第十三話 ひきこもりの意地

 十月二十四日午後二時三十五分。


「お前らここに何の用だ?」


 俺は庭に出ると、好き勝手に暴れている連中に向かって威圧的に言った。


「女だ」「女だ!」「女がいる!」「女がいるぞ!」


「ヤリてぇぇえええ!」


 だが、連中は百瀬先生の姿を視認するなり俺の存在を無視して狂喜した。ここはどこの世紀末だ。

 とてもつい数日前まで秩序ある世界に住んでいた者たちの発言とは思えなかった。


「シカトすんなコラ! 何の用かって訊いてんだよ!」


「あぁ?」


 初めて存在に気づいたと言わんばかりに、スキンヘッドが俺を見た。


「人の家の壁をメチャクチャにしやがってどういうつもりだ! 人間爆弾だったか? 仲間を燃やして特攻させるとか何考えてんだよ」


 俺にしては珍しくまともな言い分だったと思う。あまり時間をかけている余裕はない。

 モタモタしているとゾンビ共が押し寄せてくるだろう。


「こいつは仲間じゃねえよ。どっちかっつーとお前のお友達だろ?」


「は? 俺に友達なんているわけないだろ」


 スキンヘッドの言葉の意味が理解できなかった。俺に友達だと?

 平行世界から同一人物が飛び出してきたのか。それともあれか、ドッペルゲンガー的な何かが俺の預かり知らないところで友好的な活動でもしているのか。


「ひっでー。お前ホントにこのお友達に見覚えねぇのかよ?」


 スキンヘッドがあちこちに散らばっているお友達とやらのパーツを指差した。


 周囲には依然として肉の焦げる臭気が漂っている。男の四肢は爆発の衝撃で弾け飛び、生きていた頃の原型を留めていなかった。これでは親族でさえ判別するのが難しいだろう。

 かろうじて男が作業着を着ていたというのが分かったくらいだ。


「んなもん知るわけ……まさか」


 いや、見覚えがある。この作業着は三日前に遭遇した男が着ていたものだ。

 あの日、壁の上で有刺鉄線を設置していた俺に、その男は軽トラックで避難所に向かわないかと声をかけてきた。胡散臭い上に行く気もないので断ったが、なぜその男が今そこで黒焦げになって転がっているのだ。


「そう! 俺たち生存者を狩って遊んでんだけどよぅ、このオッサンがぜーんぶ教えてくれたぜ! ここでバカでけえ壁に囲まれた家に住んでるガキを見たってな! な? オッサン? って、もう喋れねーか。ぎゃっはっは!」


 スキンヘッドが下品な声で笑った。


「何で……」


 俺の口から出たのは何でという疑問だった。

 何でこんなガラの悪い奴らに居場所をバラしたんだ。


「んー? オッサンの家族の手足をもいで可愛がってやったらあっさり喋ってくれたぜぇ? この辺の生存者の情報やら色々とな。家族を殺すぞって脅したら人間爆弾にも志願してくれたなぁ。ま、もうオッサンの家族も死んでるんだけどな。今頃あの世で仲良く再会してんじゃねーの? ぎゃっはっは!」


