第十二話 半グレ集団VS.ひきこもり
十月二十四日午後一時。
俺は自室で『解離性同一性障害』について調べていた。
三崎……いや、サキ。あの女はヤバすぎる。
どう考えても危険だ。しかし、サキになる条件は大体分かった。要するに刺激しなければいいのだ。
不本意ではあるが、紳士的に優しく接していれば問題ないだろう。
「黒沢ァ。このゲームむずすぎ!」
浜崎と真島は俺の部屋でゾンビを倒すアクションゲームに興じている。
呑気に思われるかもしれないが、俺はゾンビ関連の物事に携わっている限りは比較的寛容だ。これはこれで良い教材になる。
十月二十四日午後二時。
「ほぅ、皆で仲良くゲームか」
部屋を尋ねてきた百瀬先生が感心したように言った。
「いや、仲良くというわけでは……」
気がつけば俺も参戦して一緒に遊ん……勉強していた。こいつらが下手すぎて見ていられなかったからだ。協力プレイなんて生まれて初めてだった。
ちなみに二つ目のコントローラーはゲーム機を買った時にオマケで付いてきた物だ。今まで使用したことは一度もなかった。
「黒沢。友達ができて良かったな」
「だからそういうのじゃないですって!」
「ヘヘッ、黒沢ァ。今日の友達料五千円な」
殺すぞ。友達なんてこっちから願い下げだ。
「黒沢。せっかく仲良くなれたところをすまないが」
百瀬先生が申し訳無さそうに言った。
そろそろ錯乱して暴れてもいいだろうか。
「何でしょう?」
「われわれは明日避難所の宝田デパートに向かう予定だ」
「本当ですか!? それは嬉し……残念ですね」
「どうやら本音が隠しきれていないようだな」
朗報だ。今日の泊まりを含めて二泊三日か。
俺には永遠の時間のようにも思えたが、日数で見ると意外に短かった。
食料でも水でも何でも持たせてやるからさっさと出て行ってくれ。
特に今後サキとかいう化け物の心配をしなくて済むのは助かる。
「そんなことはないですよ。お気をつけて」
「ああ、黒沢もな。残り一日よろしく頼む」
「はい!」
俺は今までで一番明るく返事をした。しかし、予定はあくまでも予定に過ぎない。
世の中何が起きるか分からないものだ。それを俺はほんの三十分後に思い知らされる羽目になった。
十月二十四日午後二時三十分。
遠くからブオンブオン、というバイクの騒音が複数聞こえてきた。
世界がこんな状況になった今でも暴走族という人種は元気に走り回っているのか。
元気があってよろしい、などと呑気に思えたのは一瞬だった。
「だんだん近づいてきてない?」
不穏な空気に気づいた真島が顔を上げた。確かに近づいている。
まるでこの家に向かって来ているような……。
「真島。すぐに皆をこの部屋に集めてくれ」
「うん!」
俺が真島に声をかけたその時、外の監視カメラが集団の姿を捉えた。バイクは全部で七台。先頭のバイクに乗っていた人間の身体は炎で燃え盛っていた。何だあれは。どういう状況なんだ。
先頭のバイクはスピードを落とすことなく、真っ直ぐ我が家の壁に向かってきている。そして炎上した人間が乗ったバイクは壁に激突するや否や派手な音を立てて爆発し、壁の一部が崩壊した。
「何ぃぃぃいいいいいい!?」
その光景を見ていた俺が声を張り上げた。なんで。どうして。
何の目的があってこんなことをする? 何故よりによってわが家なんだ?
「ぎゃっはっは! 人間爆弾だいせいこー!」
直後に外から歓声が聞こえてきた。
ニンゲンバクダンって何だ……?
目の前の状況と耳慣れない単語に頭の処理が追いつかなかった。
「ひゃっほぉぉぉおおおおおおおおおおおお!」
幸い火は庭に延焼しなかったようだが、煙が弱まるなり他の連中がバイクで敷地内へ侵入してきた。まさか侵入するためだけに人間を一人犠牲にしたというのか。
「黒沢。何が起きた?」
騒ぎを聞きつけた百瀬先生、それに川中と三崎が部屋にやって来た。
「どうやら侵入者のようです」
連中は今や庭をバイクで好き勝手に走り回っている。
俺の愛する畑をタイヤで容赦なく蹂躙しているのだ。
「こんなバカでけえ家に住んでるやつって、ぜってー金持ちなんだろうなァ! 殺してえ!」
リーダー格に見えるノーヘルでスキンヘッドの強面が叫んでいた。
「黒沢くん! お庭の畑が!」
慌てた様子で川中が言った。
言われなくても分かっている。
この程度のことで狼狽えるんじゃない。
「落ち着け、大丈夫だ。俺が植えた愛する野菜たちはそんなにヤワじゃない。踏まれても踏まれても強く真っ直ぐに……って育つかボケ! 麦の穂じゃねえんだからよ!」
俺は怒りのあまり椅子を蹴飛ばした。
「黒沢くんが壊れた……」
「ひい!?」
川中が後退り、三崎が怯えた声を出した。
三崎……そうだ三崎だ。なぜサキにならない?
