タイムパトロールおっさん

桁くとん

酔っ払いおっさんの与太話




 まあまあまあ、帰るなんて言わないでくださいよ、田中さん。


 今日サシ飲みに誘ったの私ですし、せっかく田中さんに付き合ってもらったんですから、田中さんに払ってもらおうなんて思ってないですし。

 私、ここの居酒屋、常連なんですよ、当然奢りますから。


 まだ、田中さんを飲みに誘った本題も話してないんですから、ね、ね、お願いしますよ。


 チエちゃ~ん、こちらにハイボールもう一杯追加で!

 俺には瓶ビールもう1本持ってきて。


 あ、田中さん、ここ軟骨つくねが絶品なんですよ、チエちゃん、軟骨つくねも2つ!



 ……じゃあ、改めて、乾杯! ってね。



 言うことがあるなら早く言えって?


 いや、そんないきなり本題ってのも……


 え、退職するのかって?


 いやいや、そんな、すぐ辞めようなんて思ってませんよ。

 まだ入って一か月ですし、私みたいな65過ぎて定年迎えた者を雇ってくれるところもそうそうすぐ見つかる訳でもないですしねえ。

 フォークリフトの資格も活かせますし、上司の田中さん、あなたも若いのに本当に良い人で。

 気に入らないから辞めるなんてこたあないですよ。


 ん、何ですか田中さん、舌打ちなんかしてえ。


 え、他のパートさんから苦情が出てる?

 細かくて面倒臭い力が要る仕事をしないでフォークリフトにばっかり張り付いてる、ですって?


 ……いや、まあちょいと前の職場で腰やっちゃったせいで、かがむ姿勢がキツいって事情もあるんですが……はい、まあ、これからはなるべく他の人たちの仕事も手伝うように気をつけますよ、田中さん。

 私なりに他のパートさんとも仲良くやってるつもりだったんですがねえ。


 え?

 パートさん達に「お姉ちゃんのいる店に飲みに行く話ばっかりしてて下品で嫌だ」って、私そういうふうに言われてるんですか?

 いやいや、パートのマライさん達も喜んでたと思ってたんですけどね。

 最近の飲み屋のお姉ちゃん達ってタイの人多いんで、マライさん達も同郷だから、てっきり同郷の人たちの話ってことで喜んでるのかと。

 すごく笑ってましたし。


 ……ええ、すいません、もうパートさんにそういう話するのは止めときますよ。

 まあ、確かに私は結婚も出来ずこの年までずーっと独り身で、確かに場を弁えた話題が出来てりゃあ、誰かと所帯持つ、なんてことも出来てたかも知れませんけど。


 ええ、まあ私の外見ナリで相手見つけるのがキツイってのも、よくわかってますけどね。

 こりゃ手厳しいなあ。


 ま、そんなこんなで田中さんみたいな新婚さんって私からしたら羨ましい限り、って20年前なら思ってましたけど、今となってはもう別世界みたいなもんで。


 ええ、もう結婚なんて完全に諦めてますよ。


 田中さんとこ、子供産まれたらきっと立派な人になりますよ、東大とか入るんじゃないですかねえ。


 いや、別に辞めさせられそうだから媚びてるって訳じゃないですって。


 まあ、確かに私の働きは周囲から見てあんまり良くないってのも、田中さんのお話で良くわかりましたけど。


 早く本題を言え、ですって?


 ……そうですねえ、私もあんまり頭良くないんで、誤魔化したりもできませんし、ストレートに言っちゃいますが……



 実は私、ダブルワークしてるんですよ。


 ええ、田中さんとこの食品工場以外に、もう一個掛け持ちしてるんです。

 って言っても、滅多に仕事無いんですけどね。


 ああ、田中さんとこに迷惑かかるような仕事じゃないんです。

 いや、就業規則には反してないと思いますよ、面接の時社長に確認して、私みたいなフルタイムパートは掛け持ちしても問題ないって言われてますし。


 聞いてませんか?

