まるで詰んだ世界に救済を求めて。
柴犬がすき
第1話:早朝
ある日、世界に7つの“星”が降り注いだ。
後に『侵犯の日』と呼ばれることとなるこの日、辺境の浮遊島『ノーン』には、ひときわ大きく輝く“星”が飛来した。
この物語は、その運命の日より、数日前の日常からはじまる。
―――――
「おーい!アルマ~!!お~い!」
陽も登り切っていない早朝。
農夫がようやく目を醒ます時間だというのに、閑古鳥も逃げ出すほどの声量と共に、戸口を叩く音がする。
「寝たふりはやめろ~!起きてんだろ~!今日は一緒に狩りに行く約束だろ~!」
その声の主は、幼馴染のリッドだ。
彼はノーン唯一の孤児ということを除けば、猟師のティンさんの元で真面目に狩猟技術を学んできた、いたって普通の男子である…
のだが、少し頭の歯車が狂っているのか、常識はずれの行動を取ることもある。
それが今だ。
他の村人に迷惑をかけないためにも、早々に玄関の戸を開けることにした。
「なんなんだ、リッド。こんな朝早くに」
「はぁ?何ってそりゃ、狩りだよ狩り!!」
そういうとリッドは、背負っていたリュックを下ろし、その中身をひっくり返すように玄関先にばら撒いた。
「ほらこれ!前言った新型の罠だ!これを使えばリスやネズミ、いや、ウサギぐらいのサイズの獲物までとっ捕まえられるぜ?あとこれは特定の獣が反応する匂い玉で――」
「わかった。すぐ支度をするからその…便利道具はしまって待ってろ」
俺の言葉のどこに反応したのか、リッドは目を輝かせると、「お、そうか?」と嬉しそうに道具を片付け始めた。
リッドはガタイも良く、魔力
だが、決して脳筋の馬鹿などではなく、狩りに役立つ狩猟道具をいくつも開発しては、実戦に投入し日々改良に励んでいる。
村の人たちからすれば、その行為は自分たちの食料事情を良くするための施策であるから、何ら悪いことではない。
しかし、いつも狩りに連れていかれる俺からすれば、それらの狩猟道具の“失敗作”を引かされることも多々あるわけで…
先週の狩りで披露された『イノシシ大量GETくんMk-1』は特にひどかった。
ソレをリッドが使用したとたん、森一帯がキノコや山菜を煮詰めて腐らせたような悪臭に覆われ、その場にいたイノシシは昏倒、俺たちも3日は身体から匂いが取れず、食事や睡眠がまともに取れないという、多大な健康被害を被った。
いつもお弁当を作ってきてくれるもう一人の狩り仲間に、クレイルという心優しい少女がいるのだが、彼女もその時ばかりは嫌な顔を隠しきれていなかった。
今日の狩りでも匂い玉を使うようなら、それとなく断りを入れ、いつものように武器や罠を使用して狩りをしよう。
そう決意して、俺は自分の愛用している鉄の剣と木の丸盾、申し訳程度の薬草類をポーチに詰め込んで家を出た。
―――――
最果ての浮遊島『ノーン』と呼ばれているこの島は、その名の通り、
世界に散らばる他の浮遊島と比べてみても島の大きさはかなり小さく、昔、村一番の俊足自慢が島の外周を1週したところ、半日と立たずに帰ってこれたらしい。
島は円形で、その中心には唯一の住居地域、ノーン村が存在する。
他にランドマークといえば、島の北端に浮遊島を創ったとされる龍を祀る遺跡があるが、年に一回の祭事以外は村長家以外誰も近寄らないので、ランドマークというのも甚だしいかもしれない。
今日は、そんな遺跡のある北側の森に狩りに出かけることになっている。
俺たちは、他愛のない会話 —新作の狩猟道具の話— をしながら、木で建てられたいくつかの村家の間を通り過ぎ、北の森の入り口、ノーン村の最北端に建てられた、他の家より幾段か豪華な造りをした家の前にたどり着いた。
ここは、この村の村長クライル・ヴェメイルさんの家だ。
ヴェメイルさんはいつも俺たちに同行してくれるクレイルの祖父で、長年この村を仕切ってきた、人望深い人だ。
彼は文化と人情を重んじる人で、暇があれば俺たちのような若い世代に、昔話や教育を施してくれる。
ヴェメイルさんは、物心ついたときから毎日のように子供たちの面倒を見てくれている、俺たちにとっての第二の父親みたいな人だ。
こんな早朝であっても、クレイルを誘うために自宅にお邪魔しなければならないというのは、毎度申し訳ない気持ちになる。
「すんませ~ん!!クレイル~!じぃさ~ん!いるか~?」
そんな俺の気持ちを知る由もなく、無遠慮に戸を叩くのはもちろんリッドだ。
リッドが何度もクレイルの名前を呼んでいると、ほどなくして扉が開いた。
だが、そこにいたのはヴェメイルさんだった。
「おぉ、アルマ、リッド。今日も狩りじゃったかの」
どこか安心感を覚えるしゃがれた声が、スッと自分の中に入ってくる。
「おっ。じぃさん!そうだぜ!今日も3人で狩りに行こうと思っててよ!」
そう言いながら、またしてもリュックを下ろしかけていたリッドを、俺は片手で制し話をつづけた。
「ヴェメイルさん。こんな朝早くにいつもすみません。クレイルは、今いないんですか?」
扉の隙間から部屋の中を確認してみるが、クレイルの姿が見当たらない。
いつもならお弁当の入ったバスケットを片手に元気よく扉をあけ放ってくるものだが…珍しいこともあるものだ。
「あぁ、クレイルはちと今、アレじゃ」
「アレ?」
「入浴中じゃ」
そう言いながら、ヴェメイルさんは人差し指を口の前に立て、「シーッ」と息を吐いた。
「何やら準備があるとかで、君らには内緒にするよう言われとるんじゃ」
「なるほど…?」
「じゃから、わしが教えたことは内緒にしておいてくれのぉ」
「あ~…それは、わかりました」
「まぁここじゃなんじゃ。中に入って待っておれ」
そういうと、ヴェメイルさんは扉を完全に開け放ち、俺たちを家の中に招き入れるのだった。
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