悪役転生して人生詰んだので、魔薬王になります

森野一葉

第1話 記憶を取り戻した瞬間、無敵の人になった件

「ナザロ・アーガイル! あなたを違法薬物の製造、及び売買の罪で国外追放の刑に処しますわ!」


 衛兵が集まる屋敷の謁見えっけんの間で、俺は両手をなわで縛られてひざまずいたまま、絶望的な思いでその宣告を聞いていた。

 そして、同時に確信する。


 ――どうやら、俺は転生先としては最悪の人物に転生してしまったらしい、と。


   ◆


 前世の俺はやばい宗教にドハマリする親に元に生まれ、親から多額の借金を背負わされて人生を搾取さくしゅされたあげく、裏社会の人間に保険金目当てに事故死させられた。

 思い出したくもないクソみたいな人生だったが、借金地獄でネットカフェ暮らしをする中、アニメを見ている時間だけが至福の時間だった。


 俺の記憶が正しければ、この世界は前世のアニメ『ロスト・エルドラド』の世界だ。

『ロスト・エルドラド』はネトゲ廃人の主人公が『ロスト・エルドラド』というオンラインゲームの世界に入り込み、自身が育て上げた最強キャラ・ユキヤとなって無双するという内容のアニメだ。

 主人公のユキヤ・ハルミネが世界中を旅し、持ち前の正義感で各地の悪党をこらしめながら、ハーレムを作る――『ロスト・エルドラド』は、そんなよくある内容のアニメだった。


 そして――残念なことに、どうやら俺は主人公に序盤に成敗される悪党に転生してしまったようだ。


 ナザロ・アーガイル。

 黒髪黒目、中肉中背、二十歳そこそこという途轍とてつもなく無個性な、アニメ最序盤の悪役貴族に――


   ◆


「聞いているのですか、ナザロ・アーガイル男爵!」


 眼前の女に居丈高いたけだかに問われ、俺はしぶしぶ顔を上げた。


 輝くような金髪をツインテールにし、あい色の瞳は侮蔑ぶべつを込めて冷たく俺を見下ろしている。

 チューブトップとミニスカートという露出の多い格好をしており、彼女の引き締まった四肢ししなまめかしいボディラインに嫌でも目がきつけられる。

 俺の視線を感じたのか、彼女は無骨ぶこつ篭手こてをした手で、腰に帯びた長剣に触れた。


「いやらしい目でわたくしを見ないでください! あなた、自分の立場をわかっているのですかっ!?」


 見られるのが嫌なら、そんなドエロい格好かっこうしてるんじゃねえよ――とツッコミたい衝動しょうどうられるが、かろうじてガマンする。

 俺は胸中で深く嘆息たんそくしてから、こうべを垂れて反省の意を表してみせた。


「…………もちろん、この度の件については深く反省しております。国の法にそむいてしまい、父祖ふその代から領地を任せてくださった国王陛下にはもちろん、リーン王女殿下にもまことに申し訳なく思っております」


 俺がそらぞらしい謝罪の文句を述べると、露出狂の女――この国の第一王女リーン・デル・クルルカンは腕組みして鼻を鳴らした。

 腕組みすると必然的に胸が押し上げられ、チューブトップの下に実るたわわな果実が強調されるので、うっかり視線がそちらに吸い寄せられそうになる。


 俺の視線に気づいたらしく、リーンは凍てつくような視線で俺を見下ろしてきた。


「……ふんっ。謝罪の言葉を吐いておきながら、あなたはどこまでもゲスな欲望に縛られているようですね。あなたのようなどうしようもない犯罪者は、きっと一生我が身をかえりみることなく、今後も罪を繰り返していくに違いありませんわ」

「リ、リーン様、落ち着いてくださいっ」


 リーンの背後からおずおずと割って入ってきたのは、修道服を着たシスターだった。

 黒地に白のラインが入った修道服は、本来清廉せいれんさの象徴であるはずなのだが……メリハリが凄すぎる体型のせいで、胸と尻だけがパツパツに張った修道服姿はむしろ劣情を駆り立ててくる。

 栗色の髪を三つ編みにした若き修道女――メアリはリーンのミニスカートのすそをつかむと、小心者らしいかぼそい声で続ける。


「この方も、ご自分の罪を反省されているはずです。あとのことは司法機関にお任せしましょう」

「そんなこと言っていいの? メアリ。この男、あなたの体も欲望で血走った目で見ていたわよ?」

「えっ!? そ、それは…………全然反省してないのかも、しれませんね……」


 リーンとメアリがゴミを見るような目で見てくるが、俺は視線をそらしてしらばっくれる。

 ――というか、その見た目で「エロい目で見るな」は無理だろ! 童貞なめんな!


「まぁまぁ、そこまでにしてあげなよ。リーン、メアリ」


 軽やかな声とともに、銀髪銀目のイケメンがリーンの隣に歩み出る。

 空色のローブで首からの下の全身を覆い、その手には最高峰の装備であろう魔杖まじょうを握っている。

 このアニメの主人公――ユキヤ・ハルミネは俺とリーンたちの間に割って入ると、リーンをなだめるように片手を上げた。


「拘束されて身動き取れない相手を責め立てるなんて、あまりいい趣味じゃないよ?」

「そ、それは……ですが、わたくしは王女として、こんなゲスな領主が存在することがガマンならないのですっ!」

「それについては僕も同感だけどさ」

「そうでしょう、ユキヤ! このようなゲスな男が領主だなんて、アーガイル領の領民達がかわいそうですわ!」


 …………俺が領主でうちの領民がかわいそう、だあ……?