今は猫の手も借りたい状況なのだが、この程度ではサキにならないということなのか。
ならば俺が三崎の腹にパンチを一発食らわせるというのはどうだ。このどさくさに紛れて腹パン一発いっとくか?
いや、問題がありすぎるだろう。
下手をすれば真っ先に俺がサキに殺されてしまう。
迷っている暇はないか……。
俺は深呼吸すると、百瀬先生に向き直った。
「先生。間違いなく自分は今から人を殺すことになりますが、けっして止めないでください」
もう我慢の限界だった。椅子を蹴飛ばして頭が冷えたことで、俺はようやく今の危険過ぎる問題が見えてきたのだ。現時点で既に三つの大きな問題が発生している。
まず第一の問題。言うでまもなく侵入者たちだ。確実に話し合いの通じる相手ではない。何せ発火した人間を特攻させてくるような連中だ。人を殺すことに何の躊躇もしないだろう。連中を殺さなければこっちが殺される。
続いて第二の問題。感染者たちの脅威だ。あの派手な爆発音を聞いた付近のゾンビ共はこぞって大挙してくるだろう。侵入者たちとの戦いが長引けば長引くとほど接近する時間を許してしまうことになる。周辺にどれだけのゾンビがいるのかは知らないが、非常に好ましくない状況だった。
そして第三の問題。崩壊した壁の修繕だ。見たところ崩落した壁には一メートル規模の空間が出来ている。人が出入りするには充分すぎるほどだ。このままではゾンビ共もフリーパスだろう。あの壁を速やかに修復しない限りは夜も安心して眠ることができない。
たった一発。たった一発の人間爆弾とやらでここまでの問題を引き起こしてくれたのだ。皆殺しにしなければ俺の気が済まない。
百瀬先生……。自分は模範的な生徒ではありませんでした。というか学校には一日しか通っていません。そんな自分がこれまで犯罪に手を染めなかったのは一重に百瀬先生のご指導ご鞭撻の賜物であり、大変感謝しております。
しかしそんな自分も今回ばかりは人を殺すことになるでしょう。ご迷惑をお掛けいたしますがご理解とご協力の程何卒よろしくお願い申し上げます。
「待て黒沢」
完全に思い詰めていた俺を百瀬先生が止めた。
「止めないでください!」
「私も行く」
決然とした口調だった。力強い意思が目に宿っている。
それは頼もしいことで……。
「分かりました。よろしくお願いします。他に行きたいやつは?」
「い、いや……」
俺が見回すと、他の者は気まずそうに目を逸した。まぁ無理もない。何せ死ぬかもしれないのだ。状況を考えれば家の中で迎撃する方が好都合なのだが、足手まとい共のことを考えると正面切って外に出て戦うしかない。
それ以上に俺の壁を破壊しやがった輩を土足でこの聖域に踏み入れさせるなどプライドが許さなかった。外で片を付けてやる。
最終的に皆殺しにしてやるつもりだが、一匹だけはしばらく生かしておいて道具箱に詰まった拷問セットで存分にもてなしてやろうじゃないか。色々と聞きたいこともあるからな。
「黒沢君。何か僕にできることはないかな?」
真島が震えながら言った。
どうにか役に立ちたいらしい。
「ならこれを使って屋上から援護してくれ」
俺は無骨なクロスボウを真島に手渡した。
クラスメイトの中ではこいつが一番器用そうだ。
「こ、こんなの使ったことないよ」
「使い方は簡単だ。弦を引いて金具にひっかけるだろ。それから矢をセットしてトリガーを引けば勝手に飛んでいく」
俺は矢を射出させる手前まで軽く実演してみせた。
「何でこんな物持ってるの? いつかニュースでやってた川の鴨を射った犯人は君だったりして……」
「俺じゃねえよ!」
天下無敵のひきこもりだぞ。いつ外出するというのだ。
そして今はふざけている場合ではない。
「あはは、冗談だよ。やってみる!」
真島が精一杯の笑顔で言った。
なかなか肝が据わっているではないか。
「俺たちが連中に接近してる時は狙うなよ? 誤射されたらたまらんからな」
「了解!」
頷いた真島が屋上に移動を開始した。
「黒沢。オ、オレはどうすりゃいい?」
おろおろとした様子で浜崎が尋ねてきた。
「お前は雑魚を……じゃなくて、川中と三崎を守って籠城してろ。いいな?」
「ろーじょーってなんだ?」
「家の中にひきこもれってことだ!」
「わかった!」
まったく調子が狂う。
俺は再び深呼吸すると、使い慣れた鉈を片手に百瀬先生と共に外へ出た。
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