第8話 闇商人と取引し、豪商暗殺の依頼を受ける

 シュリをなんとか説得すると、俺たちは本来の目的地である裏通りのさびれた区画にやってきた。

 年季ねんきの入ったボロい家が立ち並ぶ通りの中、俺はシュリとともにひときわ貧相な建物の中に入る。


 建物の中は不気味なほどに暗く、入って正面に受付の座るカウンターがあるが、暗すぎて受付の顔も確認できない。

 俺はカウンターに近づくと、受付の男に話しかけた。


「酒をたるで買いたいんだが」

「どんな酒で?」

「死人が出そうなほど、とびっきり甘いやつを頼む」


 俺が符牒ふちょうをそらんじると、受付の男は俺の顔を注意深く観察したあと、立ち上がってカウンターの裏の床にしゃがみこんだ。

 床の隠し扉を開けて隠し階段を開放すると、受付の男は俺たちに階段を下りるよう無言でうながしてきた。

 俺が迷わず隠し階段を下り始めると、シュリもおっかなびっくりあとをついてくる。


 壁に配置された燭台しょくだいの明かりを頼りに暗い階段を進んでいくと、広い地下室に出た。

 燭台に照らされた部屋の中央には円卓が置かれており、こちらに向かって座った老人は黙々と書類に目を通している。

 小柄な体に上質なスラックスとベストを着た老人は書類から目を上げると、俺を見てしわの刻まれた顔に胡散うさん臭い笑みを浮かべた。


「これはこれは、元領主のナザロ・アーガイル様じゃありやせんか。またこんな闇商人の元をおとずれるなんて、いったいどういったご用向きで?」

「相変わらず白々しいことを言うジジイだな、ペドロ。俺がここに来る理由なんて、とっくに想像がついてるだろ」


 ペドロは俺の言葉を肯定も否定もせず、黙って俺に円卓の席を勧めてきた。

 俺がペドロの正面に座ると、シュリは三日月斧バルディッシュを握ったまま、ペドロを警戒するように俺の隣に立った。

 ――律儀なやつだな。まぁ確かに、警戒するにこしたことはないか。


 俺はシュリを横目で見つつ、麻袋を円卓においてペドロのほうにすべらせた。

 麻袋のひもを解いて中を見ると、ペドロは感心したようにうなった。


「これは……以前扱わせてもらった流行り病の薬ですね。それに、新しい薬品もご用意していただいたようで」

「流行り病はまだ収まってないようだな。薬の需要はあると思うし、他の薬も冒険者や裏稼業の人間は欲しがると思うぞ」


 冒険者用に作った薬は、俺がステータス強化用に使っている薬の効果を弱めたものだ。

 俺が使ってる薬と同品質の薬を売ったんじゃ、俺のユニークスキルのアドバンテージをみすみす手放すことになるからな。

 ステータスが短時間固定上昇するだけでも、自分の命を商売道具にしている連中からしたら貴重なアイテムになるはずだ。

 薬を詰めるための瓶は、マリソルの村から使えるものを拝借させてもらった。


 問題は……


「ナザロの旦那の商品だから、間違いなくいい商品だってのはわかりますよ。ただねえ……これ、商人ギルドの認可の通ってない違法薬物、いわゆる魔薬まやくってやつでしょう?」

「お前だって商人ギルドの認可を受けてない、闇商人だろうが」

「そりゃそうですけどね……前にあんたに協力させてもらった時は、憲兵の手があっしの首元にかかる寸前だったんでね。さすがに二度も同じ失敗はしたくねえわけでさあ」

御託ごたくはいい。要するに、お前側のメリットをもっと提示しろってことだろ」

「せっかちなのは相変わらずですねえ」


 ペドロは愉快そうに笑ってから、まったく笑っていない眼光で俺を見据えてきた。

 まともな条件を提示できなかったら、おそらくペドロは俺のことを容赦ようしゃなく新領主であるナイジェルに売るだろう。

 そのくらいの冷酷さがなければ、闇商人としてやっていけるわけがない。


 俺はしばらく黙考もっこうするフリをして、円卓を指で叩く。

 当然だが、商品を安く売るなんてのは論外だ。商人に弱みをさらすなんてのは自殺行為だが、相手が闇商人ならなおさらだ。


 十分じゅうぶんにもったいぶったあと、俺はペドロに言った。


「なら、お前に武力を売ってやろう」

「武力?」

「あぁ。お前の商売を邪魔しているやつ、一人や二人どころじゃないだろう? その内、最も厄介なやつを俺が仕留めてやってもいい」

「……例えば?」

「パブロ・ロドリゲス」


 道中に出会った、あの人狼族の子どもを痛めつけていた豪商ごうしょうの名を告げる。

 ペドロはこちらの真意をうかがうように、長い沈黙を保ってから口を開く。


「正気ですかい? ナザロの旦那。相手はこの街で最大の豪商ごうしょうですぜ」

「冗談でこんな提案をすると思うか? こっちも命がけで来てるんだ」

「……この数日で随分と変わっちまいましたね、ナザロの旦那。あんたがあっしの力を借りようと思ったのは、元々苦しんでいる領民たちを救うためだったはずでしょう? それが今じゃ、領民の命を奪うことを取引材料にしてる始末。いったい、あんたの身になにがあったんです?」

