第2話 新たな出会い
マルクス・トゥッリウス・キケロが総司を拾い上げてから半年が経過していた。その間、総司は懸命にラテン語を学び、文字の読み書きを習得していった。子どもの柔軟な脳は吸収が早く、元の日本での経験も相まって驚異的なペースで成長を遂げていた。だが、彼の中にある「自分がこの地に生まれた存在ではない」という確信だけは揺るがなかった。
「これが夢ではない以上、俺は転生してしまったんだ…」
朝焼けの中、フォロ・ロマーノの街並みを見下ろしながら総司は呟いた。生前の記憶――現代日本での平凡ながら過酷な日々、過労死に至るまでの軌跡。それらは鮮明に彼の中に刻まれていた。
キケロの問い
「ソウジ、少し話があるんだ」
その日の午後、キケロは優雅な筆跡で書かれた手紙を机に置き、総司に声をかけた。彼は36歳という若さでローマ最高の弁護士として名声を得たが、謙虚さを失わず、日々新しい挑戦を続けている人物だった。
「君は本当に優れた向学心を持っている。ラテン語もすぐに覚えたし、私の本棚に並ぶ本を熱心に読んでいる姿は感心するよ。だが、君にはまだ秘密が多いな」
キケロの言葉はやさしくも鋭い。総司は少し身を縮めながら答えた。
「…すみません、キケロ先生。僕自身、自分のことがよくわからないんです。ただ、先生のように学び、何かを成し遂げたいとは思っています」
「ならば、焦らずともよい。私は君を養子に迎えようと思っているが、どうだろうか?」
総司は答えに詰まった。キケロの元で安定した生活を送るのは魅力的だったが、彼の心には別の計画が芽生えつつあった。
占い師との出会い
その数日後、キケロは総司を連れて知人の占い師――イザベラの元を訪れた。彼女はローマでも名高いアウグル(鳥卜官)であり、未来を読む術に長けた女性だった。
「この子の生年月日を知りたいのだ。どうも自分でも覚えていないらしい」
イザベラは総司を見つめ、静かに呟いた。「この子は、年は10歳くらい…ただ、不思議なものが見える。他地域の、島のような土地だわ」
「島…?」
その言葉にキケロは首をかしげたが、総司は冷や汗をかいていた。イザベラの占いは核心に迫りつつあるようで、危うさを感じたからだ。
「それ以上はわかりません。ただ、この子の運命には特別なものを感じます」
占いを終えると、キケロは「島」の言葉を深く追求することはなく、総司を連れて帰路についた。総司は内心でほっとしたが、この事件が自分の秘密を守る重要性を改めて意識させた。
カエサルとの邂逅
ある日の夜、キケロとの夕食中に総司は意を決してある人物の名を口にした。
「キケロ先生、僕、どうしても会ってみたい人がいます。…ガイウス・ユリウス・カエサルという方です」
「カエサル?彼か…彼とは以前、共通の師匠であるモロン先生を通じて知り合ったことがある。だが、なぜまた彼に?」
キケロは不思議そうに尋ねた。当時、カエサルはまだ若く、スペインから帰国したばかりの会計検査官に過ぎなかった。しかし総司にとっては、前世の記憶から知る「歴史の巨人」だった。
「彼はきっと、ローマの未来を変える人だと思うんです」
総司の言葉にキケロは少し驚いた様子だったが、面白がるように笑みを浮かべた。「いいだろう。モロン先生に一報を入れたうえで、会う機会を作ろう」
数日後、キケロと総司はカエサルの住むスッブラ地区へ向かった。
初対面
「やあ、キケロ先生。それにこちらは…?」
快活な笑みを浮かべながら現れたのは、ガイウス・ユリウス・カエサルだった。彼の目には野心と知性が宿っており、そのカリスマ性は若さの中にすでに見て取れるものだった。
「カキウス・ソウジといいます。本日はお時間をいただきありがとうございます」
総司は慎重に言葉を選びながら挨拶した。カエサルは興味深げに彼を見つめた。
「なかなか面白そうな少年だな。入って話をしよう」
カエサルの導きで、総司は二人きりの部屋に案内された。
未来の話
「さて、何の話だ?」
カエサルが問いかけると、総司は深く息を吸い込んだ。
「カエサル様、僕はあなたの未来を知っています。そして、あなたがこのローマを変革する偉業を成し遂げることも。ですが、その道には大きな危険も伴います」
「未来を知っている…?お前は何者だ?」
カエサルは目を細め、総司をじっと見つめた。総司は覚悟を決め、自分が遠い未来の異国――日本から来た存在であることを明かした。言葉、文字、そして現代の知識の一端を示しながら、自分の正体を説明した。
「お前が本当にそうだとしたら…この話は他言できないな。だが、それほどの知識を持つ者が俺の側につくというならば、大いに歓迎だ」
カエサルはしばらく沈黙した後、微笑を浮かべて言った。
「ならば今日からお前は俺の部下だ。俺の野望を支える存在として、共にローマを変えていこう」
総司は深く頷いた。これが、彼の新たな人生の第一歩だった。
決意
その日、カエサルの家に正式に迎えられることとなった総司は、キケロに別れを告げた。キケロは寂しそうな表情を浮かべつつも、総司の決意を尊重し送り出した。
「ソウジ、君がどんな未来を歩むのか楽しみにしているよ。何かあれば、いつでも頼りなさい」
「先生、本当にありがとうございました」
こうして、総司は新たな道を歩み始めた。それは、歴史の転換点を目の当たりにし、その中心で生き抜くことを決めた少年の物語の始まりだった。
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