第12話 エルフの里で、里長と交渉する

 一時間ほど歩くと、森の中に霧がただよい始めた。

 エルはシュリの腕に抱えられたまま、俺たちに説明してくる。


「エルフの里は、この霧と知覚阻害の魔法で方向感覚を狂わせることで、厳重に隠蔽いんぺいされています。里のエルフと一部の限られた客人だけが、それらを突破して里の中に入ることができるのです」

「俺たちに道順を教えて大丈夫なのか? 見られちゃまずいんなら、俺たちはよそを見ておくが」


 薬で付与した風魔法を使えば、目をつぶっていても索敵ができる。うっかり敵の襲撃を受けることもないはずだ。

 だが、エルはゆっくりと首を横に振った。


「あなたがたは私の恩人ですから、里の入り方を知る権利が十分にあります。道順を覚えていただいて構いません」

「そんなこと、お前の一存で決めてもいいのかよ」

「問題ありません。私ですから」


 …………こいつ、真顔で言い切りやがった。

 こんな機密情報をあっさり教えるようなやばいやつを味方に引き入れていいのか、ちょっと不安になってきたわ。


 俺の不安をよそに、エルは霧の中を進みながら、ためらいなく俺たちに方向を指示してくる。

 進めば進むほど霧が濃くなっていくが、それでもエルはまったく道に迷わずに俺たちを案内する。


 しばらく歩くと、エルフの里にたどり着いた。

 濃霧の中にぽっかりと霧のない空間が広がり、そこにひときわ巨大な樹木が乱立している。

 その樹木の枝は馬車が通れるほど太く、枝のあちこちにツリーハウスのような家が建てられていた。


 ――エルフの里は原作アニメで出てこなかったが、こんな感じなのか。

 異世界っぽい風景にちょっと感動していると、もっとも背の高い巨大樹の、もっとも高い枝にあるツリーハウスから人影が顔をのぞかせた。


 長い金髪と碧眼へきがん、整った容姿に長い耳――エルとそっくりな容姿をした人影は、エルフの若い男女だった。

 彼らはこちらを見て驚いたように目を丸めると、巨大樹の枝から飛び降り、風魔法を使ってふわりと地面に降り立った。

 エルフの男女はそのままこちらに駆け寄ってくると、エルを抱き締めた。


「エル! 無事だったのね!」

「二日も帰ってこなかったから、なにかあったんじゃないかと心配していたぞ! それに、その格好はまさか……っ!」


 エルフの男のほうが、俺とシュリに向けて敵意に満ちた視線を送ってくる。

 それに気づいたエルが、動きを制するように男の腕に手をやった。


「お父様。この方たちは、ナザロ様とシュリ様。私が奴隷として売られそうになっていたところを助けてくれた方々です」


 ……お父様?

 もしかして、このエルフの男女がエルの言ってた両親なのか。

 見た目の年齢がほとんどエルと変わらないので、パッと見で親だと気付けなかった。

 長命種ちょうめいしゅだけあって、さすがに見た目じゃ年齢がわからないな。案外、エルも俺より百歳くらい年上だったりするんだろうか。


 俺が思案にふけっている間も、エルと父親はなにやらめていた。


「だがこいつは人間だぞ! 脳筋のうきんの人狼族だけならまだしも、どうして人間まで里に連れてきたんだ!」

「たとえ人間であれ、恩を返さねば私の信義に反します。それともお父様は、私に恩知らずの不埒ふらち者になれと?」

「お前を奴隷にして売りさばこうとしたのも人間だろう! ならば、同じ人間のこいつらにも恩など感じる必要はない!」


 閉鎖的な環境で暮らしているだけあって、種族意識がものすごく強いらしいな。

 エルと同じ言葉でうっすらバカにされ、シュリは俺の隣で作り笑いを浮かべながら怒りをガマンしている。

 ……言いつけ通り、怒りをコントロールしててえらいぞ。たぶん、エルが人狼族をバカにしてたのもこの父親の影響だろうな。


 しかし、この感じだとエル以外の協力を得るのは難しいかもな……

 俺がそう考えているのを察したわけではなかろうが、エルはこちらにちらちらと視線を送ってきてから、父親に言う。


「お父様がそんな不義理だとは思いませんでした。娘を救ってくれた人に感謝も示せないなんて……わかりました。私はこの里を出ます」

「なんだと!? そんなこと許さんぞ! お前には、この里の長を継ぐという責任があるんだぞ!?」

「お父さん、そのへんにしときなさい。それ以上追い詰めると、今度こそ本当に家出されるわよ?」


 エルの母親が割って入ると、エルの父親はさっと顔を青ざめさせた。

 更に、追い打ちをかけるように母親が続ける。


「大体、エルが里の外に出ようとしたのだって、あなたがエルの行動を厳しく縛り過ぎた反動でしょう? エルだってもういい歳なんだから、もう少し自由にさせてあげないと本当に愛想を尽かされるわよ?」