 まあ社長は働いてくれるなら誰でもいいって感じでしたからね。

 社長はワンマンですし、報連相が大事とか言いつつ自分じゃ全くやってないのは1か月も経てばわかりますって……田中さんも社長に苦労させられてますもんね。


 ええ、見てりゃわかりますよ、福利厚生とか全然社長気にしてないですもんね。

 田中さんも正社員だってのに休みなんて日曜取れればいい方でしょ?


 新婚なのに奥さんとお楽しみの時間も作れないんじゃないですか?


 ……いや、すいません、口が滑りました‥…

 ……ええ、こういうデリカシーが無いところが私の良くないところでして……本当に申し訳ありません。


 あ、ちょっと、もう少しだけ、もう少しだけ付き合って下さい!

 もうあと10分だけ、それだけでいいですから!


 いや、今度こそ本当のこと言います。


 私、時空警察の者なんです!


 ……え?


 時効になった事件を捜査する?

 それは時効警察ですよ、やだなあ。

 オダギリジョーが趣味で時効事件を捜査するドラマですよ。私がまだ結婚に未練があった頃やってたドラマですけど、田中さん、その年でよくご存じですね。


 え、御父上がDVDボックス持ってたんですか?

 それはそれは……御父上も小劇団好きなんですかねえ?

 御父上はお幾つに?

 ああ、私より7も下ですか……


 じゃなくて時空警察なんですよ。

 そうだなあ……まあ藤子Ⓕ不二雄先生のマンガのタイムパトロールみたいなもんって言ったらわかります?


 いや本当なんですって!


 私のダブルワークのもう一つが時空警察なんですって!



 ……まあ信じられないのも当然ですけど、あと5分、5分だけ私の話聞いて下さいよっ!


 ええ、ええ、わかりますよ、私みたいな頭の悪い、何の取柄もなくウダツの上がらない定年過ぎの独身男が時空警察だなんて信じられないっていうのは!


 でも本当なんです!


 いや、田中さんの会社に提出した履歴書に嘘は書いてません。

 昭和33年生まれで工業高校卒業後、自動車修理工場を転々として運送業っていう経歴はその通りです。

 他の時代から来た訳じゃないし、他の時代に研修で行ったりしたこともありません。

 生粋のこの時代の人間ですよ。


 タイムパトロールって説明の仕方がちょっと悪かったですかね、えーっと……あっ、 岡っ引き!  


 そうそう、私、時空警察の岡っ引きみたいなもんなんです。


 ご存じですよね、岡っ引き?


 え、ご存じない? 銭形平次とか。


 何で時効警察は知ってるのに銭形平次はご存じないんですか……。世代なんですかねえ……


 まあいいや、田中さん、時代劇、何かご存じです?


 そうそう、鬼平! 鬼平でいいや!


 鬼平配下の密偵の五郎蔵とか彦十みたいな、っと、「鬼平の名前は知ってるけど、見た事ない」って、う~ん……


 鬼平ってのは鬼の長谷川平蔵って言って、江戸幕府の火付盗賊改方っていうお役人です。

 配下にいる同じ武士の役人を与力や同心っていうんですけど、その下に町人の協力者がいて、それを目明しとか岡っ引きって言うんですよ。


 私はだから、本当は時空警察っていう公務員じゃない、民間の協力者って訳です、この時代のね。


 いや、まあ信じられないとは思いますけど。

 って言うか、時代なんて大層な言葉、自分でも言ってて恥ずかしいんですよ。

 実際、警察に問い合わせたところで、決して警察も認めないですけどね。


 ええ、時空警察っていっても、今の警察の一部署ですよ。

 一部署どころか、けっこう窓際なんじゃないですかねえ?

 私の面接担当した人しか、見かけませんでしたもん。その人も、覇気が無くて風采上がらない人でしたねえ。


 私みたいな者が他にもいるのか、ですか?


 いや、何人かはいるんじゃないですか? それらしいことは言ってましたよ。

 でも、会った事はないですし、そんな大勢いる訳でもないみたいですよ、どうも一応は採用するにあたっての条件があるみたいで。


 その条件?


 いや、それは勘弁してくださいよ。

 そんな大層なものじゃないんです。というより、うーん……


 ま、いいか。別に。


 私みたいにもう結婚は諦めている人間で、ある程度年が行っている者、らしいですよ。


 何でそんな条件なのか、までは詳しく聞いてませんよ。



 え? そんなショボい人たちで大層な時間犯罪を防げるのか、ですって?


