第10話 暗殺の報酬をもらい、エルフの協力者を得る

「いやあ、まさか本当にやってのけるとは。さすがですなあ、ナザロの旦那」


 ペドロの店に駆け込んだ翌日、ペドロは地下室の円卓で朝刊を読みながら笑っていた。

 広い地下室には、昨日助けた奴隷たちが毛布にくるまってまだ眠っている。

 シュリもまだ眠たそうだったが、俺の協力者としての責任感が勝ったらしい。寝ぼけまなこをこすりながら、俺の隣の席にすわってペドロと相対していた。


「で、世間じゃ事件はどう報道されてるんだ?」

「セルロアの豪商ごうしょうパブロ・ロドリゲス、奴隷取引の罪悪感を苦に自殺……って、あのゲス野郎が奴隷取引を苦にするわけないことくらい、あいつと話したことがあるやつならすぐわかると思いますがね」

「ま、俺もあんな雑な偽装工作で憲兵をだませるなんて思っちゃいねえよ。『自殺の可能性を消しきれない』と思わせて、街の検問が厳戒態勢になってなけりゃ十分じゅうぶんだ」

「それでしたら、旦那の計画はうまくいったみたいですぜ。禁制品を積んだうちの荷馬車は、今日も簡単に街を出られたようでさあ」


 ペドロは言ってから、愉快そうにくつくつとのどを鳴らした。


「それにしても、こんなにあっさりパブロを仕留めてくださるたあ……ナザロの旦那、さてはあっしにも言えない隠し玉を持っていやすね? たった二人で奴隷を連れて突破できるほど、あそこの警備はゆるくないはずですぜ」

「隠し玉ってわかってんなら、いちいち聞くんじゃねえよ。言うわけねえだろうが」

「ハハハっ! そらそうですな。あっしとしたことが無粋ぶすいでした」


 ペドロは浮かれた様子でひとしきり笑ったあと、円卓の上に麻袋を置いた。

 ずしりとした重さと音が円卓を通して伝わり、俺はにやりと笑った。


「それが成功報酬か? 言っとくが、それの中身が銀貨だったら……」

「そんなケチな真似はしやせんよ。しっかりとご確認くだせえ」


 言って、ペドロは俺のほうに麻袋をすべらせた。

 麻袋のひもを解くと、中には金貨がぎっしりと詰まっていた。


「金貨二百枚。それで文句はありやせんか?」

「……二百か」


 この世界では、金貨一枚あたりおよそ十万円程度の貨幣かへい価値がある。

 二百枚もあれば、商売を始める準備金としては悪くない金額だ。

 だが――この街最大の豪商ごうしょうを暗殺した費用としては、いささか物足りない金額に思えた。


「まさか、これで全額じゃねえだろうな?」

「勘弁してくださいよ、旦那。これ以上払ったら、あっしの商会ごと破産しちまいまさあ」

「利子なしで一年待ってやるから、あと百枚だ」

「くぅ…………いいとこ突いてきますねえ。わかりやした、それで手を打ちましょう」


 ペドロは降参するように両手を上げたが、口元に一瞬だけ笑みが浮かぶのが見えた。


 …………これは、もうちょっと吹っかけてもよかったかもな。

 まぁ本当の目的はこれからだし、そっちの利益に期待するとしよう。


「それで、パブロが消えてやつの商会はどうなるんだ?」

「実質的に分裂するでしょうなぁ。パブロのやつは人間不信と独占欲の権化ごんげみたいなやつでしたから、正妻もめとらず大勢の愛人に子をはらませてばかりだったので、正式にやつの商会を継ぐやつはいやせん。今頃、愛人どもで集まって喧々囂々けんけんごうごう跡目あとめ争いをしてるところでやしょうが、結局のところパブロのビジネスをまともに引き継げるやつなんて商会にも愛人のガキにもいやせんよ」

