ、早くこの格好とおサラバしないとな」

「駅の方はもう結構人いるよね、ブラックエンジェルと一緒はちょっとキツイな〜」

「オイ!ブラックエンジェル言うな!あと、一人にすんじゃねぇ!」

 チエの軽口にカノンが切れる。確かに一人は嫌だろうけど、そんな格好の人と地味な女子高生3人が一緒にいる方が変に見えるだろう。まあ、見捨てるのは可哀想だから一緒に行くけどね。

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