「身の上話を聞かせにきたんじゃねえよ。だが、俺の目的が知りてえのなら簡潔に教えてやる」


 俺は腕組みをしてふんぞり返り、なるべくペドロに脅威きょういを与えるように言う。


「この国も商人ギルドもとっくの昔から腐り果てている。あんなやつらに呑気のんきかじ取りを任せてるバカどもも同じだ。だから俺は……この街を拠点に、魔薬まやくカルテルの設立する」

「カルテルって……犯罪組織を立ち上げるってことですかい?」

「そうだ。そのためには当然、組織を守るために武力が必要になる。パブロのやつを暗殺するのは、その旗揚げの記念ってことにしてやってもいい」


 同時に、これは俺たちからペドロへの示威じい行為にもなる。

 ペドロが俺を裏切ろうとすれば、やつは否応いやおうなくパブロ暗殺のことを思い出し、裏切りを踏みとどまるだろう。

 あとは、恐怖を与えすぎずに適度にあめを与えてやれば、俺に逆らう気も起きなくなるだろう。


「……ちなみに、あっしがパブロ暗殺の提案を断ったらどうなるんで?」

「パブロとは別の商人が、この街から消えるだけだ」


 それが誰なのかなんて、わざわざ口にするまでもなかった。

 いつの間にかペドロの顔にはあぶら汗が浮いており、俺がなにも言わなくても勝手にプレッシャーを感じてくれているようだ。


 これで最初とは構図が完全に逆転した。

 今やこの場を支配しているのは、俺のほうだ。


 俺は円卓の上に両ひじをつき、指を組みながら最後の口説き文句を口にする。


「ひとつ大事なことを言い忘れていたな。俺が取引相手に選んだのが、どうしてお前だったのかを」


 俺はもったいつけた前置きをしてから続ける。


「お前は闇商人の中で、唯一奴隷取引に手を出さない商人だった。そんな真っ当な義侠ぎきょう心をもった闇商人は、他にはいないだろうな」

「……あっしが奴隷を扱わないことで、旦那になんのメリットが?」

「シュリ、顔を見せてやれ」


 俺が指示すると、隣に立ったシュリがマントのフードを下ろした。

 シュリの顔――主に人狼族の耳――を見て、ペドロは驚いたように目を見開いた。


「俺は人狼族と組むことにした。元から奴隷取引は嫌いだったが、人狼族と組んだ以上、余計に奴隷取引は受け入れられない。だからこそ、お前を味方に引き入れたいんだ」

「……魔族との混血と言われる亜人と組んだんですかい?」

「魔族との混血云々が事実だとしても、俺を追放した人間どもよりは信用できるからな」


 ペドロは熟考じゅっこうするように眉間みけんを指で押さえてから、俺の目を見据えてきた。


「カルテルを作るってのは、いばらの道ですぜ?」

「こっちはもう重犯罪者の烙印らくいんを押されてんだ。楽な道を歩けるなんて思っちゃいねえよ」

「…………わかりやした。旦那がそこまでの覚悟を決めてらっしゃるのなら、あっしも本気でカルテルの旗揚はたあげを支援しやしょう」


 ペドロは重々しくうなずいてから、手元の白紙になにやら書いてから、俺のほうにすべらせてきた。


「これがパブロの屋敷と警備情報です。前金はいりますかい?」

「いらん。その代わり、成功報酬はがっつりもらうぞ」

「構いません。パブロのやつがいなくなれば、こっちの商売もかなりやりやすくなりやすからね」

「それと……露店ろてんいちのほうで、毛皮を売ってる母娘おやこがいるはずだ。暗殺は夜に決行するから、明日の朝までお前の息のかかった宿で休めるように手配してくれ」

「その母娘も旦那のツレで?」

「帰りに必要な足ってところだ」


 俺は紙に目を通して内容を覚えると、紙をすべらせてペドロに突き返した。

 その紙は、あとでペドロが燃やして証拠隠滅するだろう。当然だが、違法薬物や殺人依頼の取引の書面も残さない。

 犯罪の証拠となる書面をいちいち残していたら、憲兵にガサ入れされた時にこっちの首を締めるだけだからな。


 俺は椅子から立ち上がると、階段に向かって歩き出す。

 だが、ふと気になって足を止めた。


「ペドロ、ひとつ聞いていいか?」

「あっしに答えられることであれば」

「お前は、どうして奴隷取引を嫌うんだ?」


 俺の背中越しの問いかけに、ペドロは苦笑したようだった。


「あっしの母親が奴隷で、父親が奴隷の主人でしてね。父親が母親にしたことを思えば、奴隷取引なんてヘドが出まさあ」

「……そうか」


 身内が奴隷にされたんだろうなとは漠然と思っていたが、やはりそうだったか。

 シュリたちと連携を取る上でも、やはりペドロ以上に話の通じる取引相手はいないだろうな。


 俺はパブロ暗殺の準備を整えるため、ペドロの店をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る