「なら、今までパブロが牛耳ぎゅうじってた事業のパイを、他の商会で分け合う形になるのか」

「左様です」


 そうなると、市場はかなり混沌こんとんを極めそうだ。

 パブロの商会と取引していた店や貴族も、これを機に別の商会に乗り換える公算が大きい。

 そうなると憲兵も取引をまともに追跡できなくなり、その影にまぎれて闇取引も横行することだろう。


 つまり――魔薬まやくを売りさばくには最高のタイミングというわけだ。


「薬の生産量を上げないとな」

「えっ? いきなり何の話?」


 俺とペドロの会話についてこれてないらしく、シュリが頭にはてなマークを浮かべて首を傾げている。


 ……取引のやり方を引き継ぐためにシュリを連れてきたんだが、こりゃ荷が重かったかもな。

 まぁ人狼族は殺し屋シカリオ集団として活動してくれるだけでも相当ありがたいし、苦手なことを無理にやらせる必要はないか。


 そうなると、代わりに商人との交渉役を立てる必要があるが――


「あの」


 涼やかな声に呼びかけられ、俺は背後を振り返った。


 見れば、昨夜助けたエルフの女が俺たちの背後に立っていた。

 昨夜と同様、ズタ袋のようなボロを着ているが、それでも言いようのない高貴な雰囲気を放っていた。

 彼女は俺とシュリ、ペドロの視線にも物怖ものおじした様子もなく、口を開く。


「薬の生産量を増やしたいのなら、私たちエルフ族がお役に立てるかもしれません」


 正直、彼女の提案は願ってもないものだった。

 エルフ族は原作アニメ『ロスト・エルドラド』の中でも、薬草の知識に長け、薬草の調合などを得意とする森の種族として描かれていた。

 彼らの力を借りることができれば、俺は俺にしか作れない薬の製造に専念できる。


 だが――


「エルフ族ってのは閉鎖的なんじゃなかったか? 里の外の連中に……特に人間に手を貸すなんて、ありえないはずだろ」

「閉鎖的なのは確かです。ですが、私が奴隷として売られるところを助けてくださった恩人だと伝えれば、父も母も協力してくれるはずです」


 父親と母親、更に本人を足して三人の助力ってことか。

 エルフ族が三人調合を手伝ってくれるだけでも、正直相当俺の手が浮くはずだ。

 この提案を断る道理などないのだが……


「……せねえな」

「なにがでしょう?」


 俺のつぶやきに、女は素知らぬ顔で首を傾げてきた。


「お前はどうして、俺に協力しようなどと言い出した? お前からすりゃ、俺はどこの馬の骨とも知れないやつなはずだ。しかも人間族で、こんな胡散うさん臭い場所で胡散うさん臭いジジイと商談してる危険人物ときた。こんな明らかなやくネタに関わりたがる理由はなんだ?」


 正直に疑問をぶつけると、エルフの女は表情を変えないまま、自分の体をかばうように胸元に手をやった。


「簡単なことです。私の完璧すぎる美貌びぼうを前に、あなたが獣欲じゅうよくの限りを吐き出そうとする前に、性的に消費する以上のメリットを提示しようとしたまでです」

「……………………は?」

「とぼけなくて結構です。私の美貌びぼうは世界でも唯一無二、あなたが私を性的コンテンツとして消費したいと思うのはしごく当然のことです。そう思ってしまうあなたを責めることはできません。すべてはこの私――傾国けいこくの美女たるエルサディアの美しさが悪いのです」


 ……さっきから何言ってんだ、こいつ?

 俺が唖然としていると、エルフの女――エルサディアは芝居がかった手振りを加えながら嘆き始める。


「ですが、私にはあなたの劣情は受け止められません。これでも生娘きむすめなので、貞操ていそうは心から愛した人に捧げたいのです。なので、私の美貌びぼうを汚す獣欲じゅうよくを諦めていただく代わりに、薬の調合をお手伝いさせていただこうかと――」

「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ったぁ!」


 割って入ったのは、俺ではなくシュリだった。

 シュリは目を吊り上げて尻尾も耳もピンと立て、威嚇するように格好で俺とエルサディアの間に割って入った。


「さっきから聞いてれば……ナザロはあたしとツガイになる人なんだから、あんたみたいな勘違い女に欲情するわけないでしょ!」


 え? 俺、シュリと結婚になることになってたの……?