 なんかねえ、そんな大層な時間犯罪っていうんですかね、ありがちなやつだと本能寺の変を起こさせない、みたいなやつ。

 あれなんかは実際やろうとする犯罪者、殆どいないんですって。


 考えてみて下さいよ、それやって、やった奴に何かトクなことってあります?

 まあ織田家の子孫だったらありますけど、それ以外の人間で。

 別にトクすること、無いでしょう?


 まあ今の世の中の犯罪、闇バイト強盗とか見てるとわかると思いますけど、犯罪に走る動機って結局カネが欲しいってことが多いらしいですよ、未来になったとしても。人間の本質ってあんまり変わらないみたいですねぇ。


 それに、そんな歴史改変みたいな重大な出来事、やられてしまったら後世の時空警察からすると認識できないんですって。

 つまり変えられてしまった瞬間から新しい歴史が上書きされてその歴史が正統なものになってしまうから、変わったかも認識できないそうなんですよ。


 それに未来になったら一般人でも自由にタイムマシン使える世の中って訳でもないみたいで、タイムマシン使えるのって国家規模の組織くらいみたいですよ。やっぱり運用するのに膨大なエネルギー必要らしいんで。

 でまあ、国家が歴史改変しようとしたら、そんなの前の時代の警察なんかにゃ止められないんでねえ。未来の警察も当然その時の国家とグルなんで、タイムマシンが無い時代の警察にゃ情報送ってくれませんから。

 未来のタイムマシン運用国家間では、自分とこの国に有利になるように歴史編集合戦とかやってるんじゃないですかねえ。

 ま、その場合も前の時代の警察に出来ることなんて微々たるもので、主に動くのはその時代の軍隊とかになるんじゃないですか。


 え、スタゲ?

 シュタゲ? しゅたいんずげーと?

 いやー、すいません、私そのアニメだかゲームは触れたことないんで、よくわからないんですが、私が言ったことと何処となく似てる内容なんですか?

 いや、決してそれパクって話してる訳じゃないです、私が話したの、あくまで私の時空警察の上司に聞いた内容なんですから。


 信じられない?

 ……そうですか、ま、仕方ないですよね。


 ま、何にせよそんな訳なんで、私みたいな頭悪い者が出来ることっていえば、その未来のタイムマシン関係者の個人的で突発的な時間犯罪を止めるお手伝いする、ってことぐらいなんだそうですよ。



 って、あ、田中さん、どちらへ?


 もうこれ以上は戯言にゃ付き合ってられない、ですか?