「…………そそそ、そんなことないよな、エル……? だだ、だって、父さんはお前のことを思って……っ」


 泣きそうな顔ですがりついてくる父親を見て、エルは表情のとぼしい顔に微かにさげすむような色を浮かべた。


「お父様。『私のため』を言い訳にして私の意思を無視するの、はっきり言ってうざいです」

「うっ……!?」

「今ここで決めてください。娘を意のままに操ろうとして家出されるのか。それとも……娘の自由を尊重して、娘の恩人をもてなすのか」


 脅迫のような二択を迫ると、父親は助けを求めるように妻と娘を交互に見てから――諦めたように肩を落とした。


「……わかったよ、エル。その二人を正式に客人としてもてなそう」


   ◆


 俺たちはエルの着替えを待ってから、エルの両親の家まで案内された。


 奴隷用の服から着替えたエルは、足元に深いスリットの入ったワンピースを身にまとっていた。

 道中の汚れも水で流し、髪もすいて整えた姿は、絶世の美女を自称するのも納得してしまうほど芸術的な美しさだった。

 手には弓を持ち、肩には矢筒を背負っているのもあり、まるで絵画の世界から戦乙女が飛び出してきたように見えた。


 家の内装は、人狼族の家はおろかマリソルの家より物が充実していたし、造りもしっかりしていた。

 エルの両親は居間のソファに腰掛け、テーブルを挟んだ向かい側に座っていた。

 彼らの対面のソファに座ろうとすると、シュリとエルが素早くソファの両端を陣取ってしまい、俺はやむなく二人の間に挟まれる形でソファに腰を下ろした。


 俺が腰を下ろすなり、エルの父親が頭を下げてくる。


「エルフの里の長をしている、シディアスだ。この度はうちの娘が大変世話になったようだ。改めて、礼を言わせてもらう」

「エルの母のフェリーナです。娘を助けていただいて、本当にありがとうございました」


 さっきのやりとりを聞いて察してはいたが、やはりこの男が里長さとおさだったのか。

 ……ってことは、エルは里長の娘ってことか。シュリを助けた件といい、国外追放されてからえらく運に恵まれてるな。


 俺はもったいぶってせき払いをしてから、シディアスとフェリーナに答えた。


「成り行きで助けただけだ。別に恩に着せようって気はない」

「いいえ、たっぷりと恩に着てもらいます。里長の娘であり絶世の美女であるこの私の、人生と貞操が奪われるのを防いでくれたわけですから」


 エルが無表情のまま妙に偉そうに言うので、シディアスは呆れ顔になり、フェリーナは苦笑した。


「恩に着ろと言っても、私たちにいったいなにを要求する気だ? この里に金や資産価値のあるものがないことくらい、お前もわかっているだろうに」

「無論です。ですが、なにもないからといってなにも恩返しをしないというのも不義理でしょう」

「なら、どうしろと言うのだ?」

「簡単な話です。労働力を提供してください」


 エルは俺のほうを手で示してから、話を続ける。


「ナザロ様は今、人狼族の村を拠点にして薬の製造と流通を手掛けようとしています。人間の商人ともすでに話はついており、大量の薬の売買取引が決まっているのですが、薬の製造者が足りていません」

「……つまり、薬の製造を里でサポートしろと?」


 シディアスの問いに、エルは無言でうなずいた。

 ――というかこいつ、さらっと「俺が魔薬まやくを売りさばこうとしていること」や、「俺が奴隷商人の殺しを請け負った暗殺者であること」の説明を省略したな。

 俺が魔薬まやくカルテルを作ろうとしてるのもとっくに気づいてるはずだが、自分の両親相手にこんな不利な情報をしれっと隠すとは……こいつ、本当に交渉役として頼りになるな。