 勝手に俺も知らん情報を放り込まれ、俺はとっさにツッコミを入れることもできなかった。


 激昂げっこうするシュリに対して、エルサディアは相変わらず超然とした様子でシュリを見下ろす。


「そうなんですね。でも残念ですが、妻子がいようと私の美貌びぼうの前では関係ないのです。どんな男でもひと目見ただけで恋に落ちてしまう。それが私の罪深さ……」

「だから、ナザロはあんたなんかに惚れてないって言ってるでしょ! だ、だいたいっ、あんたなんかよりあたしのほうが胸もあるし!」

「……フッ。脂肪の多さを誇るなんて、獣人族は脳みそだけじゃなく、美的感覚も足りていないようですね」

「ペチャパイのくせに偉そうに……っ! ナザロだって、こないだはあたしの胸を嬉しそうにいっぱい吸ったりんだり――っ!」

「わあああああああああああっ! やめんかバカっ!」


 俺は大声を張り上げて割って入ると、シュリの頭をバシッと叩いた。

 シュリが不満そうに唇をとがらせて見上げてくるが、俺は無視してペドロのほうを振り返った。

 やつは素知らぬ顔で口笛を吹きながら新聞を読んでいるフリをしていたが、シュリの口走った内容を聞いていたのは疑いようもなかった。


 ――クソっ! 嫌なやつに一番嫌な情報を握られちまった……っ!


 ペドロのやつも命知らずではないので、この情報で俺をおちょくってくることはないだろうが……にしても、今後真面目な顔で商談をするたびに、なんとなく気まずい思いをしそうだ。


 俺は動揺を押さえるためにせき払いをしてから、エルサディアに向き直った。


「え、えーっと、エルサディア」

「エルで構いませんよ。本当は親しいものにしか許されない愛称なのですが、世界よりも重い私の純潔を守ってくださった方ですから、特別に許します」

「……で、エルサディア」

「エルで構いません」


 無表情で詰めてくるエルサディア――エルの圧力に負けて、俺は仕方なく折れることにした。


「……で、エル。お前は薬の製造を手伝うと言ったが、俺が作っているのは――」

「わかっています。違法薬物――いわゆる、魔薬まやくというやつですよね?」


 エルが澄ました顔で言うのに、俺は絶句した。

 間抜けに口を開けたまま立ち尽くす俺に対し、エルは続ける。


「ナザロという名前に、薬の製造という言葉を結びつければ、簡単に想像がつきます。あなたはナザロ・アーガイル。この街の元領主で、違法薬物の売買で国外追放された方ですよね? 国外追放された身なのに、また街に戻ってきて闇商人に薬を売りさばく相談をしているのなら、また魔薬まやくを売りさばこうとしていると考えるのが自然です」

「……閉鎖的なエルフの割りに、えらく人間社会のニュースに詳しいじゃねえか」

「私が捕まったのはほんの二日前ですが、あの奴隷商人は私兵にあなたの起こした事件のことを楽しげに話してましたよ。さっきの話の感じだと、あの奴隷商人……パブロを殺してくれたみたいですね?」

「それは……」

「ご安心ください。別に憲兵に売ろうなんて思っていませんよ。ただ、あの商人を殺してくれたことへの感謝を伝えたかっただけです。好奇心で里の外へ出た私を、問答無用で捕まえて地下牢に閉じ込めやがりましたからね……あと一日でも遅ければ、私はあの奴隷商人か買い手の手で純潔を散らされていたでしょう」


 エルの感謝と恨み節を聞きながら、俺は素直に感心していた。


 ――パブロのしていた雑談と、今の俺たちの会話を聞いただけでそこまで結びつけたのか。

 こいつ、相当頭が回るな……エルになら、俺の代わりに商人との交渉役を任せられるかもしれない。

 俺が値踏みするようにエルを見ていると、やつは自分の体をかばうように両腕を抱いた。


「……あぁ、私に向けられるこの熱視線。否応なく意味を理解できてしまう私の賢さが悲しいです。どうしても私への獣欲じゅうよくを捨てられないのなら、仕方ありません。私のこのたおやかな指で――」

「だから欲情してねえって言ってんだろうがっ!」


 俺はツッコミを入れてから、盛大にため息をついた。

 …………組織は着実に大きくなっていってるのだが、また一段と疲れるやつが仲間になっちまったなぁ。

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