 ま、確かに信じられないでしょうねえ、私も飲み屋の隣の席のオヤジがそんな話してたら、この仕事始める前だったらハナで笑ってバカにしてたと思いますよ。


 ああ、もう21時半になってますね。

 すいません長々お引止めしてしまって。もう10分余裕で経ってました。


 言った通り、ここの勘定は私持ちますから。

 最後に残った軟骨つくね、食べちゃってください。


 え、美味しいのに。じゃ私片付けときますよ。


 わかりました、明後日の月曜から、注意されたことには気を付けて、心を入れ替えて誠心誠意仕事に取組みますんで、はい。


 いや、与太に聞こえますけど、本当なんですって。

 ……はい、わかりました、職場で他の人にはこんな話しませんって。


 ええ、私の評判が更に落ちちゃいますもんね。

 ええ、ええ、一緒に働いてる人の信用失ったらやってけませんから。


 今日は付き合ってもらって有難うございました。お気をつけて、また月曜よろしくお願いします。






「チエちゃーん、瓶ビールとたこわさと、ホッケちょうだい」


「ワクさん、いいの? また職場の上司にあんな与太話して~。何かあの人めっちゃ不機嫌だったじゃん」


「いいのいいの。だって俺、本当に時空警察の協力者だも~ん」


「何言ってんの。定年後に入った職場、どれも3カ月もたずに転々としてるくせに。毎回毎回自分より年下の上司に与太話して怒らせて、情けなくないの?」


「だってそれが時空警察の協力者の仕事だも~ん」


「良く言うわ。ワクさん、年金だけじゃ生活厳しいんでしょ。ちゃんと仕事続けないと」


「だから~、時空警察の協力者なんだってえ」


「はいはい。言ってなさいよ」





 まあ誰も信じないよなあ、時空警察なんて話。


 実際タイムマシンなんて、俺も本当にあるかどうかなんてわからんし。


 ただまあ実際中央署のあの警部に俺は雇われてはいるんだよなあ。


 ま、毎日の飲み代と、今日みたいに警部に指定された相手を指定された日、決まった時間まで一緒に飲みに連れ出すだけで安いが日当貰えるんだから有難い。


 まあ指定された相手の職場に入らなきゃならんのが面倒ではあるよなあ。


 今の食品工場、けっこう続けたいんだけどなあ。時給いいし。

 ちょっと田中の若造、怒らせたみたいだけど、まあ別に構わんし。

 パートのマライのおばちゃん、自分も下ネタ言ってゲラゲラ笑ってるくせに上の者には人のこと下品だってチクってるの、女の嫌なとこって世界共通だなあ、ホント。


 ま、今の食品工場、警部から何か連絡来るまでは続けてりゃいいか。


 しかし、今日のアレでホントに時間犯罪防げてるものかねえ。一応警部に指示された21時半まで田中の若造引き留めるのは、何とか出来たけど。


 でも、あの警部が言ってるのもマユツバもんだけどな。

 この時代に来る時間犯罪者ってタイムマシン開発の第一世代が殆どで、突発的な犯行――タイムマシン開発とその後の管理でストレス溜まって自殺しようって時に、自殺代わりに親を殺しに来るケースばっかりだ、ってえのは。

 開発初期のタイムマシンだから時間遡行に限界があって、出現時間も短時間だから指定した時間だけマルタイ被害予定者を犯行現場になりがちな自宅から連れ出せばいい? ホントかねえ。


 まあでも最近の世相を見てると、若い奴らは痛い苦しい辛いってのはとことん避けるようになってるみたいだし、時代が進んでもきっと変わらん、むしろエスカレートする一方で、自殺する時の痛み苦しみってのも自分以外の他人におっ被せよう、それが嫌いな自分の親だったら当然の報い、って考えるようになっちまうってのは、まあそうなんだろうなあ。


 しかも殺す対象は殆どの場合は男親って、男親って奴は不憫だねえ。

 まあ、田中の若造なんざ殺されようが別にかまわんけどな、偉そうぶるしか能がないガキだし。

 しかし田中の若造んとこの、これから仕込んで産まれて来る子供がタイムマシン研究者になるっての、ホントかねえ?

 あんな田舎の食品工場の主任の子が。

 本当にトンビがタカ産むってこともあるってことなんかねえ。

 まあでもうつこじらせて親殺しに来るってことは、結局田中の若造、子供の育て方を何だかんだ間違っちゃったてことなんだろうな。イヤミったらしくネチネチ怒ったりとか、田中の若造の職場での調子見てりゃ察しがつくわ。

 てめーの自業自得を助けてやってるんだから、ホントは田中の若造に泣いて感謝されてもいいくらいのことを俺ぁしてるよな、まあ飲んで駄弁っただけだけど。


 ま、この仕事に就ける条件も、親殺しのパラドクスに絶対に当てはまらない者、俺達みたいな独身お先真っ暗確定の人間だけっていうのも、不憫っちゃ不憫なんだよなあ……警部にそう言われた瞬間、実はホンのチョット残ってた誰かとネンゴロになれるかもって望み、完全に打ち砕かれたもんなあ……俺、ホントーに不憫。誰も言っちゃくれないけど。


 ま、いいか。


 この仕事時空警察やってたら老い先短い中、どうにか死ぬまでは飲むに困らず細々生きてけるってもんだからなあ。


 さっきまで田中の若造に媚びて飲んでたから、酒の味もマズかった。

 美味い酒、飲み直そう。



「チエちゃーん、瓶ビールとたこわさとホッケ、まだぁ?」











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