「下衆が……」


 百瀬先生が顔をしかめた。先生がここまでハッキリと表情に出すのは珍しい。

 これは本気でお怒りなのかもしれない。


「目的は俺の城か? それとも食料か? 襲撃するにしてもやり方ってものがあるだろう。おかげで自慢の壁が台無しだ」


 今後この城を活動拠点にするつもりなら人間爆弾なんて愚の骨頂だ。

 こうした後先を考えない短絡的な手段に走るのも実に気に食わなかった。


 殺すことに変わりはないが、インターホンを鳴らして訪ねて来てくれたのなら、こちらも得物を鉈からメリケンサックにするぐらいの手心は加えてやったものを。


「城ぉ? 頭沸いてんのかこのガキ。遊びだって言ってんだろうが。特に安全な場所でぬくぬくと暮らしてる金持ちなんていけ好かねーしよ」


 遊び。たったそれだけのために俺が築き上げた王国の安全を脅かしてくれたのか。

 俺がここまで準備するのに何年かかったと思ってやがる。五年だぞ、五年。


 五年間、気が触れたと思われながらも必死に情報や道具を収集し、身体を鍛えてこの日のために備えてきたのだ。一部とはいえ壁をぶち壊しにした罪、万死に値する。


「もういい、よく分かった。殺す」


 どす黒い怒りの感情でどうにかなりそうだった。

 事の発端が有刺鉄線の設置作業を急くあまり、迂闊に姿を見られてしまった自分にあるのかと思うと余計に腹が立つ。


「あぁ? 誰が誰を殺すってぇ? ぎゃっはっは! この人数相手に勝てると思ってんのかよ! どう考えても勝て……痛え!? テメ人が喋ってる途中で何を!?」


 俺は懐に忍ばせていた投げナイフをスキンヘッドに向かって投擲した。

 ナイフは手に命中し、スキンヘッドは持っていた金属バットを落とした。

 相手はバイクに乗った男が六人。武器は金属バットに割れた酒瓶が中心か。


 連中は絵に描いたような凶相で体格もそこそこ良いが、この程度ならどうにでもなる。

 対人戦は初めてだが、勝てるという自負はあった。鍛え上げた肉体を信じて戦えばいいだけだ。たっぷりと経験値をいただくとしようではないか。


「シンヤ君!?」


 取り巻きの一人が心配そうに声をかけた。

 どうやらスキンヘッドのリーダー格はシンヤという名前らしい。


「くそっ! このガキを殺せぇ! だが女は生かしとけよ! こんな上玉めったにいねぇからな。後でガキの死体の前で楽しみまくってやるわちくしょう!」


「っしゃああああああああああああ!」


「殺してやらあぁぁぁぁあああああああああああ!」


「ひゃっほぉぉぉおぉおおおおぉぉぉおおおおおお!」


 再び世紀末じみてきた。まぁ、というわけで始まってしまった。

 ちなみに百瀬先生は素手だ。人間相手には徒手空拳の方が慣れているらしい。……慣れてるって何だ?


「死ねガキがぁぁぁああああ!」


 さっきシンヤ君の名前を呼んでいた男がまずこっちに向かってバイクで突っ込んできた。どうやらそのまま撥ね飛ばす算段らしい。

 馬鹿が。突進の勢いがあればどうにかなるとでも思っているのか。勢いがついてるのはこっちにとっても好都合なんだよ。


「オラァッ!」


 俺はその場で跳躍し、側頭部に飛び後ろ回し蹴りを見舞った。


「ぐえっ!?」


 バイクでスピードが出ていた分、衝撃も大きかったらしい。男は転倒し、バイクだけがしばらく走った後で壁にぶつかって動きを止めた。また壁かよ。後でエンジンを止めにいかないとな。


 蹴りをまともに食らったのか、バイクから落下した際に頭の打ち所が悪かったのか、男は白目を剥いて痙攣していた。

 口と鼻と耳からは崩れた豆腐のようにドロっとした、出てはいけないゲル状の赤みを帯びた何かが飛び出ている。


「ちゃんとヘルメットを被らないからそうなるんだ」


 俺は無慈悲に言い放つと、男の首筋に向かって鉈を振り下ろした。直後に血飛沫が上がり、周囲が真っ赤に染まった。残り五人。……しまった。後片付けのことを考えたら首を折っておいた方が良かったな。


「なっ……!」


 だが、俺の派手な殺し方は視覚的な動揺を誘ったのだろう。連中の動きが一時的に止まっていた。

 そういえば多人数を相手に戦う場合、最初に雑魚を一匹徹底的にボコるか、一番強い相手を倒せば集団の戦意は低下すると、ネットの掲示板で脳内百戦錬磨の諸兄は語っていた気がする。図らずしも効果的なやり方だったというわけか。


「くそがぁぁああああああああああああ!」


「何してくれとんじゃガキがぁぁぁぁぁああ!」


「殺してやるぅぅぅぅううううううううううううう!」


 いや、まだまだ元気いっぱいだ。俺が言うのもなんだが、まともな倫理観が欠如してるような連中だから意味はなかったか。


「っしゃあああああ!」


 連中の一人が今度はバイクから降りて、金属バッドを振りかぶりながら襲いかかってきた。こいつも馬鹿か。バットを振り下ろすのと鉈で斬りつけるスピードのどっちが速いと思ってやがる。俺は速やかに腹部を斬りつけた。


「ぎっ!?」


 剣道で言うところの逆胴で一本だ。大きく掻っ捌かれた腹から鮮血と共にバシャア、と臓器がこぼれ落ちてきた。男は呻き声を上げると、腹部を押さえながら蹲るようにして絶命した。


「こいつ人間じゃねえ……」


「怯むな! ぶち殺せえ!」


 シンヤ君が怒号を飛ばしている。これで残り四人。いや、三人か。たった今、百瀬先生が一人倒した。足払いで転倒させたところを相手の割れた酒瓶を利用する形で踏みつけて急所を刺し貫くという、極めて合理的な手際だった。さすがに頼りになる。


