からし


煤で汚れた天井を見上げると、そこには不気味なものがへばりついていた。

少女の姿だ。彼女の白いドレスは煤で黒ずみ、長い髪は絡まり、まるで夜の闇に飲み込まれたかのように見える。

目が合った瞬間、心臓がドクンと跳ねた。

彼女の目には、何かを訴えるような深い悲しみと恐怖が宿っていた。


「ここは一体、どんな場所なの?」と、私は自問自答した。

薄暗い部屋には、かすかに残る香ばしい煤の匂いと、どこか腐ったような気配が漂っていた。壁はひび割れ、床は不安定で、まるでこの家自体が何かを隠しているかのようだった。


私は、ゆっくりとその少女に近づく。

しかし、彼女は微動だにしない。

まるで私の存在など気にしていないかのようだ。

彼女の背後には、古びた家具が並び、埃をかぶった鏡が壁に掛かっていた。

その鏡には、少女の姿が映っているが、いつの間にか彼女の後ろに、もう一つの影が映っていることに気づいた。


その影は、暗闇の中でゆらりと揺れていた。

まるで冷たい風のように、私の背筋を寒くさせる。

影の正体は見えなかったが、何か恐ろしいものが潜んでいることだけは感じ取れた。


「助けて」と少女が呟いた。

声はか細く、まるで風に消えてしまいそうだった。

私は彼女の言葉を信じることにした。

彼女が何を求めているのか、何が起こったのか、全てを知りたかった。


「何があったの?」と、私は声をかける。


彼女はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「私の名前は美咲。ここで、ずっと待っているの…」


待っている?何を?私の心に疑問が渦巻く。

彼女が待っているものが何か、知りたいと願った。


「この家には、私と一緒に住んでいた人たちがいた。でも、みんな…消えてしまったの。」


その言葉に胸が締め付けられるようだった。

彼女の声には、失ったものへの悲しみが滲んでいた。

どうして彼女だけが残され、他の人々は消えてしまったのか。

私の中に、恐怖と同時に彼女を助けたいという気持ちが芽生えた。


「どうやって消えたの?」私は尋ねた。

彼女の目を見つめ、必死にその理由を知りたかった。


「夜が来ると、誰かが…来るの。」

彼女は小さく震え

「その人が私を連れ去ろうとする…。」


その瞬間、部屋の温度が急に下がり、冷たい風が肌を撫でた。

心臓が再びドクンと鳴り、恐怖が私を襲う。

少女の言葉が真実であるなら、私も危険に晒されていることになる。


「逃げなきゃ!」と心の中で叫びながら、私は後ろを振り向いた。

影はまだそこにいた。暗闇の中で、少しずつ近づいてくる気配を感じた。


「美咲、私も一緒に逃げるよ!」と叫ぶ

彼女は驚いたように目を大きく見開いた。


「でも…私を置いていかないで。」


その言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。

彼女を置いていくことなんてできない。

彼女も、私と同じようにこの恐ろしい場所から解放されるべきだ。


「一緒に逃げよう。私が守るから。」その言葉を口にした瞬間、心の中で何かが変わった気がした。彼女を助けることが、私の使命のように思えた。


私は彼女の手を取り、振り返る。

影はさらに近づいてきていた。そ

の姿は徐々に鮮明になり、私を引き裂くように迫ってきた。

恐怖心を振り払い、私は美咲に向かって叫んだ。


「行こう、今すぐ!」


彼女の手は冷たく、しかし温もりを感じる。

私たちは一緒に部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けた。

心臓の鼓動が耳に響き、恐怖が私たちを包み込む。

しかし、彼女が私のそばにいることで、少しだけ勇気が湧いてきた。


廊下の先には、闇の中に一筋の光が見えた。

その光が、私たちを救い出してくれると信じて、私は全力で駆け抜けた。


「早く!」美咲も急いで続いた。

私たちは、もはや振り返ることはなかった。

影の存在を感じながらも、光に向かって走り続けた。


しかし、光が近づくにつれて、何かが私の肩を掴んだ。振り返ると、影が私に迫ってきていた。

美咲は私の手を強く握りしめ、恐れたように叫んだ。


「私を置いていかないで!」


その瞬間、彼女の目が真っ白になり、彼女の姿が消えた。

私の手の中で、彼女の温もりが消えていく。

私は叫び声を上げた。


「美咲!」


その瞬間、暗闇が襲い来る。

恐怖に包まれ、全てが真っ暗になった。

何も見えない、何も聞こえない。ただ、心の中に美咲の声が響いていた。


「助けて…」


そして、私は目を覚ました。

煤で汚れた天井が目の前にあった。

まるで夢の中の出来事のように感じたが、彼女の声は確かに残っていた。

私はその家から逃げ出すことができたのだろうか。

それとも、まだ誰かが待っているのだろうか?


暗闇が再び私を包む。

美咲の声が耳元で囁く。


「ここで、待っているの…」


その言葉が、私を再び引き戻す。

何が現実で、何が幻想なのか、分からなくなっていた。


もしかしたら、私はまだその家に囚われているのかもしれない。


手にざらつきを感じ手のひらを見ると煤がついていた。

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からし @KARSHI

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