41.【紫月と炎環】


「クソッ……剣が通らねぇ!?」


 幾度も巨像兵に剣を打ち込む――だが刃は、何か透明な膜に阻まれたように深く届かない。


「これは、魔力の装甲……ヴィクターちゃん、闇雲に攻撃してはダメ!」

「魔力の、装甲だぁ?」


 俺は、巨像兵の地をも砕く一撃を避けながら、思わず距離を取る。

 紫水晶の眼を持つその巨体は、ただ一つのその目で静かにこちらを追っていた。


「ロレンツォ様ノ意志……ワタサ、ナイ……」


 篭ったその声の響きの中に、確かな意志が潜んでいる——そんな錯覚すら覚える。


「何か、手は無ぇのか?」

「あるにはあるけど……ヴィクターちゃんの負担がえげつないわよぉ……」

「なんだ? 勿体ぶるなよ」


 ダリアが諦めたように軽く息をつく。


「私の虎の子の黒魔術であの魔力を相殺する……そこをヴィクターちゃんが、討つ」

「なんだ、単純明快じゃかねぇか。とっととやってくれよ」

「それが、そう簡単でもないのよぉ……詠唱に時間が掛かるの……」

「……どのくらいだ? その間、お前を守ればいいんだろう?」

「それがねぇ……」


 緊張が張りつめる中、一瞬躊躇ためらうように、彼女がその重い口を開く。


「時間にして、百は数えてもらうことになるわ……」


 巨像兵がこちらを見据えるようにその目を光らせる。


「アレの攻撃を受け続けながら……百、数えろだぁ?」


 やがて一歩一歩とこちらへ歩み寄る巨像兵。

 迷っている時間は――無い。


「クソッ……ダリア、やってくれ!」

「……死なないでね」


 ダリアは目を瞑ると精神を集中させ始めた。

 やがて、彼女の掌が漆黒の光を纏っていく。


「――咎人の罪、陪審ばいしんにて決す……」


 その魔力に反応するかのように、巨像兵がダリア目掛けて拳を振り上げる。


「滅びし命の慟哭よ、 深淵に響きて、その贖いを問え……」


 とてつもなく重い一撃。

 俺は剣でそれ受けながら、身体中が悲鳴を上げているのを感じた。


「罪を知れ。業を数えよ。悔いを叫べ――裁くはほのお。赦すは灰。罪深き者よ、その業が焦がれ、浄化されんことを祈りて、炎は眼を持たず、耳を持たず、ただ真実に応えるのみ……」


 ただ、淡々と詠唱を続けるダリア。

 まさに一寸先では、巨像兵の剛腕が振るわれているというのに、凄まじい集中力である。


「焦土と化すは心の闇、悔い改む者に火をくべよ――燃やせ、魂を。 償え、その身を……」


 また一撃、また一撃と俺は攻撃を受けながら、俺は地に足が沈んでいくのを必死にこらえる。


「クソッ……まだ五十ってとこか。こりゃキチぃぜ……」


 もう何発受けたか分からない。すでに、膝が笑っている。


「七度燃ゆる塔より、千の舌が罪を叫ぶ。されど焰は飽かず、さらなる叫びを欲す……」


 俺も負けじと巨像兵の攻撃を叩き落とす。が、つかが血で滲んでいる。

 痙攣する手をグッと握りしめるも、もう剣を握っているのがやっとだ。


「その魂、我が手にて裁かん。炎環の中で、その肉も心も骨までも、塵に還れ、咎深き者よ――審判はただ一つ、その渦の中に……」


 ダリアの周りの空気が震える。

 巨像兵がそれを阻止せんばかりに、足を振り上げた。


「やれ……ダリア!!」

「――いざ執行のとき……!」


 地が鳴り、風が巻き、黒の渦が炎へと転じる。

 次の刹那、巨像兵が真っ赤に燃え上がった。

 それはまるで炎が意思を持ったかのように、その巨体を喰らい、絡みつくように全身を包み込む。

 神殿の暗がりが、煌々と明るく照らされる中、流石の巨像兵も、堪らずに膝をついた。


「今よ! ヴィクターちゃん!」

「よくも好き放題殴ってくれたなぁ……腐れ絡繰からくり!!」


 俺は怒号を剣に乗せて、燃え盛る巨像兵の頭部に剣を振り下ろす。

 もろくなった装甲に、乾いた音が走る。

 やがて亀裂は瞬く間に広がり、ついには、断末魔のような軋みと共に、その巨体は真っ二つに裂けた。

 

「守レ、ナカッタ……ロレンツォ様ノ、願イ……」


 巨像兵は呻くようにそう告げた後、音を立てて崩れ落ちた。

 その瞳に宿っていた紫の光は、チカチカと消えかけている。


「辛勝……ってところねぇ」


 ダリアが指を鳴らすと巨像兵の身体から炎が消えた。その巨体は、すでにピクリとも動かない。


「……んで、盾はどこにあるんだ?」

「この子の体内から異質の魔力を感じる……きっと、そこに兜が眠ってる。封印を解くから、ヴィクターちゃんは下がってて……」


 恐る恐る、ダリアが瓦礫と化した巨像兵の身体に触れる。

 すると、それに共鳴するかのように、巨像兵の目がほんのりと灯った。

 やがて、彼女が目を細めて呟く。


「これは……この子の、記憶……? ロレンツォの……願い!?」

 

 しばしの沈黙。

 ふと、巨像兵の身体に目をやる。

 段々と、灰とも砂とも言えぬ姿に風化していくその姿は、なんとも言えぬ物悲しさを感じさせた。

 やがて、その中から兜の先端部のような輪郭が顔を出す。


「そいつが、紫月の兜……?」

「待って、ヴィクターちゃん……この子、ただの守護者じゃない……これは、ロレンツォの――」


 ダリアが言いかけたその瞬間、巨像兵の目が怪しく点滅しているのが視界に入った。

 理由もなく、背筋が凍る。

 俺は無意識に、重い足で地を蹴ってダリアに駆け寄っていた。


「パウル……オ前ニハ、オ前ダケニハ、渡サナイ……!」


 次の刹那、巨像兵から爆炎が一面に吹き出し、空気を震わせるような轟音が響いた。

 紫色の火柱が視界を引き裂き、意識がかすむ。

 だがその中で、もうひとつ――耳の奥を叩くような、鈍く重い低音が響いた。

 黒魔術だ。

 ダリアが俺を庇うように、燃え盛る炎に手を翳している。

 頼む――やめてくれ。

 俺は、お前まで失ったら――

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