私は単なる支援キャラクターですよね? それって無課金ルートに限りますか?
みしまりま
第1話 出会いも記憶も突然に。
「ほら、リンダ。こっちだよ」
差し出された手と真っ直ぐに向けられた微笑み。眩しい金髪、少しだけ細められた碧い瞳。
その手にそっと自分の手を重ねると、ゆっくりと確かめるように握られ、そのまま私の手が抵抗しないのを確認すると、微笑みと共に力が強められた。
「行こう」
そうして私に背を向けて、真っ直ぐ前を見てぐんぐんと進んで行く。つないだ手はぎゅっと握られたままに。
この手は単なる親愛の証だ。
元気になった彼の、アルベルト様の喜びみたいなもの。
良かった。元気になったみたいで。
本当の胸の内は知るよしもないし、今も無理しているのかも知れないけど。
何か声をかけた方が良いのだろうか? そう考えている間に、目的の広場が見えてきて、歩みを進める速度は緩む。
「魔法が使えるようになったら、一番にリンダに見せようと思っていたんだ」
歩きながら、私に背を向けたまま、アルベルト様は柔らかくそっとつぶやく。
「あ、はい。ありがとうございます。光栄です。お返しも何もできませんが……」
「リンダも魔法が使えるようになったら見せてよ、ね? 今日は僕が見せたいだけだから……」
一瞬だけこっちを向いてほほえんだ後、目的の広場に目線を戻し、そこでアルベルト様の言葉は止まった。
何を見つけたのだろう? 背中越しにそっと広場を見る。広場の人影はまばらで、言葉が止まった原因を見つけるのはそれほど難しくなかった。
黒髪の少年と亜麻色の髪の少女。
二人はこちらに背を向けていて、こちらには気づいていない。何かを話している様子に見える。
アルベルト様の視線の位置を確かめる。うん、あの二人だ。知り合いだろうか。私の知らない後ろ姿。
「アルベルト様、お知り合いですか?」
「あれ、リンダは会ったことない? マグノリア侯爵家の二人には」
きょとんと小さく首を傾げた。もちろん会ったことはない。この国で知らない人はいないだろうけど。
「マグノリア侯爵家の……存じてはいますが、お会いしたことはありませんわ。私のような平凡な伯爵家の令嬢は、四英雄の方々とはご縁がありませんし。アルベルト様は別ですが」
「当主が宰相って平凡な伯爵家かな?」
「非凡なのは当主のお父様だけです。我が家は単なる伯爵家ですし、私は単なる伯爵令嬢です」
公爵家のアルベルト様と手をつないでいても、私自身は伯爵家の令嬢であることに変わりはない。うん。
「向こうはリンダを知っているんじゃないかな? 挨拶に行っていいかな? というか、行かないわけにも……」
「もちろんです、お邪魔でなければお供しますわ」
お互いに四英雄の次期当主、挨拶しないわけにはいかないのだろう。
平凡な伯爵令嬢の私は大勢に流されようと、挨拶に向かうアルベルト様に続いた。繋がれた手を離す隙を探しながら。
手を繋いだまま侯爵家の令息、令嬢に挨拶するのと、公爵令息の手を振りほどくのと、どっちが不敬だ……?
