Pure Love!!!!!
大澤涼(Unknown)
本編
俺は群馬県の家賃3万円未満の1Kのアパートで1人暮らししている。駐車場代や公共料金なども含めれば大体月々30000円の安いアパートだ。
俺は26歳のバンドマンである。スリーピースのバンドを組んでいて、俺はギター・ボーカルだ。定職には就いておらず、スーパーの品出しのバイトをしているフリーターである。
バンドは先月結成したばかりで、ろくな活動はしていない。つい最近、初めてメンバーの顔合わせや音合わせをしたばかりだ。ちなみに仲間はSNSやネットの匿名掲示板で頑張って集めた。バンド活動は最近かなり頑張ってる。
「──さて、今日も元カノのツイッターを監視します、か」
深夜4時。俺は真っ暗な部屋の中でアメリカン・スピリットというタバコを吸いながら、無表情で独り言を呟き、スマホを操作して、捨て垢でツイッターを開いた。
俺は洗練された指捌きで元カノのツイッターアカウントを覗く。
(元カノの紗希とは6年前に別れたが、俺は未だに紗希の事を忘れられずにいる)
以下、俺の元カノ・石岡紗希(旧姓・伊藤)のツイート。
【お腹の中の赤ちゃんの性別が分かったよ! 女の子です! 早く会いたい❤️】
その文章と共に、赤ちゃんのエコー写真も載せられていた。
元カノがツイートしている赤ちゃんのエコー写真を速攻で保存して、俺は真っ暗な部屋の中で菩薩のように優しく微笑んだ。
「──女の子かぁ。将来は俺のお嫁さん確定だね。デュフフフフフフフフフフフフ」
薄く開けた口からタバコの煙を吐き出す。めちゃくちゃタバコが美味いぜ。
そして俺は将来の嫁(胎児)の写真をスマホの待ち受けの壁紙に設定した。
〜3年後〜
29歳になった俺は相変わらずアルバイトをしながらバンド活動を続けていた。だが、それなりの成果は収めて、インディーズ・レーベルから2枚のフルアルバムと1枚のミニアルバムを出すことに成功した。バンドは軌道に乗りつつある。来月からは初の単独ライブツアーで全国8ヶ所を回る予定である。
バンド活動は順調で、今の俺には結婚を視野に入れている彼女もいる。だが、俺は今も9年前に別れた元カノの石岡紗希(旧姓・伊藤)の事を忘れられずにいた。
「──さて、今日も9年前に別れた元カノのツイッターを監視します、か」
真っ暗なアパートの中で、俺はタバコを吸いながら独り言を呟き、元カノのツイッターを開いた。
以下、元カノ・石岡紗希(旧姓・伊藤)のツイート。
【またニュースで保育士の園児虐待問題についてやってたよ……。うちの保育園は大丈夫かな〜……。めっちゃ心配なんだけど】
確かにここ数年、保育士の虐待問題が多い。俺が思うに、そもそも保育士の労力と収入が全く見合っていないのも虐待が起こる理由だと思う。保育士1人につき何人もの子供を見るわけだから、そりゃイライラすることもある。ただでさえ育児はクソ大変なのに。
俺は姉の子供の世話をしていたことがあるから、赤ん坊や幼児の世話の大変さはよく理解できる。
でも虐待は絶対に良くない。
まぁ、総体すると社会が悪いわ。
介護士にも全く同じようなことが言える。労力と給料が全く見合ってない。
というか、需要と供給が合ってないわ。
と思ったところで俺はこう呟いた。
「──それはそうと、もう俺の嫁も3歳になったのか。えちえちスクランブル交差点だねえ。3歳児が1番えろいんだよなぁ」
◆
もちろん、元カノの娘が通っている保育園は特定済みである。頻繁に保育園の周辺をウロウロしては、元カノの娘を堂々と盗撮しているからだ。
初秋の某日、保育園の運動会が行われる事が元カノのツイートから分かった。
保育園の園庭は狭いので、近所の小学校の校庭を借りて開催されるらしい。
もちろん、俺は元カノの娘の応援をする為に前日の深夜2時から校庭の隅にブルーシートを敷いて、そこに正座して場所取りをしていた。
