第2話 染まるとか染まらないとか

「オレたち、別れよう」


 学校の西門すぐ横のカフェで、唐突にカレシの祥太郎がそう言った。

 私はちょうどキャラメル味のフラペチーノを口に含んだところで、広がる甘み以外はどうでもよく感じていた。


「んん? どしたの? 急に」


 私、小波優香こなみゆうかと、カレシの高野祥太郎たかのしょうたろうは、大学に入学してすぐに付き合い始めて、もうすぐ一年になる。

 割とうまくいっているほうだと思っていたし、たまにはケンカもするけれど、仲直りも早いほうだった。


「私、なんか気に入らないことしちゃった?」


「……いや……優香、最近、変わったよな……」


 祥太郎はテーブルに頬杖をついて、遠い昔を見るような目で表通りを眺めている。

 変わった、と言うけれど……私はなにも変わってない。

 違うか。少しは変わっただろうけど、一ミリも変わらない人なんていないでしょ?


「ごめん、祥太郎がなに言ってるのか全然わかんないんだけど?」


 大きなため息とともに、大袈裟に肩を落として見せた祥太郎は、相変わらず外をみたまま。

 いきなり別れようとか言ってきたクセに、ずいぶんと失礼な態度じゃない?


「ねぇ、一体、なんなのよ? どうして急に――」

「オレ、可愛らしい雰囲気の子が好きって知ってるよね?」


 私の問いかけに食い気味に反応した祥太郎は、怒ったような表情で、やっと私に視線を戻した。


「優香、なんでも一人でやっちゃうしさ、オレにちっとも甘えようとしてくれないだろ?」


 そういえば、付き合いはじめにそんなこと言ってたっけ。

 やれ手を繋ぐより腕を組んで欲しいとか、一緒にいるときは甘えて欲しいとか、なんやかんやと。


 てか、歩くときに腕を組んでとか、歩きにくいし。

 実際、そうやって歩いてみて、歩きにくさを実感したのか、やんわり解いて手を繋いてきたのは祥太郎よね?

 甘えて欲しいとか言うけれど、私がちょっと我がままを言えば、めんどくさそうな顔するのはどこのどいつだよ?


「それにさ。スカートもちっとも履いてくれないの、なんで? こう……女の子らしいフワッとした可愛い服装とか、全然しなくね?」


 いやいや、私、祥太郎から「優香に絶対に似合うから」とか言われて、森ガールみたいな服を着るときもあるじゃん?

 もともと、そんな服なんて持ってなかったのに、わざわざ買ったよ?

 数着だけど。

 ただね、私の身長は高くないから。百五十ちょっとだから。

 あんまり長いスカートとか履くとね、履かれちゃうのよ。スカートに!!!!!


 通学の電車とかさ、学校終わりにそのままバイトに行くときに、パンツのほうが良いワケよ。

 動きやすいんだから。

 ゾロッとしたスカートで、コンビニの仕事ができますか? ってのよ。


 一応ね、パンツルックでもダサく見えないように気をつかってるよ?

 シンプルだけど、だらしなく見えたり不潔に見えたりしないようにさ。


「髪だって……せっかくロングのフワフワで奇麗なのに、それが揺れてるのがまた可愛いのに、なんで団子にしちゃってんの?」


 だって邪魔くさいのよ。

 風が吹いたら鬼のように乱れるし、あちこちに引っ掛かったりするし。

 お団子にしてるほうが清潔感あるじゃないの。


「優香はなんにもわかってない。少しはオレの好みに寄り添ってくれても良くない?」


「そんなこと言うけど、実際、私が少しでも甘えようとすると、めんどくさそうにするのは、どこのどなたさまよ? スカートだって、全く履かないワケでもないじゃない? バイトに行くのにあの格好じゃ無理があるってわかるよね?」


「オレが言っているのはそういうことじゃないんだよ! もっとオレ色に染まって欲しかった!」


 ムッとした顔つきで声を荒げ、周りの人たちの注目を浴びた途端、祥太郎はまた不貞腐れて外へ視線を移している。


「わかった。いいよ。別れようじゃない。アホ臭くてやってらんないわよ!」


 溶けかけたフラペチーノと上着を手に席を立ち、私は食器返却口へ行くとお店のキッチンをのぞき込んで良く見かける店員さんに声を掛けた。


「ごめんなさい、飲み切れなくて残しちゃって。申し訳ないんですけど、捨てていただいて良いですか?」


「わかりました。ありがとうございました」


 木製の棚の向こうから伸びた手にカップを渡し、そのまま店を出た。

 外に出ると一気に寒さが襲ってくる。

 私は歩きながら上着を着こみ、そのまま地下鉄の階段を降りた。

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