第17話 領主の屋敷を襲撃し、強敵と遭遇する

 二日後――夜が更けたセルロアの街で、俺たちは行動を開始した。


 日中にペドロが手配した馬車にひそんで街に入ってから、俺とシュリとエルで領主の屋敷の警備状況を偵察し、襲撃の準備を整えた。

 俺、シュリ、エル、アイラ以外で襲撃に参加するのは、人狼族の村の精鋭二十人だ。


 人狼族の指揮はシュリとアイラが取り、俺とエルは風魔法を中心にサポートに回る予定だ。

 全員がフード付きの真っ黒な外套がいとうで身を包み、夜闇にまぎれながら散り散りになって領主の屋敷へ移動する。

 酒場もしまった深夜ともなると、夜道を歩くものなど憲兵以外にいない。

 だがその憲兵すらも、ここ最近で起きた多くの事件の捜査に駆り出されており、巡回に回せる人材は明らかに減っていた。


 アーガイル邸の四方を囲む壁の角で合流すると、俺たちは襲撃開始の合図を待った。


 さほど待つことなく、対角線上にある食糧庫から火の手が上がる。

 ペドロが食糧庫に仕込んだ、時限式の発火装置による火災だ。

 他の商会経由で領主の屋敷に珍しい食材を献上させたらしく、その食材が自動発火して食糧庫に火をつけ、衛兵どもを陽動する手はずだった。


 屋敷の衛兵たちが食糧庫の消火のために走っていく音が消えてから、俺たちは壁をよじ登って屋敷の敷地内に潜入する。


 敷地内の衛兵はほとんど食糧庫のほうに向かっており、奴隷のための牢獄棟には四人程度の手勢しか残っていなかった。

 連中が声を上げる前にエルが風魔法を起動し、あたり一帯を完全に無音化する。

 衛兵たちは助けを呼ぶのを諦めて応戦の構えを取るが、アイラの率いる人狼族の部隊の物量に押され、あっけなく息絶えた。


 エルが無音化の魔法を解くと、シュリが牢獄棟の扉に指をかけて言った。


「十人はあたしについてきて、みんなを解放するのを手伝って。残りは周囲の警戒をお願い」

「お待ち下さい、シュリ様。私もサポートします」


 エルが提案すると、シュリは口元に笑みを浮かべてうなずいた。

 この二日で、シュリとエルの仲はだいぶ改善された。

 二人のやりとりにも仲間としてかなり打ち解けた感じがにじむようになり、たまに口論することがあっても仲が良い同士のじゃれ合いに近くなっていた。

 二人の間にどんなやりとりがあったのかは知らないが、互いへの劣等感が解消されたのならいいことだ。


 シュリとエルが牢獄棟に入っていくのを見送ってから、俺はアイラや居残り組の人狼族と周囲の警戒を行う。

 食糧庫はまだ火の手が収まっていないようで、牢獄棟まで衛兵が戻って来る気配はない。

 俺は索敵用の風魔法で周囲に警戒のあみを張るが、やはりこちらに戻って来るものは誰もいないようだった。


 十分じゅっぷんほどして、シュリたちが牢獄棟から出てきた。

 牢獄棟でも戦闘はあったようで、シュリの手勢の中に返り血を浴びているものが何人かいたが、重傷者もおらず誰ひとり欠けていないようだった。


 シュリたちの後ろには百人近い元奴隷が連なっており、マリソルの村のものと思しき人間族が大半だったが、エルフや人狼族も合わせて十人近くいた。

 人狼族やエルフだけでなく、一部の人間の女も妙になまめかしい衣装を着せられているのは、ナイジェルが目的で彼女たちを使役しえきしていたからなのだろう。

 それ以外の人間たちはボロ切れのような服を着せられており、かなりみすぼらしい格好をさせられていた。

 俺が領主だった頃に牢獄棟を使っていた記憶はないのだが……ナイジェルの野郎、領主になった途端、自分の性奴隷までここに移送してきたらしいな。


 シュリとアイラが先導して奴隷を壁の外に逃がしている間、俺とエルで周囲の警戒を行う。


「思ったよりも楽勝だったな」

「ナザロ様の本気の作ではないとはいえ、こちらの手勢はみなステータス強化の薬を飲んでいますしね。国境線の領地といえど、精鋭がいなければ相手にならないかと」

「まぁ精鋭が残ってたところで、って気もするけどな……」


 アーガイル領は国境線の領地だってのに、守りの要衝ようしょうって感じでもないからな。

 王国としても、こんなへんぴな土地を取られても構わないってことなんだろうが、にしても軍備が手薄すぎる。

 流行り病が蔓延まんえんしたせいで、駐屯軍が感染を嫌って王都に帰ったって事情もあるが……このあたりを上手く処理できなかったのは、前領主である俺の責任でもあるな。

 ま、今となってはその俺が領主の屋敷を攻める側になっているのだから、人生がなにが起きるかわからんもんだな。


 と。


 風魔法の警戒網の中で、わずかな大気の揺らぎを感知した。

 エルのほうを見やるが、彼女のほうはなにも気づいていないらしく、俺はとっさにエルを後ろに下がらせた。


 同時に――牢獄棟の向こうから、が月を背を宙空に舞い上がった。

 赤い外套がいとうで全身を覆ったそいつは、牢獄棟の屋根に着地すると、俺たちを見下ろしてくる。


 そいつは俺たち同様、フード付きの外套で頭まですっぽりと覆っているため、男なのか女なのか見た目では判断がつかなかった。

 背丈も男の平均身長くらいあるが、腰からげた刀に触れる手には骨ばった感じは見えない。


 ……にしても、いったい何者なんだ、こいつは。

『鑑定』スキルを使って相手のステータスをのぞこうとしているのだが、どうやら身にまとった赤外套が『鑑定』を阻害する魔道具のようで、相手の素性がまったくわからない。

 こんな派手な外套を身に着けた衛兵も、刀をげた衛兵も、俺が領主の頃に見た記憶はないが……ナイジェルのやつが新たに雇ったのだろうか。

 だが、だとしても不自然だ。

 立ち姿や雰囲気からしても、明らかにここの衛兵なんて仕事をやるようなレベルの実力ではない。そんなやつが、わざわざナイジェルなんかを主に選ぶだろうか?