私は、そんな事を考えていたし、アルベルト様の背中であまり前が見えていなかった。
今日のアルベルト様は久しぶりに気の知れた相手との外出が嬉しかったようで、多少浮かれていた。あまり周りが見えてはいなかった。
だから、自分が声をかけようとしている二人が何をしていたかなんて、見ていないし、考えていなかった。
黒髪の少年の視界に入ったらしく、彼は近づいてきた私たちを見ると、そっと口を開いた。
亜麻色の髪の少女は背を向けたままだった。
「……アルベルト様?」
「え?」
「デュラン様、お久しぶりです。ティナ様も」
「え?? アルベルト様が?」
「ティナ、いけない!」
戸惑った少年の声。
明るく礼儀正しいアルベルト様の声。
少女のはずんだ声。
そして、鋭く飛んだ少年の声。
アルベルト様が二人に向かって進んでいた足を止め、つられて私も立ち止まる。つないだ手はいつのまにか離されていた。
突風。
自由になった両腕で顔を覆った。それでも頬を切り裂くような強い風を感じて、思わず目をつむった。
強い風が通り過ぎ、鳥の鳴き声も広場の木のこすれる音も一瞬消えた静寂。恐る恐る目を開けた。
アルベルト様の背中。
背中越しに見える亜麻色の髪の少女は、私たちの方を見ている。いや、アルベルト様を見ている。
そして黒髪の少年もこちらを……いや、彼は私の頭上を見ている……?
メリメリ、バサバサと、上か背後から音が聞こえ、何事かと見ようとした時、少年の声が鋭く飛んだ。
「……危ない!!」
一瞬、何も動かなかった。思考回路も、逃げなきゃと思う体も。
次の瞬間には背中に強い衝撃。かはっと声にならない声が漏れて、目の前が暗くなった。
……なに?
頭の中にふわふわと、浮かんでは消える記憶。
お父様、お母様、お兄様。メイドのルナ。バーチ家の緑豊かな庭。白いテーブルの木の香り。なめらかな持ち手のお気に入りのティーカップ。花のように甘くてすっきりとした紅茶の香り。白いシーツのふかふかのベッド。お気に入りの紫がかった青色のワンピース。つやつやした黒の歩きやすいシューズ。茶色に金色の箔押しの大好きな本の装丁。ふわふわのオムレツの柔らかさ。パウンドケーキのしっとりさ。缶ビールの泡。コロッケ。パソコン。スマホ。
……スマホ?
スマホゲーム、アルベルト・ローレル、四英雄。
エターナル・ロマネスク~誰がための炎の剣~
ん?
あれ?
私の、リンダ・バーチの記憶じゃない、これは……。
「リンダ!」
「リンダ様?」
「え! うそ、リンダ様? わ、わたし……!」
アルベルト様の、デュラン様の、ティナ様の声だ。あのゲームのキャラクターたちが私の名を呼んでいる……ううん、私は……。
ぼんやりとした違和感。既視感。これは、前世の記憶……とでも、いうのだろうか……。
そんなよく見ていたテレビの、この世界にはないナレーションが頭の中に流れて、私の、リンダ・バーチの意識は途切れた――。
ターンッッッ…………!
誰もいないオフィスにエンターキーを強く打ち付けた音が響く。
いや、誰かがいたら私だってこんなに強くエンターキーを打たない。そんな恥ずかしいことしない。
キーを叩きつけた音がやむと、シンッ……とした静寂が広がる。深夜の誰もいないオフィス。冷静になると怖い。冷静にならないに限る。
見つめていた画面にぴこんとメール通知が届く。アップデート作業は終了したようだった。
……とはいえ、作業が終わっても終業時間はまだ。つまり帰れない。
もともとアップデート作業なんてユーザーのコアタイムを避けるために深夜作業しているだけで、私が難しいことをやる必要もないし、それが終わってしまえば、いつまででもいいような仕事をしながら、ただただ定時まで過ごすだけだ。
アップデートの報告書作成と、いつでも誰でもいいような仕事。冷たくも熱くもないコーヒーを一口飲んで、黙々とパソコンに向き合い、終業時間を二分ほど過ぎたところで、退勤の打刻をした。
チームにあげたアップデート完了報告には既読のマークもスタンプもなかった。
誰もいない会社を出て、たいして人のいない大通りに出る。
