氷のメイドは今日も溺愛される〜虐げられていた妖精の少女は伯爵様に拾われる

白鳥ましろ

 辞職願を破られました

 『七つの彗星と恋の花』


 これは、私――いや、前世の私が暇つぶして購入したオープンワールド型乙女ゲームだ。


 シナリオは単純。主人公である女の子を操作して、魔法の大陸ニーラカナイを支配する『黒の魔法士』の計画を阻止すればいい。

 乙女ゲームなので、もちろん、恋の相手もいる。それは主人公と共に旅をする七人の光の魔道士だ。プレイヤーがシナリオを進める途中でとった行動によって結ばれる相手が変わる。



 じゃあ、私は結局、誰と結ばれることになりそうなのか?


 残念ながら七人の魔法士の中に、運命の相手はいませんでした。





‪✿



 銀のワゴンに、焼きたてのパン、薬草入りスープ、魚のグリルを乗せる。

 ここにある料理はどれも 『彼』の好物で、味から栄養面まで完璧に『彼』の理想通りだ。


 鏡を見て服装に、おかしな点がないか確認する。黒色のメイド服、同じく黒色の髪はサイドポニーテールにまとめてあり、ヘアゴムの代わりに紫のリボンを使用している。


 このリボンは『彼』が私の髪型に合わせて買ってくれたものだ。色は瞳の色であるスミレ色に合わせてある。そして、スミレ色の瞳は死霊妖精ヴァンシーである証だ。


 以前、他の髪飾りを使用したことがある。その時は『彼』から「誰から貰ったのですか?」「私が送った飾りは気に入りませんでしたか?」などと尋問を受ける羽目になった。



 料理、服装――全て問題なし。

 あと確認するべきものは一つだけ。



 一枚の紙をワゴンに乗せる。


 長方形の白紙には、こう書かれていた。


『辞職願』


 あとは、これを提出するだけ。



‪✿



 金の取ってがついた、お上品なドアを三回ノックする。


「旦那様、朝食をお持ちいたしました」

「どうぞ、入って下さい」


 扉を開けて中に入る。すると、壁を埋め尽くす本棚、机に置かれたモノクロの地球儀や何かの書類が目に入った。

 ホコリは一つたりとも無く、本はジャンルや大きさごとに分けられて、美しく並べられている。


 この部屋は私の主人てあるレイヴィス・アルヴァンの書斎だ。


 そして――。


「今日は顔色がいいですね。体調はいかがですか?」


昨日さくじつ、旦那様からお休みを頂いたおかげで、だいぶ良くなりました」


 書斎の端にある机の前に座っている、男こそがアルヴァン伯爵こと、レイヴィスであった。


 少し開いた窓から吹き込む風がレイヴィスの銀髪を揺らす。彼の透き通った肌の中で輝く黄金色の瞳は、今日も美しくも魅惑的な光をはらんでいた。


「それは良かった。貴方は仕事のこととなると自身の体調などそっちのけで、働き続けますからね」


「えぇ、十年前、旦那様に助けていただいた恩を返したいので」


「だからといって、貴方が倒れたら私が助けた意味がなくなってしまうでしょう?」


「……おっしゃるとおりです」


 私の主人は少し変な人だ。

 まず、私を含めた使用人にも丁寧な言葉遣いで話しかけてきて、体のことを気遣ってくれる。


 更に、もっと変なのは、やけに色々と細かいところ。部屋の中に全くホコリや汚れが無いのは、彼が使用人に命じて徹底的に掃除させているからだ。


 食事だって予め決められた時間に、ピッタリ持ってこないと不快そうな表情をする。


 少し前に、私が体調を崩した際、ほかのメイドに朝食係を変わって貰ったことがある。その時、代わりに朝食を運んだメイドは、一分早く朝食を運んでしまったらしく、レイヴィスの怒りを買ったらしい。


 それ以降、私はレイヴィスの傍付きメイドとなり、朝食運びや、彼の部屋掃除などは全て私の仕事になった。


 しかし、こんな生活も終わりだ。

 このさえ出してしまえば、全てが終わる。


「旦那様、こちらに目を通していただけないでしょうか?」


 『辞職願』と書かれた紙を差し出す。

 この紙には「メイドを辞めたい」という内容が書かれており、二枚に折りたたまれている。辞職願を受け取ったレイヴィスは、紙に一通り目を通してから頷いた。


「なるほど、分かりました」


 そして、そのまま紙をビリビリと真っ二つに切る。


「なにを……」

「ロイゼ」


 彼が私の名を呼ぶ。

 口角が上がり、目元が緩む。ふにゃりと曲がった目元は三日月に見えた。


「私が貴方を手放すとでも?」


 


 

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