第3話 悪夢

 その男の人は少し不機嫌そうな声でリーナさんに尋ねる。


 「ああ、兄さん、ただいま。この子はエリックだよ、今日奴隷市場で買って来たんだ」


 「あ、あの、よろしくお願いします」


 僕があいさつをすると、男の人は僕の方を見る。目つきが怖い、この人苦手かも.....


 「ああ、エリックか。俺はジンだ」


 ...あれ、そんなに悪い人じゃない?


 「リーナ、何でこいつを買ったんだ?」


 「あれ、見てもわからない?エリックは霊視が使えるんだよ」


 「ん、そうなのか?俺はお前ほど見えるわけじゃないからな」


 まだ不機嫌そうな表情をしている?あれがいつもの表情なのかな?


 「ん、どうした?俺の顔に何かついているか?」


 「あっ、その、そういうわけでは...」


 どうしよう、ジンさんの顔をじろじろ見てしまった、失礼だったかな?


 「そうか......リーナ、エリックには今後俺たちの仕事をさせるのか?」


 「うん、そのつもりだけど......」


 リーナさんがそう答えると、ジンさんは少し考える。


 「リーナ、夜になったらエリックを借りていいか?」


 「え、私は構わないけど、エリックに聞いてみたら?」


 「いいか、エリック?」


 「あ、はい、僕は構いませんが...」


 ジンさんから聞かれたので、僕は問題ないことを伝える。


 「そうか、夜に備えて今のうちに寝ておくといい」


 「はっ、はい」


 ジンさん、思ったよりも優しいんだな。


 「じゃあ、とりあえずエリックの部屋に案内するね!といっても、私が子供だったとき使ってた部屋なんだけど」


 リーナさんが僕の手を引き連れて行ってくれる。リーナさんが子供だったときか......あんまり想像がつかないな。


 そんなことを考えながらリーナさんについていく。


 二階に行き廊下を進み、ある部屋の前で止まった。


 「ここだよ」


 ドアを開けると、そこにはかわいらしくて女の子っぽい部屋があった。


 「ああ、ごめんね。この部屋掃除はしてるんだけど片づけてなくて。今日のところは我慢しててね」


 「あ、あの、僕は全然問題ないです。もともといたところよりはずっといいので」


 「そう?まあ、できるときには片付けておくから」


 「ありがとうございます」


 そうして僕はリーナさんに促されてベッドに潜り、そのまま久しぶりに、本当に久しぶりに深い眠りに落ちた。



 

 ......あれ、ここは?なんだか見たことがあるような、懐かしいようなところだな。


 「あら、エリック、今日はよく寝てたわね」


 えっ?


 声をした方を見ると、あの日に死んだはずの、いなくなったはずの母さんがそこにいた。


 「......かあ、さん?」


 「ん?どうしたの、エリック?」


 首をかしげて優しく微笑みかける母さん。本当に、母さんがっ......


 「かっ、母さん!」


 思わず僕は母さんの胸に飛び込む。


 「あらあら、どうしたの、エリック?」


 いきなり僕が抱きついたことに戸惑いながらも、優しく抱きしめてくれる。


 「母さん!僕、母さんが、母さんが、うわあああん!」


 「大丈夫、大丈夫よ」


 母さんはそうやって僕の頭をなでてくれる。


 「......捕まえた」


 「えっ?」


 母さんの口から出た声は、今までとは全く異なる、低くて汚く怖かった声。


 思わず上を見上げて母さんの顔を見ると、そこにはにいっと口を歪ませ、憎しみのような感情を映した黒い眼をした何かがいた。


 「ひっ!」


 僕は逃げようと必死になって暴れるが、押さえる力が強くて一向に抜け出せない。


 そして、いつのまにか周りの風景ががらりと変わり、村の広場へと移動していた。


 「いっ、いやだ!助けて!母さん!」


 僕の助けを求める声は母さんには届くはずもなかった。


 そして、僕の周りに人が集まってくる気配がする。


 「この村に災いをもたらす悪魔の子め!」


 「今まで犯してきた罪、償ってもらうぞ!」


 そして前と同じように殴られたり蹴られたり、数えきれない暴力、暴言を受ける。


 い、いやだ、やめ、やめて......


