第7話 完全勝利したユニコーンスレイヤーUC

 ゆらり、と幽鬼のように揺れ動きながら、嘆く者バンシィが睨む。


「俺は納得しない! この嘆きを、誰かに届かせるまで……この戦いを止めはしない!」

嘆く者バンシィ!!」

「俺たちは裏切られてきたんだ。幾度となく! もう我慢の限界だ! 独りでも、俺はやるぞ!」


 その言葉に載せられた感情は、嘆きというよりも怒りだった。


 彼の過去に、何があったのかはわからない。だが推しに夢を見て、しかしその夢が儚く散った経験は、一度や二度ではないのだろう。もしかしたらかつても彼は、今のユニコーンスレイヤー同様、黙って去ることを選び続けてきたのかもしれない。


 嘆く者バンシィとは、ネットにたゆたう数多の杞憂の意思の総称。


 これまで、色んな女性Vtuberに杞憂マロを送り続けてきたのは、彼ではないのかもしれない。裏切られる痛みに、ずっと耐え忍んできたのかもしれない。

 そして、今回、積もり積もった感情が爆発してしまっただけなのかもしれない。


 だが仮にそうであったとしても、彼を認めるわけにはいかない。


 言葉では、きっと嘆く者バンシィは止まらないだろう。そんな気はしていた。

 配信をつけたことにはいくつかの意図がある。状況を察したリスナーがバーチャタイルの運営に通報してくれることも期待していた。自分で通報するつもりは無かったが、どうしても嘆く者バンシィが止まらなかった場合、最終的にそうした措置に頼らざるを得ない側面は、どうしてもある。


 別の意図として、コメントの表示機能を悪用するというものもある。

 このプラグインには致命的な欠陥があった。大量のコメントが表示される場合、それがアバターの動きを阻害してしまうというものだ。現に、流れて来るコメントが厄介オタクや嘆く者バンシィにぶつかったりしている。


 この手段は取りたくなかったが、仕方がない。

 いったんログアウトされ別のロビーに移動されては、元も子もない。


嘆く者バンシィ!!」


 ユニコーンスレイヤーは叫ぶ。


「嘆きを誰かに届かせる。それがあなたの本心ですか!」

「そうだ!」

「それで、あなたが救われることがないとしても!?」

「そうだ! 俺は、今さら救いなど求めていない!」

「そうですか……」


 ユニコーンスレイヤーは配信アプリを操作し、BGMを配信にのせた。


嘆く者バンシィ。私には、あなたの嘆きを否定するつもりはありません」


 静かに流れ始めるイントロ。どこか物悲しく、しかし勇壮な決意をたたえた名曲であった。


【ん?】

【ん?】

【ん?】

【ん?】

【ん?】

【ん?】

【ん?】

【流れ変わったな…】

【ん?】

【いくら先生でも露骨なコメ稼ぎはNG】


 さっそく訓練されたコメント欄が仕事を始め、バーチャタイルのロビーに大量のコメントが流れ始める。


「な、なんだこれは……!?」


 コメントの波に視界を占有され、動揺を露わにする嘆く者バンシィ


【流れ変わったな…】

【流れ変わったな…】

【まだ弱い】

【流れ変わったな…】

【まだ弱い】

【まだ弱い】

【まだ弱い】

「ユニコーンスレイヤー、貴様!」


 嘆く者バンシィは叫ぶ。こちらの意図に気づいたらしい。


 ユニコーンスレイヤーが使用しているプラグインの欠点。流れる大量のコメントがアバターの動きを阻害するという不具合が発生する。もちろん、重大なマナー違反だ。運営からも悪意を用いた使用を慎むようにというお達しがでている。

 これはもちろん悪意にまみれた使用なので、運営に嗅ぎつけられて垢BANを喰らう可能性もあった。


 だが、それでいい。


 もうケラ子を推し続けることはできないが、それでも、これが彼女に対してできる最後の推し活だ。


 クッソ汚いのは許してほしい。


「しかし、やはり私はあなたを止めます。なぜなら……」

【まだ弱い】

【まだ弱い】

【強くなりそう】

【強くなりそう】

【強くなりそう】

「くそッ! 淫夢厨どもが、飼いならされやがって!!」

【強くなりそう】

【強くなりそう】

【強くなりそう】


 言葉を一拍置いて、曲のクライマックスに合わせる。


「その嘆きは、私たちだけのものであるべきです。嘆く者バンシィ!」

【強い(確信)】

【強い(確信)】

【いま来たけどなんだこれ…】

【強い(確信)】

「誰かにぶつけた時点で、それは嘆きではなくなってしまう。届いた時点で、偶像は偶像ではなくなってしまう。だから、すべての嘆きはこの中で終わらせましょう」

「ふざけるな! そんな言い分……!」

「ええ、あなたに理解してもらおうとは思わない。そんな傲慢は抱きませんよ。あなたは、もしかしたら未来の私かもしれませんから」


 そう言いながら、ユニコーンスレイヤーはアプリを見る。運営からの警告を示す赤いアラートが、実は先ほどから鳴りっぱなしになっていた。


 いまだ終わらない大量の【強い(確信)】弾幕。それを眺めながら、ユニコーンスレイヤーは一応今回の為に仕込んではいたものの、結局最後まで使うつもりがなかったギミックを作動させることにした。


「終わりですね……。これで私も安心して、角を折ることができます」


 そう言ったユニコーンスレイヤーの長く伸びた一本角が、パカッと左右に折れた。というか、割れた。


「そ、それはダメだろ……!」


 間の抜けた誰かのツッコミを最後に、ユニコーンスレイヤーと嘆く者バンシィは、バーチャタイルの世界からはじき出された。

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