「──満天の星空を見ながら吸うタバコは最高です、か」
俺は真夜中に黄昏ながら、タバコの煙を月に向かって吐き出した。
もちろん、元カノの娘の運動会の為だけに45万円の一眼レフの高級カメラを買っている。
◆
翌朝になると、徐々に校庭に人が集まってきた。俺の周りにも人類たちが集まってきて、俺の存在感はめっちゃ薄れた。
もちろん、元カノの紗希も、旦那さんを始めとした家族と団体で来ていた。娘の成長した姿を見ることは、親の何よりの喜びなのだろう。それは俺にとっても同じだ。紗希の娘の成長を見守る事が俺の唯一の生きる理由であり、生き甲斐だ。
ちなみに紗希の娘の名前は「未来」と書いて「みく」と読む。
未来ちゃんの未来の旦那は、この俺だよ。俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ。
◆
俺は校庭でタバコを吸いたかったが、さすがに園児や家族が集まる場所ではタバコが吸えないので我慢した。
そして、遂に運動会が始まった。
最初は入場行進である。その次に、かけっこやダンスが行われた。俺は未来ちゃんだけをずっと目で追っていた。そして堂々と一眼レフで未来ちゃんを撮りまくっていた。親子競技の際は、思わず俺は立ち上がってしまったが、「そういえば俺は未来ちゃんの父親ではなく旦那さんだな」という事に気付いたので、ブルーシートに正座して未来ちゃんとそのお父さんの勇姿を見届けることにした。とても楽しかった。思わず俺も無邪気な笑みが溢れる。
「──やっぱり運動会は最高です、か」
そして最後はクラス対抗リレーが行われた。我らが未来ちゃんはかけっこがめちゃくちゃ早いらしく、最下位でバトンを引き継いだにも関わらず一気にトップに躍り出た。未来ちゃんのチームは無事に1位を取った。これには夫である俺も嬉しくて仕方なくて、涙が流れた。
「──未来ちゃんの勇姿が見れて本当によかった。最高の運動会をありがとう。神にありったけの感謝を……。Thanks to God……。これが俗に言う“ハピネス”です、か」
閉会式が終わった直後、俺は運動会の余韻に浸りながらブルーシートを畳んで、笑顔でスキップしながらアパートに帰宅したのであった。
◆
「──っていう話が最近あってさぁ。いや〜、ほんとに運動会は最高だったよ」
ある日、俺はアパートに遊びに来た恋人の佐々木凛子に向かって運動会に関する話をした。
すると彼女の顔はめちゃくちゃ曇って、俺にこう叫んだ。
「キモ!!!!! 犯罪者じゃん!!」
それを聞いて、俺はタバコの煙を吐きながら、へらへら笑う。
「いや、でも別に直接なにかしてるわけじゃないから犯罪じゃないだろ」
「もう無理。私、優雅とは別れる」
「えっ……? わ、わかっ、別れる!?」
「だってキモすぎるんだもん。死ね!」
「は? ふざけんな! なんで別れなきゃいけねえんだよ!」
「私、優雅がそんなゴミ人間だとは思ってなかった。凄く優しい人だと思ってたのに、本性は犯罪者だったんだね。もうラインもツイッターもインスタも全部ブロックするから。優雅が作った曲も2度と聴かない。私に2度と関わらないで。今までほんとありがとね。幸せだったよ。さよなら。死ね!」
「ちょ、待てよ!!!!!!!!」
元SMAP木村拓哉のドラマでの名台詞を無意識に吐いてしまった。ちょ、待てよ。
俺が彼女に手を伸ばす前に、彼女は薄ピンクのバッグを勢いよく掴んで、俺のアパートから勢いよく去っていった。
俺は彼女に振られてしまった。
「はぁ……。一体俺の何がダメだったんだろう……。元カノの産んだ娘の事を大好きになっただけなのに……」
独りぼっちになった部屋の中で俺は溜息を漏らして、肩を落とし、タバコに火をつけた。
もう世の中の全てがどうでもいい。死にたい。安楽死制度を早く政府は導入しろ。
◆
