怨霊プリズン

神崎あきら

ロイヤルステージ深見の怪異

第1話

 背中がぞわりと粟立つような悪寒を感じ、嶋津しまづ和奏わかなはノートの上を走らせていたシャープペンシルを持つ手をピタリと止める。部屋の温度が急に下がったかのように肌がひりついている。これで何度目だろう。最初は気のせいだと思っていた。

 しかし、意識を他に向けようとすればするほど、その気配は濃くなる。和奏は気付かぬ振りをして教科書を捲り、蛍光ペンでマーキングした語句を目で追う。二学期の中間試験まであと一週間を切っている。集中すればどうってことはない。


 とん、とん、と壁を打つ音に心臓が跳ねた。何の物音だろう。総合病院の病棟看護師をしている母親は夜勤で、今この部屋にいるのは和奏ひとりだ。音は定期的に響き続ける。振り返ってみようか、でもそこに何かがいたらどうしよう。和奏は呼吸を止めたまま逡巡する。壁を打つ音はただ一定の音量で静かな部屋に響き続ける。

 そうだ、ハンガーにかけた制服が揺れて壁を叩いているのかも。でも、窓も開いていない室内なのに揺れるわけがない。やはり音の原因は説明できない。和奏はゆっくりと背後を振り返る。


 突然、机の上のスマートフォンの着信音が鳴り、慌てて停止ボタンを押す。通知画面を確認すると新井あらい妃那ひなからのLINEメッセージだ。明日の英語の小テストの範囲を訊ねる内容だった。和奏は現実に引き戻されたことに感謝して、安堵の溜息をつく。妃那に返信をしようとスマートフォンを手に取ると、天井の電灯を反射する画面に影が過ぎった。

「誰っ」

 思わず鋭い声で叫び、反射的に振り向くとそこには何もいなかった。張り替えられたばかりの白い壁があるだけだ。いつの間にか気配は消え、壁を打つ音は止んでいた。

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