副業は探偵ですが何か?~タクシー運転手の推理記録~
雨宮 徹@クロユリの花束を君に💐
気づいたら、他人の部屋でした
今回の乗客は、長旅で疲れているようだった。有名な寝台列車の到着時間に乗せたこと、存在感のあるキャリーケースが根拠だ。ぐっすり寝ていたが、急に起きると「運転手さん、ここは四号車ですか!?」と、とんちんかんな発言をした。
「どうされましたか? 寝台列車に乗っている夢でも見ましたか?」と聞くと、「まあ、そんなところです」と返ってくる。少し言うか迷っている様子だったが、乗客はぽつりとしゃべり始めた。
「さっきまで、寝台列車に乗っていたんですが、気づくと別人の部屋にいたんですよ……」
「別人の部屋? 自室から出て戻ると、別人の部屋にいた、ということでしょうか?」
乗客は「そうなんです。だから、夢でもうなされていたんです」と続ける。
「なるほど、興味深い話ですね。詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。私は列車に乗り込むと、四号車の自室に荷物を置いて車内をぶらぶらしていたんです。まあ、途中で疲れて、三号車のカウンターで寝ていたんですが」
「そして、自室に戻ったつもりが、他人の部屋だった?」
「そうなんです! いくら寝起きでも、自分の部屋を間違えるほど馬鹿じゃありません。おかしいと思って乗務員を捕まえると、事情を説明したんです。案内に従うと、今度はちゃんと自分の部屋にたどり着いたんです。不思議でしょう?」
乗客の言う通りなら、いつの間にか部屋が入れ替わり、そして元に戻ったことになる。なんとも奇妙な話だ。待てよ、入れ替わる? そういえば、あの寝台列車は……。
「おそらくですが、スイッチバックが原因ではないでしょうか」
「スイッチバック? 何ですか、それ」
私は「寝台列車の進行方向を切りかえるために、先頭車両が後部車両になるということです」と、かいつまんで説明する。
「それが、今回の出来事にどう関係があるんですか?」
「あなたは、四号車に宿泊していた。そして、三号車で仮眠をとった。もし、この間にスイッチバックが起きれば、四号車に行くつもりが二号車に行ってもおかしくありません」
「つまり、前後を間違えていたと?」
「簡単に言うと、そういうことです」
乗客はしばらく黙っていたが、急に「これは殺人事件のトリックに使えそうだ」とつぶやいた。乗客は私の反応を見て「あ、私の職業はミステリー作家ですから。実際に殺人するわけではないです!」と、慌てて補足する。
乗客を目的地に送り届けると、ふと思った。先ほどの話を題材にしたミステリー小説が出版されたら、どんな風に書かれているか読みたいと。しかし、残念ながら私は乗客の名前を知らない。だが、先ほどの推理が小説になり、誰かを楽しませることができるのなら、それで十分かもしれない。
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