 シディアスは思案げにあごに手を当ててから、続ける。


「話はわかった。が、釈然しゃくぜんとしない部分が多すぎるな。そもそも、彼はなぜ人狼族の村を拠点にしている? 薬の調合をできるようなまともな設備があるとは考えにくいが」


 事実だったが、隣でシュリがムッとしたような顔を浮かべる。

 だがそれに構わず、エルはシディアスに答えた。


「ナザロ様は事情があって、人間たちのことを嫌っています。それに、人狼族とて悪意あるものを受け入れるほど愚かではありません。ナザロ様は人狼族にもエルフにも非常に友好的です」

「事情、か……現物もないのに大量の薬の売買取引が決まっている事情についても、聞かないほうがいいのか?」

「ナザロ様は独自の薬のレシピを持っているので、他の薬師くすしが作れない薬を作れるというだけです。他にどんな事情があると言いたいのですか?」

「人間嫌いで、魔王領域との国境線の森に住み、両手の甲を衣服で隠している……更に独自のレシピで作った薬となれば、魔薬まやくを売りさばこうとしてるように聞こえるが?」


 シディアスの鋭い指摘に、エルは思わず口ごもった。


「私が人間社会の事情にうといと思ったか? これでも三百年は生きている。二十そこそこのお前と違って、人間と関わりを持ったこともあった。違法薬物製造がどんな罪に問われ、どんな扱いをされるかくらい知っている」

「それは」

「言い訳はいい。お前は里のものに、人間の重犯罪者の魔薬まやく製造を手伝えと言うのか?」

「はい」


 シディアスの問いに、エルは一瞬の躊躇ちゅうちょもなく答えた。

 驚いた様子のシディアスに対して、エルは続ける。


「人間の街に行って、改めてわかりました。この里がこのまま閉鎖的な環境に閉じこもっていては、いずれ人間か魔族のどちらかに滅ぼされるか、奴隷にされるだけです。それを避けるためにも、人間とも魔族とも異なる第三勢力に属するべきです」

「……その第三勢力というのが、怪しげな犯罪組織だというのか?」

「人間社会の犯罪組織、というだけです。我々亜人種にとっては、むしろ人間の勢いを止めてくれる革命組織といっていいでしょう」


 エルの弁舌べんぜつを聞いて、俺はひそかに感心していた。


 ――こいつ、そこまで考えて俺に協力することにしたのか。

 確かに、パブロの屋敷にはエルだけではなく、人狼族の奴隷も多かった。

 売却前の奴隷だけでもあの数だったので、売却後の奴隷の数を考えれば、人間の手による亜人の被害は無視できないものなのだろう。


 シディアスはエルの目を見て彼女の本気度をうかがったあと、眉間みけんを押さえて嘆息をもらした。


「……確かにお前の言う通りだ。里を閉じていては、いずれ人間の物量か魔族の力に蹂躙じゅうりんされるだけだろう」

「では」

「だが……だとしても、我々が組むべき相手が彼でいいのかについては、まだ疑問がある。どんな人物かもわからない彼に、里の命運まで預けることはできない」


 …………ま、そうだろうな。

 人間と手を組むことですら嫌だろうに、その人間が重犯罪者で魔薬まやくを売りさばこうとしてるなんて、普通に考えて協力者としては最悪だ。

 議論が平行線になり、エルは整った顔立ちに微かに諦めの色をにじませた。


「……わかりました。そこまで言うなら、この話は終わりにしましょう。ただし……」


 前置きしてから、エルは刃のように鋭い眼光でシディアスをにらみつけた。


「私は今日限りで、親子の縁を切らせていただきます。この里を出て、私ひとりでもナザロ様に協力します」

「なっ……! バカなことを言うな、エル! そんなこと、父さんは認めんぞ!」

「娘の恩人に恩も返せない親など、親ではありません。私の身を捧げてでも、ナザロ様に恩を返します」

「な、なんてことを……っ! 母さん、お前からもなんとか言ってくれ!」

「え〜? でもちょっと面白そうかも。お母さんもエルについていこうかな?」

「母さん!?」


 ……………………なんか、勝手に家庭が崩壊し出したな。

 俺が呆れていると、フェリーナがソファから立ち上がってエルのかたわらに移動してきた。

 四対一の構図になり、シディアスは頭を抱えて苦悩したあとに、絞り出すような声で言った。


「……そ、それでも、里のみんなを巻き込むわけにはいかん」

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