カラミティ“ウィッチ”クイーン・イン・ザ・ダーリンシンドローム

ぬゑ

竜の黄昏《ドラゴンシフト》①






「悠! 時間!」


 朝から牧原栞の声が玄関に響く。

 声の大きさから察するに、どうやら相当お怒りのようだ。


「わかってるって! 急かすなよ!」


 慌てて制服の上着を羽織り、玄関を飛び出す。

 玄関前で待っていた栞の眉は両端がやや吊り上がっていた。


「遅いよ! また寝坊したの!?」


「ええと、目覚ましは付けてたんだけど、スマホが壊れてだな……」


「その言い訳は昨日も使った! もう少しマシな嘘ついて!」


「あーもう! 悪かったよ! 寝坊したんだよ寝坊!」


「開き直らないでよ!」


 俺と栞は、すっかり人が少なくなった通学路を全力で駆け抜ける。

 こうして二人揃って走るのは、もう何度目だろうか。少なくとも二桁は確実だろう。

 俺と栞は家が隣同士であり、幼稚園からの腐れ縁だ。小さい頃から遊んでいたし、中学まではお互いの家を行き来もしていた。いわゆる幼馴染というやつだろう。

 何の因果か、高校すらも同じとなった俺達。栞は律儀に家に迎えに来てくれている。

 おかげで頻繁にこのザマである。主に俺のせいではあるが。

 さっさと見捨ててくれればいいものを、人が良いというか何というか。

 

 しばらく走った俺達は、間もなく学校というところで生憎の赤信号に引っかかる。気持ち的には無視して渡りたいが、朝の通勤ラッシュがそれを許してくれなかった。しかしまあ、ここまで来れば後は歩いても間に合うだろう。何とか遅刻は回避できたようだ。

 

「ホント、悠って昔から変わらないよね」


 栞は口を尖がらせ愚痴ってきた。


「なにが?」


「時間にルーズなところ。この前の休みだって、待ち合わせしたのに二時間も待たされたし」


「いやいや、アレは違うだろ。あの時は単に時間を勘違いしただけだったし」


「遅刻は遅刻。それに、勘違いしてたのは悠なんだし威張って言うことじゃないでしょ。まったくもう、毎朝毎朝待たされる私の身にもなってよね」


「へいへい。どうせなら、どっかのギャルゲーみたいに部屋まで起こしに来てくれませんかね」


「…………」


「……あれ?」


 てっきり怒り出すと思っていたが、反撃がない。

 ちらりと横に立つ栞を見てみる。

 栞は顔を伏せていて表情は見えないが、耳は茹でタコのように真っ赤になっていた。


「……ゆ、悠がそうして欲しいって言うなら……別に、いいけど……」


「えっ。あ、ああ……うん……」


「…………」


 気まずい。なんか無性に気まずい。そこで黙るなよ栞。頼むから。

 しかし気まずさの中に、どこかくすぐったい空気も混じる。不快ではないが、なんか色々やりずらい。口が重い。

 慌てた俺は、周囲をキョロキョロと見渡し起死回生の話題を探す。


「え、ええと……あ、ああ! 見ろよ栞! なんかすげえ人だかり!」


 好都合だ。

 少し離れた歩道に、学生の集団がいた。集団とは言ったが、尋常ではない人数である。歩道を完全に塞いでしまってるし。どうでもいいがクソ邪魔になってるぞ。

 彼らの制服の色は統一されている。

 黒い学ランに、黒いブレザースカート。どうやら別の高校の生徒のようだが……。


「……ああ、アレね」


 栞は一目で彼らの正体がわかったらしい。


「知ってるのか?」


「知ってるも何も、この辺じゃ有名でしょ? あれ、月叡館の制服だし」


「月叡館? ……ああ、そういうことか」


 そこまでヒントが出れば、さすがに俺でも理解できる。

 私立月叡館高校。

 全国屈指の進学校であり、毎年驚異的な国立大学合格率を誇る超名門校である。

 偏差値の高さで昔から有名ではあったが、去年あたりから、月叡園はその名を更に轟かせることになった――。


「ほら悠、信号変わったよ」


「お、おう……」


 信号を渡る俺達。人だかりが遠のいていく。

 横目で見送ろうとした時、一瞬だけの後ろ姿が視界に写った。


(あれは――)


 その髪は、とても美しかった。

 深い、どこまでも深い黒色。揺れるたびに輝きを放ち、長髪であるにも関わらず、毛先まで滑らか。

 ――最近になり、更に月叡館が有名になった理由。

 なんてことはない。去年、とんでもない超美人が入学したからである。

 容姿端麗、才色兼備、完璧超人……彼女を表現する言葉は数知れず。

 曰く、全国一の学力。

 曰く、プロ並みの運動神経。

 曰く、芸能人すら逃げ出すほどの容姿。

 曰く、告白千人斬り。

 数多くの噂や逸話が溢れる中、誰が言い出したかは知らないが、その姿や立ち振る舞いから、いつしか彼女はこう呼ばれるようになっていた。


「夜姫、か……」

 

 夜姫の登校は、毎朝騒がしいようだ。


 

 



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