 リーンのバカげた発言に、俺は顔を伏せてぐっと怒りをこらえた。


 そもそも、ナザロが違法薬物を作って市場に流さなければならなかったのは、なぜだと思っているんだ?

 原作アニメの『ロスト・エルドラド』では語られなかったが、ナザロの記憶を持つ俺ならわかる。


 領内で流行り病が蔓延まんえんしてるっていうのに、国は領民の税の減免げんめんを認めてはくれなかった。

 やむを得ずナザロ自ら流行り病の治療薬を開発したら、既得権益を守るために商人ギルドが流通を認めず、国に談判だんぱんしても相手にもされなかった。

 だから、ナザロは自分が犯罪者になってでも、治療薬を開発して闇市場に流すしかなかったんじゃないか。

 違法薬物の売買という建前になっているが、自分の私財を注ぎ込んで商人と取引をまとめたため、利益なんて一銭も出ていない。


 大方、ユキヤたちは俺のことを目のかたきにした商人ギルドに、うまいこと言いくるめられたのだろう。

 商人ギルドからすれば、俺を重罪人としてとがめられれば、既得権益をおびやかす俺をつぶせる上に、今後ビジネスの邪魔をしようとするものへの見せしめにもなる。

 そうやって、金持ちだけがもっと金持ちになる仕組みに疑問も持たず、ユキヤたちは善行をしたと自己満足にひたるのだろう。

 ――まったく、度しがたいバカどもだ。


 俺が呆れてなにも言えずにいると、ユキヤが呑気のんきそうな口調で言った。


「さて……それじゃ、そろそろ烙印らくいんを押させてもらおうか」


 言葉とともに、謁見えっけんの間に集まっていた衛兵が数人こちらに歩み寄ってきた。

 その内の二人が俺を左右から押さえ込み、縄で縛られた両手を広げた状態で床に置かされる。

 残る二人の衛兵はそれぞれが長い鉄棒を手に持ち、それぞれ棒の先端を火魔法で熱すると――焼けた棒の先端を、俺の両手の甲に押し付けてきた。


「があああああああああ――――っ!」


 肌が焼き切れ、肉が焼け焦げる激痛に、俺は絶叫を上げる。

 だが俺の身体は衛兵によって押さえつけられており、どれだけもがいても痛みから逃れることはできない。

 肉が焦げる匂いと激痛による極度のストレスで吐き気すら込み上げてくるが、俺はそれにも必死で耐えた。


 俺の両手が鉄の棒で焼かれてる中、ユキヤは眼前で手印しゅいんを組みながら、俺の両手に烙印らくいんを定着させる。


 何時間にも感じる数分を耐え、ようやく鉄の棒が肌から離れると――俺の両手の甲には、獣の爪痕のような三本の線が烙印らくいんとして刻まれていた。

 これは重犯罪者のあかしだ。


 この烙印らくいんは高度な呪印じゅいん――闇魔法による呪いの刻印こくいん――でもあり、施術者であるユキヤ自身が印を消すか、ユキヤが死ぬかしない限り一生消えることはない。

 これから先、俺は世界のどこにいても、この烙印らくいんのせいで重犯罪者として扱われ、徹底的にしいたげられることになるだろう。

 国を追放されたところで、どこにも俺の居場所などないし、重罪人である俺を雇ってくれる場所もない。


 つまり――俺は今、何もかもを失った。

 前世で言うところの、無敵の人になっちまったってわけだ。


 …………原作アニメで知っていた流れとはいえ、さすがにお先真っ暗すぎて気が遠くなってきたな。

 原作アニメでは、このあとのナザロについてはまったく語られなかったため、文字通り今後の人生の展望がまったく見えん。


 暗澹あんたんたる気分だったが、俺はなんとか気力をふるい起こして顔を上げた。

 まったく同情した様子もなく俺を見下ろすユキヤたちに、俺は叫び疲れて荒くなった息を整えながら問う。


「……ひとつだけ、聞かせてくれ。領民たちは、俺のことをなんと言っていた?」

「ん? なんか知ってるか、リーン」

「ふんっ。当然、領民たちは重犯罪を犯したあなたを軽蔑けいべつしているに決まってるわ! まさか、誰かが同情してくれるとでも思ってたわけ!?」

「……………………そうか」


 俺はショックを受けたようにうつむいてから、誰にも見えないように口の端を邪悪に吊り上げた。


 つまり、ナザロは命がけで守ろうとした領民にすら切り捨てられたってわけか。

 ――なら、


 もう二度と、誰かのために自分の人生を踏みにじられるのなんてごめんだ。

 くだらねえ人間性なんざかなぐり捨てて、これからは生きたいように生きてやる。

 そのために邪魔になるなら、人間だろうが魔族だろうが全部蹴散けちららしてやる。


 俺は固い決意を抱きながら、大声を上げて笑い出したい衝動しょうどうを必死にこらえた。

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