『主人公失格 ~何のチカラもなかった俺は~』

天海いろ葉

プロローグ

現実

「やめろ……やめろ、よ……」


 青年は両目に涙を滲ませ、地面に尻をつけながら後退する。

 その目に映っていたのは、人の身長をゆうに超える体躯を持ち、大剣を携えたゴーレムだった。

 ゴーレムは一歩ずつ、青年と距離を詰めていく。

 青年は、激しい焦燥感に襲われていた。全力で走れば、逃げられるかもしれない。しかし、青年の両脚は完全に竦んでしまっている。思い通りに動くような状態ではなかった。

 ふいに爪で壁を引っ掻くような音が聞こえる。

 目を凝らした青年は捉えた。虚空に生まれた歪みから、石で造られた腕や脚が何本も這い出てきている。新たなゴーレムが数体、姿を現しつつあった。


「ひっ」


 恐怖が身体を駆け巡る。一体だけでも脅威だったのに、さらに数が増えたらどうなってしまうのか。


「おっ、落ち着け……大丈夫だからっ……」


 己に言い聞かせるように呟きながら、青年は剣を拾った。そして地面を蹴り、ゴーレムに向かって駆けていく。


「あっ、ああああああああっ!」


 青年は絶叫しながら、渾身の力でゴーレムを斬りつける。だが、それはまったく意味をなさなかった。身に傷一つつけられないどころか、剣が反動で宙に飛ばされてしまう。

 丸腰となった青年は、ゴーレムから離れようとした。だが、そうする前にゴーレムが左腕を掴んでくる。


「くそっ、くそっ……!」


 ゴーレムの掌を殴り、青年は抵抗した。しかし、まるで手応えがない。


「なぁっ……なぁ……!」


 狩人に捕らえられた兎のごとく吊られながら、青年は言う。


「ここで俺も知らないチカラが覚醒するんだろ? ピンチのときに敵を圧倒できるチカラが俺には宿ってるんだろ……?」


 誰かが、何かが、応えることはない。


「俺は主人公なんだろ⁉ 異世界に飛ばされて、世界を救う勇者みたいな存在なんだろ⁉ だったら、こんな状況絶対おかしいだろ! もうピンチのシーンは十分だって! だから、早く新しいチカラを覚醒させてく──」


 そして、まくし立てている途中だった。

 唐突に、グシャッ、という音が響く。その音は小さいながらも、二度と聞きたくないと思わせるような不快さを有していた。

 赤い液体が滴る。激痛が駆け巡る。


「────っ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 青年は顔を歪めながら、堰を切ったように喚き出す。

 その左腕は、ゴーレムに握り潰されていた。

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