 あの日のことが思い出される。あの、地獄のような日が......


 「悪魔の子に裁きの鉄槌を!」


 「「「「悪魔の子に裁きの鉄槌を!」」」」


 い、いやだ、助けて、母さん......


 「母さんっ!」


 目を覚ますと、そこはさっき僕が寝ていたベッドの上だった。


 「はあ、はあ、はあ。夢、か...」


 自分の体を見てみると、全身が嫌な汗でびっしょりと濡れていた。また、さっきまで全身に力が入っていたのか、少し体がだるい。


 とりあえず外に出ようかな。そう思いドアを開け一階に降りる。しかし、広場のような空間には誰もいなかったので、何やら話し声がする方のドアを開ける。


 ギイッ


 ドアを開けると、どうやらリーナさんたちが夕食を食べているようだった。


 「あっ、すみません、お食事中に」


 「いいよいいよ。それより、よく眠れた?」


 リーナさんは笑って許してくれた。


 「あ、その、はい」


 僕がそんな風に返事をすると、リーナさんは僕のことをじっと見る。


 「エリック、嘘はいけないな。全身に汗をかいているし、少し筋肉が硬直している。あんまり眠れなかったんでしょ」


 ギクッ、何でわかったんだ?


 「あ、その、はい、すみません。実は悪夢を見て、その、あまりよく眠れていなくて......」


 とりあえずリーナさんにはそう説明する。さすがに悪夢の内容までは伝えなかったが。


 「それは災難だったな。ほら、エリックも席に座れよ、一応エリックの分も用意してるからよ」


 キースさんがそうやって椅子を引いてくれる。そこには今まで食べたことのないようなおいしそうな料理が並んでいた。


 ぎゅるるるる~!


 おいしそうな料理を目にして、思わずおなかが鳴ってしまう。恥ずかしい......


 「ははは、ほら、腹も鳴ってるんだし、早く座って食えよ!」


 キースさんがそう急かすので、僕は少し顔を赤くしながら席に着く。


 そして、フォークとナイフを手に取り料理を食べ始める。


 「...エリック、フォークとナイフ、使い方、上手。なんで?」


 トーナさんが僕にそう尋ねてきた。


 「あ、それは、母さんが昔何回か教えてくれたので...」


 「へえー、エリックってもともと商人とか貴族の息子だったのかな?」


 リーナさんがそんなことを言うので、僕は慌てて否定する。


 「いっ、いえ!僕はもともと母さんと二人で小さな村の端の方に住んでいました」


 「あっ、そうだったの?」


 驚きの表情を見せるリーナさん。キースさんとジンさんも驚いているな。トーナさんだけは相変わらず表情が読めないけど。


 「まあ、とりあえず、食べよ!」


 そうして、久々におなか一杯になるまで食べた。



 ◇◇◇◇◇◇



 食事をとり終わったので、みんなで後片付けをする。


 「あ、あのっ、リーナさん、一つ質問良いですか?」


 「ん?いいよ、何かな?」


 僕はリーナさんに少し前から疑問に思っていたことを聞いてみる。


 「あの、この屋敷ってメイドさんや執事さんはいないんですか?」


 そう、ここにはメイドさんも執事さんもいないのだ。


 貴族なら普通はいると思うんだけど、どうしてだろう?


 「ああ、今日は休みを取らせてるんだよ」


 休み?


 「二週間に一回、二日くらいの休みを取らせているんだよ。みんな休みなんて必要ない!なんて言うんだけど、少しくらい休まないと体を悪くしたり倒れちゃうかもしれないからね。それに、私たちはもともと周りの世話をしてくれる生活には慣れていないし」


 「そうだったんですか、その人たちはどんな人なんですか?」


 「みんな優しくていい人だよ~。ちょっと真面目過ぎるところもあるけどね」


 そうなんだ、ちょっと会ってみたいかも......


 僕がそんなことを考えていると、ジンさんが声をかけてきた。


 「エリック、悪夢を見てあまり眠れていないかもしれないが、今からいけそうか?」


 「あっ、はいっ!大丈夫です!」


 「そうか。ついてこい、今からある場所へ向かう」


 「はいっ」


 いったいどこに行くんだろう......








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