ロスト・マインド

憑弥山イタク

ロスト・マインド

 臍の緒を切り落とした時、母との繋がりを絶ったと同時に、人間として大事な何かを失落してしまったらしい。

 喜怒哀楽の全てが、感情というものを表現する為の手段であるのならば、私はその手段さえ分からない。なので、喜怒哀楽を体得する為に、喜怒哀楽をしっかりと内包している、私以外の人間を観察してみることにした。


 他者とは不思議である。


 他人を蹴落として己の数値を上げることを、何故、喜ばしいことだと言うのだろうか。人の上に人を造らずと誰かが言っていたが、何故だか人は人の上に登ろうとして、僅かでも上に届けば途端に喜ぶ。私には、到底理解できない。

 他人に対して必要以上に憤り、何故、人目を憚らずにあんなにも怒り狂えるのだろうか。怒り狂うという行為が、そんなにも偉いのだろうか。怒り狂うという行為が、正義なのだろうか。私には、到底理解できない。

 他人との接触の中で酷く哀しみ、何故、人はその哀しみに耐えられずに己の命を絶つのだろうか。酷い哀しみから逃げることに異議は無いのだが、私は死が逃避だとは思っていない。死よりも多くある筈の選択が、全て視野から失せてしまう程に、哀しみとは絶望的なのだろうか。私には、到底理解できない。

 他人が本気で嫌がることをしておいて、何故、当事者はあんなにも楽しそうなのだろうか。人の不幸は蜜の味という言葉こそあるものの、私は、他人の不幸に甘味を感じない。他者を蔑むことが、そんなにも楽しいのだろうか。私には、到底理解できない。


 他者の感情を観察しても、私は中々学習しない。

 ……或いは、見るからに醜い、感情まみれの人間を、心の底から嫌悪しているのかもしれない。


 感情に溺れて、己が醜い存在になるのは、死よりも屈辱的である。


 案外、感情なんて、そもそも人間には必要無いのかもしれない。私はそう判断し、軽く溜息を吐いた。

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ロスト・マインド 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama

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