「痛ぇええ!? まだ他にいやがったのか!?」


 そして離れたところで固まっていたシンヤ君と残り二人のところに、屋上に潜んでいた真島がボウガンを射ち始めた。


「シンヤ君! いったん退こう! こいつらやべえよ!」


 少しは使える頭を持ってる奴がいたらしい。

 戦況が不利と見るや退却を進言した。だが、シンヤ君の意見は違ったようだ。


「あぁあ!? ガキと女に舐められてたまるかよ! クソッ、俺がケリをつけてやる!」


 いよいよシンヤ君のお出ましらしい。

 俺の投げたナイフで右手を負傷しているが、大丈夫なのだろうか。


「少しは楽しませてくれるんだろうな?」


 シンヤ君は俺よりも身長がある。見たところ百八十センチ前後といったところか。


「ガキが調子に乗りやがって!」


 ここでシンヤ君がバイクに括り付けていた物を見て俺は驚愕した。

 日本刀……。その刀身は惚れ惚れするような輝きを放っていた。


「それ本物ですか?」


 急に敬語を思い出した俺が尋ねた。


「あぁ? ったりめーだろが。つか、だったら何だってんだよ?」


「欲しい……」


「あ?」


「欲しいです。自分が勝ったら譲ってもらいますね」


 さすがの俺も今まで真剣だけは手に入れられなかった。

 ゾンビ映画で何度見たか分からない日本刀。外国人は大好きなのか、低予算の作品でもよく目にしたものだ。欲しい……。コレクションに加えたい……。


「やってみろクソガキが!」


 日本刀を構えたシンヤ君が距離を詰めてきた。

 真島には敵が接近したら狙うなと言いつけてあるので、援護は期待できないだろう。


「これは楽しめそうだ」


 俺は舌舐めずりをしながら鉈を構えて対峙した。これではどっちが悪者なのか分からない。


「殺してやる……殺してるやる!」


 血走った目でシンヤ君が近づいてきている。

 左手で刀を力強く握り、痛めた右手は軽く添えているだけだ。負傷しているとはいえ、あの雑な構えを見る限りでは楽しめそうだという前言は撤回せざるをえない。完全に素人だ。


 俺も剣に関しては素人に毛の生えたレベルだが、ネットで取り寄せた教本と付録のビデオに出てきた達人を心の師と仰ぎ、知識を蓄えて修練も積んだから少しは心得がある。


「がっかりだな」


 とはいえ、油断は禁物だ。剣道の有段者も、真剣同士の戦いになれば素人が相手だろうと勝てるか分からないと口を揃えて言うらしい。

 常識では考えられないような動きをするというのが主な理由だ。


「うわぁぁぁああああ!」


 互いの制空圏がぶつかりそうになったところで、シンヤ君はガムシャラに刀を振り回し始めた。なるほど。これは確かに予想外の動きだ。


 これはまずい。できれば無傷で手に入れたいのだ。刃こぼれは避けたい。

 落ち着け。冷静に太刀筋を見極めて……。


「今だ!」


 俺はシンヤ君の懐に低く潜り込み、すくい上げるようにして刀を握っていた左手を斬りつけた。


「ぐあぁ!?」


 たまらずに刀を落としたところで胸部に向かって鉈を振り下ろすと、シンヤ君は二度と喋れなくなった。これで日本刀は俺の物だ。


 残すは二人。いや、一人か。丁度今しがた百瀬先生が一人倒した。

 男の後ろから組み付いて絞め落としたのだ。その手の被虐嗜好がある人間にはたまらないものがあるかもしれない。絞殺されるまで味わいたい奴は稀だろうが。


 残り一人。最後の一人だけは生け捕りにして色々吐かせてやる。

 あれ、姿が見えないぞ。確かにさっきまでもう一人どこかにいたはずだ。


「先生。あと一匹いませんでしたか?」


「すまない。戦闘に必死でそこまでは……」


 百瀬先生も人の子というわけか。

 まぁ、俺もシンヤ君との遊びに夢中だったから人のことは言えない。


「真島! あと一匹どこに消えた!?」


 屋上からならよく見えるはずだ。

 しかし、真島からの返答はなかった。


「動くな! お前らこいつがどうなってもいいのか!?」


 その時、玄関のドアが開かれて男が出てきた。さっきシンヤ君に退こうと進言していた男だ。浜崎の野郎、俺たちが外に出た時点でドアの鍵を閉めなかったな。


 男の手には黒光りする拳銃が握られていた。そうか……あの作業着の男から奪ったのかもしれない。なぜ最初から使用しなかったのだろうか。


 単純に忘れていたのか、女子供が相手だと侮っていたのか。

 いずれにせよ、この男はもう終わりだ。


 男に羽交い締めにされていたのは三崎だった。

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