 あんなバカ領主に仕えるくらいなら、自由気ままな冒険者生活をしていたほうが人生楽しめるってもんだろう。

 仮に冒険者だとすると、相当な上位に位置する腕前なのは絶対に間違いない。


 赤外套の人物は素顔をフードで隠したまま、ハスキーな声で俺たちに問うてきた。


「牢獄棟を襲って奴隷を逃がす……でござるか。おぬしたちの目的は、いったい何でござる? まさか、奪った奴隷を転売する……なんてつもりではござるまい?」

「……そうだって言ったら、お前はどうすんだ?」

「決まっているでござる」


 言うと同時に――


 屋根の上から、赤外套の姿が消えた。

 俺は薬で超強化された知覚で敵の動きをとらえ、とっさに長剣を抜き放った。


 ほぼ同時に、俺の眼前に赤外套の姿が現れた。

 腰の刀を抜った勢いを殺さず、俺に向かって横薙ぎに一閃してくる。

 その斬撃を長剣で受け止めると、撃ち合った斬撃同士の衝撃が暴風となってその場に吹き荒れた。


 その暴風によって、隣に立っていたエルのフードが跳ね上がる。

 赤外套はエルの長い耳を見て、驚いたような声を上げた。


「おぬしは、エルフ族……っ!?」


 ――まずいな。顔を見られた。

 俺は相手が何者なのかという疑問をかなぐり捨てて、完全に殺すための行動を取ることに決めた。


 エルのほうによそ見をしている赤外套に向け、俺は鉄板をも切り裂く風魔法の斬撃を連続して撃つ。

 だが敵はこちらの攻撃に瞬時に反応すると、地面を蹴って飛び退きつつ、襲い来る風の斬撃をすべて刀で撃ち落とした。


 ――バカめ。それも想定通りだ!


 赤外套が刀を振ったことで生じたすきに、俺は迷わず飛び込んだ。

 刀を振り切った敵の右手を左手で抑え込むと、俺はがら空きの敵の首筋に長剣を叩き込む。

 だが――肉と骨を断つ感触が長剣越しに指に伝わることはなく、代わりに俺の指が感じたのは分厚い鉄の塊を殴ったような感触だった。


 俺の全力の斬撃を首だけで受け止めた敵を見て、俺は舌打ち混じりにえた。


「いったいなんなんだ、お前はっ!」

「それは拙者せっしゃのセリフでござる!」


 返答とともに、赤外套は魔力を練る。

 周囲の空気が熱せられ、肌が焼かれるようにチリチリと痛むのを感じて――俺は全力で地面を蹴り、赤外套から距離を取った。

 同時に、俺が先ほどまで立っていた場所を、赤外套が繰り出した火魔法が焼き尽くす。

 火炎放射器というよりもレーザーのような勢いで放たれた超高温の炎が地面を焼き、一瞬で真っ黒な焦土に変えていく。


 …………なんつーバカげた威力だよ、おい。

 実物を見たことはないが、伝説級の魔物であるドラゴン種族の火炎ブレス並の威力だな。

 ステータス強化していた状態でも、直撃を受ければ死を覚悟せねばならないだろう。


 エルが横手から風魔法を撃ち、赤外套は地面を蹴って再び牢獄塔の屋根に飛び乗る。

 その隙をついて、俺が更なるドーピングで打開策を講じようとすると――赤外套はエルのほうをじっと見てから言った。


「……ふむ。おぬしら、意外にも強い信頼関係で結ばれているようでござるな」

「だったらなんだ? この場を見逃してくれるってのか?」

「いいでござるよ」


 思わぬ返答に、俺は眉をひそめた。


「お前、いったいどういうつもりだ?」

「そんなことを聞いてる場合でござるか? 拙者たち戦闘の騒ぎを聞きつけて、そろそろ衛兵がたが戻って来る頃合いでござるぞ」

「…………ちっ。次会ったら覚えてろ」

「安心するでござる。またすぐに会うことになるでござるから」


 赤外套は、微かに笑みを含んだ声音で言った。


 ……このままおめおめと逃げ帰るのは正直しゃくだが、はっきり言って今は時間がない。

 俺は赤外套に視線を向けたまま、エルに尋ねる。


「奴隷たちの脱出は?」

「全員壁の外に逃げ終わっています。残っているのはもう、私たちだけです」

「そうか。なら、先に行け」

「それは…………わかりました」


 エルは一瞬抗弁しようとしたようだったが、エルが逃げるのを確認するまで、俺が梃子てこでも動かないのを一瞬で察したらしい。

 エルが風魔法を使って壁を飛び越えるのを音で確認してから、俺は地面を蹴って大きく真後ろに飛ぶ。


 屋敷の壁を飛び越えて向こう側にり立つまで、俺は赤外套の敵の動向をじっとにらみつけていた。

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