透明な棺
こどー@鏡の森
透明な棺①
夢にしては妙に明瞭でリアルで、でも現実にあったことなのだとすればあれはいったいなんだったんだろうと思う記憶がある。
秋の中頃のことだったと思う。普段は帰宅の遅いパパがやけに早く帰ってきて、難しい顔でママと何かを話し込んで。翌朝起きたら、次の休みで旅行に行くことを告げられて。
当時の住まいから新幹線と電車を乗り継いで、駅前のホテルに着くが早いかパパはレンタカーに乗り込んで。
あたしはママと一緒に見送るふりをしながら、こそっと後部座席に乗り込んだ。何を思ってそんなことをしたのか覚えてないけど、そんな大胆過ぎる行動にも気づかないくらいパパが焦っていたのは覚えてる。
時は平成の前半、携帯電話がまだ普及しきっていなかった頃。あたしはまだ小学生。
随分経って後部座席のあたしに気づいたパパはあわてて車を止め、しばらく考え込んだ後、少し走った先の公衆電話から電話をかけていた。ホテルのフロントを通して母に連絡をとっていたんだろうと思う。
あたしは特に叱られることもなく、後部座席でおとなしくしていた。
行き先は結構な田舎だった。山と川に挟まれたのどかな集落。そのうちの一軒家で老婆があたしたちを出迎えてくれた。パパはほとんど直角に腰を折って頭を下げ、あたしにも挨拶するように言った。きょとんとしたあたしをかばうように老婆はあたしを手招き、あたしは恐縮するばかりのパパにくっついて家に入った。
老婆に案内された先の仏壇でパパは随分長く手を合わせていたように思う。お参りするように言われたのがその前だったか後だったか覚えていないけど、あたしはまだ幼くてよく意味が分からないまま、ほとんどの時間パパの背中を眺めていた。仏壇にはかけらほどの笑みもない痩身の女性の写真と、それからなぜか伏せられた写真が一枚。
老婆とパパの目を盗んで見たその写真には、幼い頃のあたしそっくりな女の子が映っていた。
その家ではパパは終始居心地が悪そうで──後になって思えば当たり前のことなんだけど、当時のあたしは何も知らず、退屈と好奇心の間をいったりきたり。
お暇しようとする頃に届いたお寿司にあたしは目を輝かせちゃって、それでパパはますます縮こまっちゃった。
そんなところどころの情景と、パパが黒いネクタイを締めていたことがやけに印象に残っている。
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