2話 ミフネ「小さいまんまのお姉ちゃん」後編

 いまや大学2年生……19である おれにはもう、とてもじゃないけど そぐわない『みぃ君』なんて呼ばれ方。気恥ずかしさに、くすぐったくて……じん と懐かしい呼ばれ方。それを聞いてしまったからか、応えるように口からこぼれた、昔のおれが使っていた……の呼び方。

 これまた今みたいに、大の男が……この、どうみても子供としか思えない幼気な女の子に対しては、使うものじゃあないだろう。

 でも、そんなおれの『コンねーちゃん』を聞くやいなや、少女の表情は ぱあ と一気に晴れ渡って。


「っ……!! みー君っ!!」

「おわ!? ちょっ……」

  

 飛び込むみたいに、大きく一歩ぶん距離を詰めてきた。

 びっくりした、抱き付かれるかと思った……。


「よかった……!やっぱり、憶えててくれた!コンのこと……!」

 

 縋りつくようにして、小さな手指がおれの上着(ヘラクレスオオカブトパーカー)を掴む。きゅっ、て。控えめだけど……確かな ちからが。こめられてるのが伝わってくる。 …………えっ。あれ?

 “つかむ違和感”……?

 いや、なんだ……その、これ照れくさいぞ……。


 …………っていうか!


「待った!待って!ここじゃちょっと……!ほら、その、耳とかっ」

「……あっ。」


 にわかに周りが少しざわめきだしたことで、ふと我に返った おれ。そうだ、ここは大学内。学生や教員が、まだそれなりにウロついてる時間。

 そんな中で、ケモ耳つけて尻尾はやした和装少女に迫られてる……みたいなこの状況は、どう考えても目立ちまくるに決まってる。本人もそれに気づいたのか、しまった!というような表情になった……と おれが思った時には、獣耳も尻尾も消えていた。

 え出し入れ自在なの?それ?


「とにかく、いったん場所うつそう……ええと、どこか」


 テンパりながら周りを見回す。どうしよう、まずは……うん、落ち着いてはなしたい。とりあえず、大学からは離れたほうがいいよな……!?

「お〜う、ミフネぇ〜〜〜」

「ぇいっ!?」


 のんびりと間延びした声で後方から声をかけられて、おれ、硬直。そうだ、もともと友達と待ち合わせてたんだった……!

 

 どうする、今の状況……!? 事情を説明……いやダメだ、無理。そんな余裕はマジでない。ただでさえ急展開で頭の回らない事態なのに……無関係の第三者まで入れてしまえば、おれのパニックが有頂天まちがいナシだ(?)!!!

 とにかく、今は……!

 

「待たせたなぁ〜あ、今日は」

「おあーーーーっっ、スマン!!!ちょっと、急に用事が出来ちゃってさ!? ほんとゴメン、急がなきゃなんだ!!!」

「おん?」

「じゃ!!」

 ずぱりとドタキャン。ちょっと今……知り合いを交えるのは避けたい!

 …………急な用事は嘘じゃない。ある意味、ウソじゃないんだけども……。申し訳ない、許してくれケンゴ……!


「コンねーちゃん!」

「う、うんっ?」

 

 がしり。おれの服を掴んだままの少女の手を取って、軽く握る。

 

「っ……!??」

「走るから、着いてきて!」


  

「…………! はっ、……はい!!」


  

 手を引いて、走り出す。相手は おれと歩幅が違いすぎるうえカッチリ和装ときたもんだから、全力疾走しちゃうわけにもいかないけれど。それでも、なる早でココを離れたい。このひととは、とにかく邪魔のない場所で……腰すえて、うん。しっかりと……話をしたい。したかった。

 だから、早く。


「手……。………………みぃ君、の。…………っ、ぅ、」


 頭がいっぱいいっぱいになっていた おれは……情けないことに、もう本当に気遣きづかったりする余裕がなくて。

 だから……最後まで、全然まったく気付きづかなかった。

 

「ぐすっ、ふ……!ぅっ、わたし……本当に、ずびっ……本当に。…………っ! よ゛かった……!」

 

 後ろを着いてきてくれている少女が……微かに嗚咽を漏らし、密かに涙を拭っていたことにも。

 

 最初は おれから一方的に掴んでいたはずの、子供みたいに小さな手が。

 いつの間にか……。

 向こうからも、おれの手を。強く握り返すようになっていたことにも。

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