だがその数日後、俺は500人を収容できる大きなライブハウスのステージに立っていた。これでも一応プロのミュージシャンなんでね。
ありがたい事にチケットは完売。ライブが始まる前から既に観客の熱気が漂っている。
俺はギターのチューニングを確認する。大体は合っている。3弦が若干低い気もするが、どうでもいい。どうせ誰も気付かないから。スポットライトが一瞬光ったのが見えた。開始5秒前の合図である。
俺は踵で地面を踏み、リズムを取る。
5、4、3、2、1、0。
俺は6弦ルートのAコードを弾く。後はめちゃくちゃにルート音を変えながらギターを掻き鳴らす。もし、イマイチなメロディが鳴ったとしても、ギターをアンプに近づけ、ハウリングノイズを起こせばそれっぽく聞こえる。
バスドラムとスネアドラムの爆撃機みたいな破裂音。
ベースはソロを弾いている。
リハーサル通りだ。
そして俺はギターをアンプに近づけ、ハウリングノイズを起こす。耳障りな高音、うねるような音が会場の中に響き渡り、俺は叫ぶように歌った。
◆
5曲連続で歌った後、俺は床に置いていたペットボトルの水を飲んでから、真面目なMCを冷静な顔で開始した。
「──みんな、今日はライブに来てくれてありがとう。雑巾を絞りきる気持ちで最後まで頑張るので、今日は楽しんでいってください」
直後、俺はベースの男とドラムの女にアイコンタクトを送った。そろそろ始めようという合図である。
しかし、ドラムが汗だくで疲れている様子だったので、俺はドラムを休憩させる為にもう少し長めにMCを喋ることにした。
俺は笑って言った。
「そういえば、最近楽しい事があったんですよ。俺の元カノの娘さんが今3歳で保育園児なんですけど、この前、俺1人で元カノの娘の運動会を見に行って、一眼レフのカメラやデジカメで元カノの娘を撮りまくったんですよ。いやー、運動会、死ぬほど楽しかったぜ!!! イエーーーー!!!!!」
すると、観客たちは一気に沸いた。
「イエエエエエエエエエエ!!!!」
「うおーー!!!!!!!!!」
「最高ー!!!!!!!」
「きゃー!!!!!!!!!!」
「キモすぎてウケるー!!!!!!」
「わたしと結婚してー!!!!」
「私を一刻も早く受精させて〜!!!!」
「お前は最高のロックンローラーだ!!」
「一生ついていきまーす!!!!!」
「うおおおおおおおおおお!!!!」
「キモーい!!!!」
「大好きーーーー!!!!!!」
「死ねばいいのに!!!!!!」
「どりゃあああああああ!!!!!」
俺のMCにより、観客のボルテージは最高潮に達した。
MCで時間を稼いで会場を暖めた俺はドラムの女に「いけるか?」とアイコンタクトを送る。
すると女は楽しそうに笑いながら「行くよ!!!」と叫んで、シンバルを3回思いきり叩き、そのカウントを合図にして3人の演奏が始まった。
俺はギターを掻き鳴らしながら声を張り上げて歌う。そして観客はノリノリになる。
今の俺には、彼女に振られたショックなんて1ミリも無かった。もう残像すら残っていない。
今の俺にあるのはそう、日常では決して得ることのできない興奮・高揚、そして脳髄を駆け巡る圧倒的な電撃だけだった。
──俺は今、生きてて超楽しい。
──ノーミュージック、ノーライフ。
──そして元カノの娘、あなたのことを愛してるよ。一緒にご飯でも行きませんか。笑い合って楽しく生きよう。俺はあんたが大好きだ。
〜ハッピーエンド〜
【あとがき】
過去に書いた小説を加筆修正して投稿しました。実はこの短編小説には元ネタがあります。モーモールルギャバンというバンドの「ユキちゃんの遺伝子」という曲をモチーフにしました。良い曲なので聴いてみてください。
Pure Love!!!!! 大澤涼(Unknown) @ots16g
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