第6話 豹変する幼馴染
「はっ!」
俺は唐突に目を覚ました。
部屋は茜色に染まっている。
……
もう夕方か?
何があったんだっけ……記憶の糸を必死に手繰り寄せてみようとする。
ウンウン唸って考えてみるが、頭が痛くて胃のあたりが気持ち悪い。
飲む福祉のせいか? それはいい。ええっと――
「んぅふ……ん……」
――ええっと、ええっと……なんだよこのやたら艶かしい声は。気が散るだろ?
「……やん」
ん? 何か柔らかいモノに触れたような……
「@△¥■○っ?!」
悲鳴に似た、声にならない叫びが漏れてしまった。
ふと目線を隣にやってみれば、俺の腕を枕にした、一糸纏わぬ生まれたままの姿の美冬がいた。
え、なにこれ? どうなってんの? 小春の時と全く同じなんですけど?
「あきくぅん……」
美冬は気だるげに俺の名前を呟きながら、自分の額を俺の肩に甘えるように擦りつけてくる。
ねぇ、待って! これ待って!
動揺しまくっていて落ち着かないの!
「ん、あきくん、ドキドキしてる……」
俺の胸にのの字を書いて
やめて! 俺の胸と気を掻き回さないで!
制服越しとは言え気持……はっ!
そこである事に気付いて、自分の身体を見てみる。
「セーフ!」
「……?」
うん、俺は制服を着たままだ。
良し! 何が良しか分からないけど良し!
さぁ落ち着け、俺。
まずはこの状況をどうにかしないと。
「あ、あのぉ美冬さん?」
「なぁに、あきくん?」
あかん、語尾が思いっきり上ずった。
「服、着てくれませんかね?」
「んぅ、そうだね。恥ずかしいからむこう向いててくれる?」
「お、おぅ!」
無意識に正座をし、背中でシュルシュルという衣擦れの音を聞く。
なにこれエロい。相手が美冬だというのにドキドキしちゃう!
そのドキドキは極度の緊張と罪悪感のドキドキなんだけどね!
一体俺ってなにやらかしちゃったの?!
誰か助けて!
そこのテディベアさん、つぶらな瞳で見てないで助けて!!
「あきくん」
「は、はい!」
「これから先、他の女の子と一緒のときにあれ飲んじゃダメだからね」
「えっ」
美冬と一緒ならいいってことにも聞こえる。
それはどういう意味かと、思わず振り返ってしまった。
…………
言葉がなかった。
下着の上にシャツを羽織っただけの姿は、嫌でもそのスタイルのよさを浮き立たせ、いつもは見せない眼鏡を外した素顔と下ろした髪はとても綺麗で、そしてなにより大人びて見えた。
あれ、美冬ってこんな美人だったっけ?
俺の動悸がより一層激しくなる。
うん、動悸。これは動悸だ。
…………いやいやいや、それよりも。
「美冬、どうしたんだよ? 一体何があったんだ、教えてくれ」
「あたしね、生まれ変わったの」
「は、はぁ?」
蠱惑的、とはこういうときに使う表現だろうか?
その仕草も言葉も、誘うような、甘えるような、それでいて獲物を罠に嵌めようとする狩人のような――あんな美冬、俺は知らない。
食われる。
その雰囲気に食われてしまう。
本能がそう囁いている。
身体が緊張で強張る。
俺が知ってる美冬はトロくさくていつもニコニコしながら後ろを着いてきて、だけど一緒に居て落ち着けるような――
あんな、まるで百戦錬磨の娼婦のような女を魅せる美冬なんて、俺は知らない。
例えるなら、見ていてほっこり癒されるはずのテディベアが、一転して冬眠明けの飢えた人食い熊に急変した……そんな感じだ。
生まれ変わったってあれかな?
テディベアから冬眠明けの飢えた人食い熊にジョブチェンジしたのかな?
そう、まるで男を騙して食い物にするかのような――
そこまで考え、ズキリと胸が痛む。
もしかして俺がそう変えてしまったのかと思うと、自分に恐怖すら感じる。
「ねぇ、あきくん」
「ひ、ひぃ!」
甘ったるい声を上げながら、獲物を狙う雌豹の様に四つんばいになって俺に近づいてくる。
山中で飢えた熊にばったり出くわした、でもいい。
ドキリとしたのか別の何かなのか、俺は思わず悲鳴を上げてしまった。
「そんな怯えなくてもいいのに」
「い、いや、そのな……っ」
ずりずりと部屋隅に追いやられていく。
あっるぇえ? 何でこんなことになってるの?!
カツン、と背中が何かに当たる。
どうやら扉の様だ。
「お、遅くなっちまったようだし、帰るわ! じゃあな!」
「やぁんっ、待ってよぉ」
これ幸いと鞄を引っ掴んで、急いで立ち上がって部屋を出る。
やばいやばい。
何か今美冬の雰囲気に飲まれまくったぞ!
なんだかちょっと惜しい気もするけど……うん、やっぱなし!
俺はロマンチストでもあるのだ。
へタレって言うなよ?! ただの童貞なんだからね!
靴を履く時間も惜しんで美冬の家を出る。
どうせ俺の家は
徒歩何歩と数えたほうがいいくらいの距離しかない。
まるで敗残兵さながらといった体で家のドアを開けた。
「た、ただいまぁ……」
しかし家には伏兵が潜んでいた。
「随分遅い帰りなのね、お兄ちゃん」
ぶす、とした小春が待ち構えていたのだった。
腰に手を当て仁王立ち。
その不機嫌さを隠そうともしていない。
「ひ、ひぃ!」
前門の虎、後門の熊。
こちらでも思わず悲鳴を上げてしまった。
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