プロメティウス・インタラクション

EF

プロローグ

太陰の英雄

 この日、リュチフェール聖陽国民は、前代未聞の偉業達成の報に狂喜し、首都パンテラエに詰め寄せた。

 かの偉業達成————太陰最近傍、第13星「アステリズムの光」攻略の立役者、最新の英雄、アイネスフィールをその視界に収め、太陰の戦姫、流爆星の祝福者にして忌み子を、有り余る好奇心と英雄崇拝の高揚の糧にせんがためである。


 太陽の通る3方を示す聖堂の北面、夏至の南中角へ仰け反る観客席には、その15万を超える収容人数にも拘らず満場の観衆が詰め寄せ、南に坐する六陽天帝の霊験あらたかなる偉貌と、中央の小塔に現れる英雄を斉時に望もうとしている。

 やがて秋分の南中に至った。中天に上った太陽の下、正しく太陰のそれである、凡そ普通には聞くことが無いほど重く低い轟音が鳴り響き、小塔中央の祭壇が伸展し、上昇していく。


 遂に現れた頂上には、六陽天帝に向き直った英雄が跪いていた。

 純白の「翼」は外套の様に彼女の背を包み、容貌の一切を、うなじでさえも観衆から覆い隠した。


 跪いた彼女は立ち上がると、陽帝に姿を見せるべく翼を広げる。

 雛が遂に巣立つときの様に、ゆっくりと、艶やかに広げられた翼は未だに彼女の背面の多くを覆い隠していたが、辛うじて観衆の目は、奈落人特有の、異種的な白皙の肌と、忌み子の証たる白銀の髪を捉えた。


 アイネスフィールは左腕をさっと伸長する。東を示した。

 彼女は次に、薬指と小指を折り曲げ、南中した太陽を指した。その掌には、何か見え難いが、柄のようなものが握られている。


 虚の鞘。太陰の吸収線に紛れ、陽の性質を覆い隠すもの。


 彼女は右手を不可視の鞘にかけ、静かに引いて行った。

 何もないところから、まるで手品のように、複雑な装飾の施された曲刀が姿を現す。


 陽曲刀キンジャール、蜃気楼。


 奈落から届く数々の信じ難いような伝説に現れる、全ての闇を払う聖刀が白い刀身をそこに現し、柄の根の玉から、印が浮かんだ。


 第13門。


 六芒星の頂点と切り欠きに置かれた門は、彼女が第12星までの全てを突破したことを示し、六芒星の中央、誰も埋めたことのなかった空隙には、今や13を示す太古数が閃いていた。


 歓声が爆発した。


 先ほどの重低音より遥かに大きく、聖堂を揺らした。


 帝は頷き、英雄は観客へと向き直る。

 彼女の貌が彼らの目に入った。


 神造。尋常ならざる超貌。人によってはそう評するだろう。奈落の穢れた環境から生み出されるとは思えないような美の頂点に立てる程の姿だった。白銀の髪は新雪の様に煌めき、地上では全く見られない、彫像の如く白くありながら透き通るような肌は、色黒を尊ぶ地上の民をして気圧されるような非現実感に溢れている。

 優れた容貌に謎めいたアルカイックスマイルを湛えた彼女に、観客たちは一瞬気圧されるように黙りこくった。


 しかし次の瞬間、追って沸いた興奮に、観衆は総立ちした。拳を握り合わせて天へ掲げ、揺らし、その名を叫ぶ。


「アイネスフィール!アイネスフィール!アイネスフィール!」


 一丸となった群衆の喚声は遂に彼女の翼をはためかせ、謎めいた微笑を湛える極限の美貌に、観客席は歓呼の声を浴びせ続けた。


 では一方のアイネスフィールは、どう思っていたかというと。


(何この儀式……帰りたい)


 式典の余りの異様さに口端が引き攣り、笑顔が歪みそうになるのを、必死に堪えていた。


———— | < | > |————


 そして、話は2年前に遡る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る