「買い物して帰るか……。今日は台風らしいしもう出たくないし」
人がいないことをいいことにひとりでつぶやく。朝の五時という時間と台風が近づいているせいで薄暗い空は、黙っていると心を重くしてしまうから。
「つぶやいたって、はれないか……」
駅近くのスーパーで台風だからとコロッケをかごに入れ、その他を物色する。台風だからコロッケ買って帰ろうかな、とチームメンバーに言ったら、通じる相手はいなかった。
「台風でコロッケ? どうしてです? あ、それより月曜って台風で計画運休の可能性ありますよね、帰り大丈夫ですか?」
「あ、徒歩だから大丈夫、電車乗らないし」
「あー、リーダーって一人暮らしでしたっけ? うちは旦那と子供がいるから月曜出勤難しいかも」
「あー私は旦那に車出してもらおうかなー」
「あ、うん。みんな出勤無理しないでね? 何かあったら課長に連絡してくれればいいし」
「はーい」
「リーダーも帰り気をつけてくださいね」
みんな今日大丈夫かな……? まぁ、大丈夫か、うん。旦那とか親とか頼れる相手いるみたいだし。
手持ちのかごにコロッケとサラダとプリンとアイス、ビールを二本入れた。飲んで寝よう。
どんよりとした空の下を早足で帰り、即お風呂に入り、コロッケを食べながらスマホをいじると、ゲームアプリからの通知に気づいた。ぼんやりとアプリを開く。
「あぁ、新しい課金アイテムの追加か……。また新エピソード追加かな」
課金しないけど。気持ちを無にしてお知らせを消す。
「エタロマのちょっと難しい戦略シミュレーションなところが好きだったのに。どうしてスマホアプリ版は会話だの親愛度だの……ぜんぜん戦略関係ないじゃん」
好きな戦略シミュレーションゲームが、スマホアプリ版になったら別物になってしまっていた。
戦略関係なしに会話イベントで親愛度アップだの愛だの友情だの。親愛度が足りなかったら課金アイテムだのなんだの。
お金で友情や愛が買えるものか。愛や友情で戦いがうまくいくなんて、都合が良すぎる。
「絶対、課金なしでクリアしてみせる……アルベルトを育てれば良いんでしょ育てれば……」
所詮ゲームに本気で腹を立てて、怒りをビールで流し込みながら、多少の行儀の悪さを感じながらも、食事とゲームを両立する。どうせ一人で誰も見てないし。
食事を終えた頃には、スマホの電池も、私の電池も切れそうだった。重いまぶたをごまかしながら寝る支度を調え、ベッドに入り、充電器とスマホをつなごうと思った。思ってはいた。
サイレンの音で目を覚ました。
救急車も消防車もよく通る。めずらしくない。よくあるBGM。
だけど、やたらうるさい。
ぼんやりとした意識の中、うるさい音から逃れるように寝返りをうつ。なんだかやたら部屋が暑い。
今日はそんなに気温が上がる予定じゃないはず。台風だし。
じゃあなんだ?
やたらとうるさいサイレン。止まない音。妙な熱さ。
怖い。
寝てられない。ベッドから出てそっと窓の外を見る。大通りに面してないからか車も見えないのに音の近さは感じる。嫌な予感もやまない。
どうしよう。
パジャマのままサンダルをつっかけて玄関を開けると、息苦しさが流れ込んできた。
アパートの下の階、出口方向から、オレンジのゆらゆらとした光が見える。
火事だ……。
そうだよ、火事じゃん、そりゃそうじゃん。
火元どこ? 逃げなきゃ。
でも出口はあっち。煙もあっちから来てる。出られない?
アパートの他の玄関からは誰も顔を出さない。平日月曜の朝だ。誰もいないんだ。
わたし、ひとり?
どうしよう。スマホで……スマホでどうする? 助けを? 火事の対処法をググる? あれ? 携帯どこ?
「ケホッ……」
その後自分がどう行動したのか覚えてない。
覚えているのは喉の痛み、体の力が抜けていく感覚、どうしようもない気分。
どうでも良かった。全部、どうでも良かった。
まぶたを閉じてしまえば心地よかった。あぁもういいんだなって思えて、まぶたが重くて、もう開きたくなかった――。
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